第17話 祭りの準備とスレ違い
旧き神アラミザケを俺たちが主催する「お祭り会場」に招待し、そこでネモ教授と仲直りできるよう仕向けてあげる。
それは無人島生活の最後を飾るに相応しい、とても素敵なアイディアに思えた。アラミザケと教授が互いを親子のように感じているのなら、いつまでも過去の出来事で相争うべきではないし。イザコザが終わればノーサイドの精神で俺たちも何かしてやりたいじゃないか。けれども……。
アイディアをいざ実行に移すとなれば新たな問題が山積みだった。
なんせ前例すらロクにない「初めて尽くしの祭り」なのだから。
そりゃ ――、険しい道のりになるよ。
「え――と? お祭りって、いったい何をするワケ?」
皆の気持ちを真っ先に代弁したのは、いつも言動ド真ん中ストレートのリリイだ。
それを訊く前にトンチ坊主よろしく人差し指でコメカミを押さえながら考え込んでいたのだが、どうやら何の天啓も降りてこなかったらしい。
総力戦を終えた翌日。ネモ教授の小屋に集まった俺たちは庭の丸テーブルを囲んで話し合いの真っ最中だった。各員の眼前では紅茶の入ったティーカップが眠気覚ましの湯気を上げていた。まるで長きにわたる戦いの疲れを労ってくれるかのようだ。
さてさて、それで?
ジパング風のお祭りというのは、具体的にいったい何をするのか?
そんなモンは俺に訊かれたって答えようがないよ。(開き直り)
当然、言い出しっぺであるゲンジに皆の注目が集まった。
「そうだな……
「踊り! 良いね、ダンスなら大得意だよ、アタシ! えへへ」
アンリさん、我々のダンスとジパングの盆踊りは恐らく大分違うよ?
君が言っているのは多分、学園の創作ダンスじゃない?
ダンスコンテストで準優勝だった実力は認めるけどさ。
奥の席では流石のシシールも暴れ疲れたのか、眠たそうに眼を擦っていた。
いったい同じ服を何着所持しているのだろう。先日プラントモンスターに溶かされたはずの船長服と眼帯が、今朝にはもう元通りになっていた。
「なんだ? ジパングのお祭りとやらも、我々のフェスティバルとあまり変わらないのではないか? ふあぁ、眠ぅ」
「こういうのは気持ちですトカ。子ども会のお楽しみ企画みたいなもんでしょう。再現の正確さより面白さ重視でいきましょう」
「いきましょうって、あのな、ライガ副船長。よく思い出してくれ、我々は海賊。保育園の先生ではない。お宝は手に入ったのだから、この島はもう用済みなんだが? 此処にいつまで残るつもりだ?」
「苦労して稼いだぶん早く街でパァ――っと散財したいですよね、判ります。でも、思い出して欲しいトカ。誰かさんが船のメインマストをへし折ってしまったものですから、修理に時間が必要なんです。少しぐらいはチビどもに付き合ってやってもよいのでは?」
「うむむ」
「もっと、お嬢も社交性を身につけておかないと。暴れるばっかりじゃなくて」
「おい! 私は、保育園で指導される側か!?」
「だよな、シシールは人前で裸になるのは恥ずかしい事だと早く学ぶべき」
「うるさいぞ、オーシン。あれはアクシデントだ。勝手に痴女扱いするな。それにな、あの時だって まだズボンとブラは残っていただろう。ノー、すっぽんぽん」
「へーん、そうですか」
「チッ、お陰で目が覚めてきたぞ。余り海賊を馬鹿にするなよ。ちゃんと知っているんだからな、たしかジパングの神話だと女神がストリップしながら踊る話が重要なんだろう? なぁ、ゲンジとやら?」
「む? 天岩戸神話のことか? 岩の中に閉じこもった太陽神アマテラスの興味を引こうと、他の神々が大宴会を催し、アメノウズメが裸身で踊ったという。た、確かにストリップの乱痴気騒ぎが祭りの起源と言われたら否定しきれない気もするが……でもあれは太陽を呼び起こす神聖な儀式で……」
「え――! ヤダヤダ、絶対反対! ストリップはんた――い」
「ふざけんじゃないわよ、コラ。無人島だからってそんな無法が通ると思ってんの」
女性陣は大反発。いや、それは例え話で誰もやれとは言ってないでしょ?
本当に、この手の煽りで味方を増やすのが上手いな、シシールは。
変な所だけ巧みなんだから、敵わないよ。策士や軍師としても有能というか。
最大の欠点は、策を弄するよりも自分が暴れる事を優先しちゃう点だな。
得意の絶頂にあるシシールは、勝ち誇って言った。
「そうだ、無法だぞ、オーシン。いつもいつも女を脱がそうとするな。たまには男が脱げ。それでこそ真の男女平等よ。確かドジョウすくいというのも日本のパーティーショーだろう? それを祭りで披露したらよいんだ。男どもが。素晴らしい余興だ」
「アンタが見たいだけだろうが! それ! 絶対やらねぇ」
「すごい勢いでジパングが辱められていく! ドジョウすくいというのは裸でやるものではないぞ、念の為。シシールが言うそれは、お盆芸、裸芸と言われている物だ。別物だからな」
「うん? お盆? さっき言ってた盆踊りってまさか?」
「別物だ!」
ゲンジもアキレ顔だ。
まぁ、会議の参加者がほとんど勘違い西洋人なんだから、こうなるわな。
ネモ教授、アンタ誰よりも長生きしているんだからもっとリーダーシップを……相変わらずの放任主義ですか。わざとらしく口笛を吹きながら迷走ぶりを眺めているだけだ。こりゃダメだ。
こんな風に話が脱線してどうにもならなくなった時は、案外頼りになるのがハカセだったりするんだけど。俺の目配せで意図が伝わったのか、ハカセは窮余の一策を講じてくれた。
「まぁ、脱衣の有無はともかくとして。世界中の様々な宗教的儀式においてダンスは重要な役割を果たしているようですが。ええと、シャーマニズムって言うんですかね。神様や精霊相手のパフォーマンスとして、踊りは最適ではないかと。だからこそ精霊魔法学園の授業で創作ダンスの課題があるんですよ」
「だよな、他に娯楽が何もなかった大昔とは違う。人類の文明がスッゲー進歩した証拠として、裸芸以外にも面白い出し物があるって事を見てもらおうじゃないの。創作ダンスでも、音楽でも、歌でも、クイズでも何でもさ」
むむむ? 切っ掛けこそ単に口から出まかせに過ぎなかったが、文明の進歩というのは重要なキーワードに思えてきたな。
アラミザケと浜辺で初遭遇した際、奴がそんな話をしたような?
シシールもいい加減 男衆イジメに飽きたのか、言葉の矛先を引っ込めたようだ。
「通常のダンス大会ね? まぁ、それも良かろう。私も多少はダンサーの心得があるし、船員には演奏が得意な奴も居るからな。せいぜい協力させてやるさ。芸のない野郎どもには観客役でもやらせよう、沢山上手い料理を出してくれよ」
「子どもに飯をたかるのはあんまりトカ」
「じゃあ、お前も炊き出しと食材確保を手伝ってやんな。私はダンスの準備で忙しいんだ。いいか、チビども。お遊びのフェスティバルと言えども、やるからには勝ちに行くからな」
「望む所です。アタシ、ダンスなら負けませんから」
「はははは、娯楽に飢えた船上生活で、ダンスと歌は欠かせない要素。だからこそ長年磨かれてきた海賊の麗しき伝統なのだ。学生さんが相手をするには荷が重すぎるだろうよ。彼氏の前だからってそんなに無理しなさんな。赤っ恥をかくだけだ」
おお、珍しくアンリが闘志をむき出しにしているぞ。
シシール相手に一歩も引かない構えだ。
二人とも席を立ち、真正面からにらみ合っている。結構身長差があるので、懸命に背伸びしたアンリを、腰に手を当てた船長がニヤニヤ笑いながら見下ろしている構図だ。み、見下されている。
大丈夫? シシールの言う通り、すごく無理してない?
直後、心配する俺のケツをリリイが蹴っ飛ばした。
な、なにするんだよ?
「アホね、大丈夫! 俺がついているぜアンリ…ぐらい言えないの?」
「いや、でもさ、あの超人シシールに勝つなんて」
「あきれた、性根まで海賊一味ってワケ? 満月の晩はもう過ぎたんだから。獣人とはいえ、いつまでも無敵ではないの。ビビッてるんじゃない、情けないリーダーね」
「おっ、鋭いな? おっしゃる通り。月が欠けていくにつれて私はもう弱体化する一方だよ。次の満月までは私も『いたいけな女の子』に戻るぞ。夜這いをかけるならタイミングを計ることだな、アハハ! 海賊は誰の挑戦でも受ける、楽しみに待っているぞ、じゃあな! 負けた方は罰ゲームだからな」
い、いたいけな女の子だぁ~?
まず年齢が女の子じゃないだろ、オイ!
ライガ副船長も、後ろで首を横に振っているぞ!
しかしまぁ、シシールに気持ちよくお帰り頂く為にも総員スルーだ。
まったく手に負えない御方だよ。本当にどれ程の剛の者であれば、彼女の夫になることが出来るのだろう? そんな英傑がこの地上に存在するのだろうか?
去っていくシシールの背を睨みながら、ふくれっ面でリリイのがポツリと言った。それは何気ない台詞だったが、俺の心を深く深く えぐり取るのに充分な鋭さを備えていた。
「もう、ゴマすりマシラ。どっちの味方なのよ? 貴方が何時までもそんなんだから、アンリが海賊とヤル気になったんじゃない」
なんか、すいません。やっぱり俺のせいですかね?
俺とシシールが仲良くしてたから?
会議が終わった後、俺はこっそりアンリを小屋の裏に呼び出し話を聞く事にした。
「別にオーシンのせいじゃないよ。これはアタシのケジメ。無人島生活も、もうすぐ終わるのかと思ったら少し寂しくなっちゃって。不完全燃焼で終わりたくないから、アタシの青春」
「青春?」
「シシールさんは大人だし、挑まれたら手加減はしないはず。何をしても『魅力』で敵わないかもしれないけど。だからこそ目上の女性に挑戦してみたいんだ。等身大のアタシが大人の世界でどこまで通用するのか。得意な分野で胸を借りてみたい」
「そ、そういう物ですか。立派な大人か? あれ?」
「そうだよ、キッチリ決着をつけないと人は前に進めないもの。回答を先延ばしにして良い事なんて何もない。今やらないコトは、きっと未来でも出来ないままだから」
「そうか……うん、そうだよな。チャレンジして答えを見つけないと」
「それにね、海賊たちと このままお別れで良いのか、アタシちょっと判らなくて」
「へ?」
「海賊自治区を現代に蘇らせるのが目的。そう言っていたのに、あの人たちったら! 宝を手に入れたら街での遊びが最優先……アレで本当に良いのかなって」
「それが海賊の生き様って気もするけど……。そもそも俺たちの目的は無人島から生還する事だし。あんまり欲張りすぎても……」
「大昔の海賊たちが未来に託した遺産でしょう? 遊びで使い果たして良いワケないじゃないの。行く末が気になる……決着っていうのは、そこまで含めて決着じゃないかな」
「真面目なA型だな、アンリは」
「いいえ、切実なポイントよ。それは。要チェックね!」
唐突に近くの茂みからリリイが顔を出した。
いや、そこで何しているの?
俺の内なるツッコミを無視して、リリイは語り出した。
葉の隙間から顔だけ出したままで。
「海賊自治区を復活させるにしても、こんな帝国領土の近くでそれをやられたら大問題よ。治安を守る騎士団が、海賊の国なんか見逃してくれるわけもないでしょう」
「いずれ討伐隊が派遣される? 父さんがシシールと戦う羽目になるのかな……?」
「それに、シシールのお父様も騎士団に在籍中なんでしょ? 戦場で身内同士が涙の再会なんて悲しすぎるじゃないの。戦国時代じゃあるまいし」
「それが海賊の生き様……だなんて、簡単にスルーすべき問題じゃないか」
「そうよ、後ねぇ……お馬鹿マシラには言わないと伝わらないから。ハッキリ告げておくけど、ここで決着をつけなかったら永久に何にも出来ないままだからね! 逃げ帰るなよ! 誰かさんも!」
ああ、そうか! そうだよな……そうだった。
アンリは俺に対しても言っていたのか。
もうそろそろ決着をつけましょうって。
サンキュー、リリイ。如実に伝わったよ。
もう、無いんだな?
どんなに長生きしようと、俺の人生にこれ以上の好機なんて。
ここが、運命の最終分岐点なんだ。
幸せになりたければ、このままじゃ無理。
未熟な殻を破り、外に飛び出すんだ。
大人になる為、更なる努力と勇気が求められていた。
これまでのバトルでは、ちゃんとそれが出来た。じゃあ、恋愛では?
俺は突き動かされるように顔を上げ、アンリの方へ振り向いた。
「あのさ、ダンスは一人でやるものとは限らないよな? その、俺も、参加して良いかな? つまり何というか……あのさ、一緒に踊ろうぜ、アンリ」
「モチロン! ありがとう、オーシン! 二人でシシールをコテンパンにしてやりましょう、えへへへへ、ウフフフ」
うわー、滅茶苦茶 嬉しそうだよ! アンリのこんな笑顔初めて見た。
もうリリイに足を向けて寝れないぞ、これは。
そのリリイは満足げにうなずくと「それじゃ、後は頑張って」とばかりに手を振りながら茂みに頭を引っ込めた。
ちなみに、その場を立ち去る気配は微塵もなかった。
図々しすぎない? きっと心臓が鋼鉄で出来ているのだろう。
それにしても、お祭り会場の設営と、食料の確保、更にはそこへダンスの練習も加わったか。これは忙しくなりそうだなぁ。でもこんな日常にかまけていられるのも、無人島が平和だからこそ。これは俺たちが皆で勝ち取ったフェスティバルだ。
祭りは準備の段階が一番楽しいって昔から言うもんな。
せいぜい平穏な日常を楽しむとしよう。
さて、その日は朝から晩まで「てんてこ舞い」の忙しさだった。
方針が決まってからは、それまでのダンマリが嘘のようにネモ教授が会場設営にやる気を見せてくれたことが唯一の救いだった。
人手不足の救世主、カボチャ頭の召使いたちを総動員してくれた。
でもそれは食料確保を自力で頑張らなければならない事も意味しているわけで。
これまでのように仲間内だけでなく宴会で大勢に振舞う食事を用意するとなれば、もうノンビリはしていられない。
船長命令でライガも手伝ってくれるのは嬉しい限りだが……。
それに問題は頭数の不足だけではなかった。誰かを「もてなす」という行為は、相手の都合や気持ちを よく考えなければならないという難題でもあって。
それを教えてくれたのはライガだった。
あれは、会議が終わってシシールが出ていった直後の会話で ――。
「狩りを手伝うのは結構トカ。しかし、招くゲストはどうせあの鹿だろう? アラミザケが操る仮初の身体。しょせん操作しているボディは草食動物なのだから。祭りで提供するのが肉料理メインというのはおかしくないトカ?」
「う! 言われてみれば……俺たちが目の前で鹿を食べていたら気まずいよな。つうか、森の動物たちはアラミザケの子分だったりするのかな? クマ食べちゃったよ」
「全部がそうとは限らんトカ。しかし、海の幸をメインにした方が無難だな。アラミザケは航海と豊穣の神なのだから、野菜とシーフード中心がよかろう。宗教上の理由でメニュー変更……という奴トカ、そうでないトカ」
「ぐわ――、面倒クセェ――!」
「諦めろ、人をもてなすとはそういう事だ。相手の心を読み、策にハメるのが戦士の極意ならば、その逆も当然 出来なければならん。敵の心情を読み切り、ちゃんと喜ばせてみろ。なっ?」
俺たちだけだったら、何も考えず鹿狩りに出かけていた所だ。
ライガは漁が得意な部下をかき集めただけでなく、海賊船から沖へ出る小舟と魚を捕るための投網、モリといった道具まで提供してくれた。もう感謝しかない。
「ちなみに海賊さん達は何が好物なの? アンリが気にしていたけど」
「本当は陸でしか食べられない手の込んだ料理なのだが。食べ飽きたシーフードから選ぶなら……せめて珍しい蟹トカ」
「カニ?」
「お嬢が好きなんだよ、タカアシガニとか、タラバガニとか、高級なカニが」
「贅沢船長め! 足の長いカニか。でもそんなの無人島の近海で捕れるのかな?」
「まず無理トカねぇ。もっと深い海じゃないと」
「うーん、無いものネダリをされてもなぁ。一応アンリには伝えておくけど」
とりあえず、シーフードは海賊の協力で何とかなりそうだ。
では野菜の方は?
この無人島で野菜が手に入る所と言えばネモ教授の畑しかなかった。
そう、キャルロットの助力が不可欠。
小屋の裏にある畑を訪ねると、キャルは飛び跳ねんばかりに喜んだ。
「任せて下さいよ、オーシン先輩。皆の役に立てるなんて、私ウレシイ!」
「おう、頼りにしているからな」
「任せて、任せて! 私、ガゼン張り切っちゃいます」
腕をフリフリ、お可愛らしいこと。
でも、大丈夫か?
前にお化け大根を作った時みたいに、すぐバテてしまうのではないの?
「平気です。リリイ先輩に色々と教わったんです。力の制御について。要は魔法と同じで、加減こそが肝心なんです。丁度良いのが良い塩梅。ねっ、トマスパパ」
「リリイも昔、すぐガス欠になる事を悩んでいたそうで。きっと彼女は優秀な教師になれますね」
「人参も、ネギも、通常サイズが扱いやすいの~。食べきれないとフードロス♪」
「それと、例のお化け大根もまだ沢山ありますから。大根料理ならいくらでも」
「うん、どうにかいけそうだな!」
「ゲンジも畑仕事を手伝ってくれますから、こっちは心配いりません。オーシンは心置きなくダンスの特訓に励んで下さい。アンリと二人で」
「ややや! 喋ったな、リリイめ!」
「みんな応援していますよ、無人島のリーダー、オーシン」
そのリリイが個別に何をしているかと言えば、針作業であった。
裁縫部屋に一日中こもりっぱなし。
ネモ教授の小屋には足踏みミシンがあり、それで衣装作りに取り組んでいた。
アンリと詳細な打ち合わせを済ませた上で、ダンスのコスチュームを作っているようだ。ちょっと様子を見に行った俺はたちまちリリイに捕まってしまった。
「当然、アンタのも要るんだって。サイズを測らせなさい。服を全部脱げ」
「いや、俺はいいよ」
「無人島に来てから何日経ったの? そろそろ服も傷んできてるでしょ。彼女に恥をかかせたらダメ。正確なサイズを測るから脱げって」
「うわわ!」
そんな、ご無体な!
しかし、シャツを脱がせかけた所でリリイの手が止まった。
どうしたの?
「アンタ、この体……生傷だらけじゃない」
「島に来てからというもの、酷使し続けたからなぁ。服も、体も」
「だからってこんな……なんでこんなボロボロになるまで……アンタだけ」
「いや、皆も頑張っていたじゃん。俺は、ホラ、特にリーダーなんだから」
「……本当に」
「うん?」
「本当にバカで、クソ真面目なんだから」
「ははは、アンリとお似合いかな」
「……うん…………そう。そうかもね」
涙ぐむ程のことじゃないって。大袈裟だな、リリイは。
「いけない、いけない、私ったら。格好いい衣装を作ってあげるから、それに負けないようガッツリ気合入れなさいよ」
「うん、何だかやる気が出てきた感じ。やるしかないよな、もう」
「しっかりやんなさい。万が一、もしも、その、貴方がトチったら、ちゃんと一緒に泣いてあげるからさ、遠慮なく飛び込んで来て」
「ははは、その時は泣こうか、三人で」
「…………ばーか」
さて、最後は会場設営中のネモ教授。
この人に俺ごときが言う事なんか何もないはずだけど。
案の定、逆にちゃんと祭りの準備が進んでいるのか訊かれる始末だ。
問題ないっスよ、順調ですって。
「そうか、それは良かった。だが、自分達のスケジュール管理だけが完璧でもダメだ。招かれる側の予定だって考慮しないとね。招待状を送るなら早い方がいいよ」
「招待状!? おおっと、それもあったか。忘れてたな」
「ガリ版の印刷機なんてこの島であるのはウチくらいさ。使ってくれ」
「素直に渡しても、来てくれるかが問題なんだよなぁ。どうするか、うーむ」
「彼はへそ曲がりで気難しがり屋だからね、まったく誰に似たんだか」
「マスターっスよ、どう考えても」
あーあ、通りすがりのカボチャ頭にまで言われてしまったよ。
もっともネモ教授は苦笑しただけだったけれど。
「仕方ない、産みの親として責任をとらないとね」
「貴方がその気になれば、どうにかなるでしょう? きっと」
「そう言えば、オーシン君。宿題の答えは見つかったのかい? 宝の地図に込められた一途な想いは感じ取れたのかな?」
え? それは海賊自治区の人たちが、遥か未来に託した願いなのでは?
てっきりそれで正解だと思い込んでいたけど、ネモ教授は複雑な顔をしていた。
「まぁ、そういう側面もあるだろうが……」
「違うんですか?」
「実は、言い辛いので黙っていたのだが」
「ふんふん」
「君が見つけた宝の地図……あれを描いたのはアラミザケ本人なんだ」
「はぁ!? キャプテン・ハルバードじゃなくて!?」
海賊自治区が滅び、かつての街が廃墟と化し、大自然に飲まれていく様を見ながらアラミザケは独り考えたらしい。このまま誰かが来るのを待っていてはいけない。救いの船は、いつ到着するか、本当に来るのかも知れたものではないのだから。冷凍睡眠から目覚めたネモ教授を託せる「誰か」に、ここまで来てもらわないといけない。
「まったく余計な真似を……独りぼっちになった私の行く末を心配し、アラミザケは宝の地図を自作してまで頼りになる人間をおびき出そうとしたのさ」
「どうか、私を見つけて下さいって? お宝自身が地図を描いて、居場所を教えるだなんて、そんなのアリ? 初めて聞いたよ! そんなケース」
「ならばもっと解り易くすればよいのに、当時の常識で書かれているから現代人には解読不可能な代物が出来上がったというわけだ」
「今だからこそ笑い話だけど……独りでチマチマそんな事をしていたアラミザケの気持ちを考えると……少し胸に来るものがあるな」
「私も後からそんな事情を聞かされてね。それならもっと優しくすべきだったのかと……少々悔やんでいる」
そうですよ!
でも、そんな事情なら尚更に仲直りの場をセッティングしてやらないと。
絶対に失敗できないな、コレは。
ネモ教授も柄になく しんみりしていた。
「すまない、苦労をかけるな。私たち親子のせいで」
「へへへ、若輩者だって結構やるんですよ? 見直しましたか?」
教授がそういう心持ちでいるのなら、アラミザケもきっと来てくれますよ。
しかし、祭りの準備にはどれくらいの期間が必要だろう?
少なく見積もって一週間ぐらいか?
本音を言えばひと月は欲しいけど、余計な邪魔でも入ったら困るし。
この先、誰かの都合が悪くなるかもしれない。病気とか。
故郷では、家族や、先生も心配しているだろう……それは今更か。
リリイやアンリには悪いけど、やっぱり一週間が限度だな。
翌日、俺は皆の想いがこもった招待状を携えて、再び宝の洞窟を訪れた。
企画立案から、手紙の配達員まで。
自分で何でもやらなきゃいけないのが、無人島の辛い所だ。
『なんだ、お前? まだ居たのか? こんな暗くてジメジメした場所にもう用事など無いだろうに。何をしに来た? お宝が手に入り、海賊とも和解した。正直もう島を出たのかと思っていたぞ』
「いや、そうなんだけどね。まだ、この島でやり残した大切な用事があってさ」
壊れた地下のヤシロはプラントモンスター達が修理中だった。
そんな工事現場の前で俺を出迎えたのは、顔にクマドリのある例の鹿。
「はい、コレ。俺たちの無人島フェスティバルに貴方を招待します」
『む? むむむ? 何だコレは?』
「読まずに食べるなよ、鹿だからって。重要な手紙なんだからな! お前が書いた宝の地図と同じくらい大切だ」
『マスターに聞いたのか……地図の件まで。まったく あんな地図を書きさえしなければ、この洞窟にお前が来る事も無かっただろうに』
「いや、感謝しているよ。あの地図のお陰で俺は沢山の宝物を見つけられたような気がするんだ。それはきっと一生モノの宝だ」
『はぁ? 古代の金貨以外にお前が何を手に入れたというのだ?』
「判らないのかい? 神様? 思い出だよ、人が生きていくのに必要な最高の宝さ。人生の宝はいつも日常の中に」
『聞いた風なことを』
「素敵な宝物をもらった……お礼もかねているんだ。その招待状は。ネモ教授もお前が来るのを待ち侘びているからな!」
『ははは、そんなまさか、あの御方が』
「まさか、じゃねぇよ! 俺たちだけで祭りの準備なんて出来るわけないだろ! 島の皆がお前をもてなす為に一丸となったんだよ。だから、お前にはちゃんと会場に来る義務があるぞ、アラミザケ」
『滅茶苦茶な理論だな』
「子どもは無茶苦茶なモンだよ、文句あっか?」
『いや、無い。それも素敵な生き様だな、人間』
「へ?」
『ぜひ参加させてくれ。楽しみにしているよ』
素直すぎて、思わず口を開け唖然としてしまったよ。
もっともっと交渉はこじれるかと思っていたのに。
まぁ、きっとアラミザケも前の戦いで思う所があったのだろう。
ともかく、これでゲストが招待を受けたわけだ。
いよいよ後には引けなくなったぜ。
やるしかないな、無人島フェスティバル!
行くぞ、行くぞ! アゲアゲで行こう!
きっと、この祭りで救われるのはアラミザケとネモ教授だけではないから。
海賊たちも、俺たちも、無人島フェスティバルで何かが変わるはず。
些細なことか、人生の岐路となるか、それは判らないけど。
情けは人の為ならず、その諺が正しいと皆で証明してやるぜ。
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