第2話 白紙のスタート地点
さて、みんな。
ちょっとキャンプにでも行ったつもりで考えて欲しいんだが。
人が文明
まずは、食料と水。必須だよな。
それから? 色々と便利な道具。
ハンマー、ノコギリ、ナイフ、槍なんか。
そうそう、その調子。
それと、何かを作るのに必要な素材とか。
島にショップはないのだから、自分の手で作らなければいけない物は沢山ある。
そう、君たちの大好きなクラフト要素だよ。
木の枝や落ち葉なんかは素材にも燃料にも使えたりするよな。
水と食料、道具、そしてそれを作る材料。
欲しいのは、とりあえずこの三種類なわけだよ。
父ちゃんに連れられて、俺もよくキャンプ場に行ったからな。
ある程度の心得なら有るつもりだ。
そういえば、あの時はハカセやアンリも一緒だったっけ。
ハカセは植物や歴史に詳しいし、アンリは(虫も殺せぬような顔をして)魚をさばいたりできるからな。それにいざとなれば俺たちには学校で習い覚えた精霊まほーがあるし。まっ、何とかなるだろ。
んで、それら必要な品がどこを探せば見つかるかという話なんだけど。
食料や水、そして天然の資材はあるとしたら島内だろうな。
ひらけた浜辺から鬱蒼と茂った森の中に入らないと。
道具や加工済みの素材(布とか、縄とか)なんて無人島であるのなら文明圏より流れ着いたものだろう。つまり探すべき場所は海岸、砂浜付近だ。
お気づきの通り、探索すべきエリアがまったく異なるわけで。
みんなで団体行動するのは、いくら何でも非効率的な感じ。
というワケで、チーム分けです。
これまでの話を踏まえた上で、迎えたのは漂流生活初日の朝。
エメラルドグリーンの水平線から上るお日様がまぶしい。
これが観光旅行だったら、さぞかし一日の始まりにワクワクしただろうけど。
俺は心を鬼にして無人島のリーダーらしく振舞わねばならない。
「さて、それじゃ昨夜も言った通り、二組に分かれて探索に出かけよう。海岸を調べるのがアンリとゲンジ。他のメンバーは俺と島内探検だ」
「え? アンリさんは別行動ですか」
「は? 仲良し三人組が別々? それで良いの? 私は別に構わないけど」
「オーシンはこっちに来ないの? リリイと行くわけ~? アタシ不安だよ」
おーおー、いきなり不平不満が続出。出るわ出るわ。
特にアンリが口を尖らせて不機嫌さを隠そうともしない。
お前、いつもは素直な優等生なのに、今日はどうした?
そこへ、それまで黙っていたゲンジが割って入る。
「まーまー、オーシン殿だけでなく、たまには吾輩との交流を温めてくれたまえ。そしてどうか、あまり見損なわないでくれよ。学友に損をさせる人間ではないと約束しよう」
アンリが悩ましそうにゲンジを
うっ、やっぱりなんかモヤモヤするな。アンリを他の男と行かせるなんて。
いやいやいや、この組み合わせは熟慮に熟慮を重ねた結論じゃないか!
あからさまに仲の悪いゲンジとリリイを行かせたら何が起こるか知れたものではないぞ。
俺は自分にそう言い聞かせると、愚図るアンリの説得を始めた。
「島内の方がずっと危険なんだ。飢えた猛獣や毒を持った植物がいるかもしれないし。対処するには最大戦力であるリリイと、植物に詳しいハカセは外せないんだよ。わかっておくれよ、アンリ」
「それはそうだけど……なら、オーシンがゲンジと海に行けば?」
「いや、それだけじゃない。ひょっとすると島の近くを救助船が通りかかるかもしれないだろう? はるか遠くの船に気付いてもらえそうなのは、何といってもアンリの精霊まほーだ。水を固めて目立つ物が作れるだろ? 大きなSOSの文字とか」
「うーん、そうだね。アタシの魔法は水のない所じゃ役立たずだし。言われてみたらアタシのワガママだって気付いたわ。ゴメンごめん、ごめんちゅ」
「よく考えられた計画だと思うが。まぁ、オーシン殿の期待に応えねばな。今日の所は乙女の護衛任務を吾輩に任せてくれ」
二人は手を振りながら行ってしまったよ。
あーあ、へこむなぁ。私情を捨てないといけないなんて。
まったく、リーダーは辛いぜ。
「ちょっと、何それ? そ・ん・な・に、私と行くのが嫌なのかしら?」
「え? いやそんなワケないじゃないかリリイ! あはは」
「離れている時こそ、人の大切さがわかるとも言いますよ、オーシン。初日からそんな顔をしないで下さいよ。記念すべき無人島生活の始まりじゃありませんか」
そう言われてみると、少しワクワクしてきたな。
気を使わせて悪いな、ハカセ。
親父もよく言っていたっけ。
好奇心こそが人間を動かす最上の物だって。
よーし、冒険の旅に出発だ!
とはいえだ。
挑むべき相手は見るからに人の手が入ってなさそうな森。
そこへ我武者羅に突っ込んでいくのはNGだろう。
蛮勇と勇気は違うものだ。
少しでいいから情報が欲しいな。できれば頭の中に地図が欲しい。
急かす連中を踏み止まらせ、まず俺は手近な背の高い広葉樹を登ってみることにしたんだ。それは何の木かって? 多分ブナかな。高ければ何でも良いよ。
……それにしても、こうして森に入ると肌で感じる事なんだけど ミステラ諸島の気候はやっぱりどこか奇妙なんだよなぁ。温帯・熱帯・亜寒帯をミキサーでかき混ぜたみたいに植物や動物の分布がアイマイで、色んな生き物が雑多に混在し、ヨソではまず見かけない不思議な生態系を構築している感じ。
浜辺は日差しがキツくて汗ばむほどだが、森の中は場所によってジメジメしていたり、ヒンヤリしていたり、体感温度も滅茶苦茶だ。ここは余程狂った精霊に支配されているのだろう。まぁ、異常気象を深く考えても仕方ないか。
それよりも今は木登りだ。
ブナは豊かな自然の象徴で「森の女王」とか呼ばれているらしいけど、そんなんで調子に乗るなよな。俺だって木登りなら誰にも負けないぜ? なんせ初等部の頃は「マシラ」と呼ばれていたからな。誉あるローズチャイルド家の跡継ぎとしては恥ずかしい限りだが。
まだ言ってなかったっけ? 学園にはいいとこの御子息・お嬢様が沢山いてね。驚くべき事に俺もその中の一人だってわけ。
俺の左手にはバラの紋章が刻まれた銀の小手がいつも装着されていてね。彫刻家の母に贈られた十歳の誕生日プレゼントだ。そして腰のベルトには精霊騎士の父からもらった短剣が差してある。それらを見る度に、自分の野蛮で軽率な言動が恥ずかしくなるんだが。こればっかりは性分なんだから仕方ないよな?
まっ、今もとめられているのはマシラのスキルだ。
スルスルと幹を登っていき、ものの数分で最も高いコズエまで到達してやったぜ。
森の女王様、完全攻略! ザマーミロ! ははは!
そして、そこから見える景色ときたら!
ああ、案の定だね。ここは島のようだ。それも村や集落すらないタイプの。
中央部に高い山があって、その周囲にはいくつか峰があるな。
そこから標高はグッと低くなって、平地と森になっている感じか。
現在位置は落葉広葉樹の大森林。白い鳥の群れが飛んでいて、綺麗だなぁ。
でもね、探しているのは「雄大な眺め」じゃないんだ。
いま必要なのは、水源になりそうな所。
川、湖、なんだったら沼でもいい。
どこかに無いのか?
おや? 森の果てにグネグネと曲がる青い線が見えたような? 気のせいか?
ブナの幹につかまったまま、つい前のめりになる。落ちないよう気を付けて。
そして次の瞬間、俺は予想外の事実を目にする事となる。
ややっ!
森の奥に一か所拓けた土地があり、そこから一筋の煙が立ち上っているぞ!
もしかして、アソコ誰か住んでいる? 無人島じゃなかったのか?
オイオイオイ、俺たち もう助かっちゃうのかい?
希望が胸いっぱいに広がり、思わず満面の笑みがこぼれる。
だが、そんなニヤケ面が余程シャクに障ったのだろうか。
突然、一匹の鳥が飛来して俺に攻撃を仕掛けてきたではないか。
「ケェー! ケェー! グググ……ギギギ」
「何するんだ、止めろって!」
腰の後ろに差した短剣を抜き応戦することも考えたが、いかんせん体勢が悪い。
南国にいそうな真っ赤な羽毛と緑のトサカが目立つ鳥。
そいつの鋭い嘴が、俺の両眼を狙って何度も突き出されるからたまらない。
そして何よりも。鳥の顔面に緑色の粘液みたいなモンがべっとり張り付いているのが気持ち悪いったらないよ。何か妙な病気をもっているんじゃないだろうな?
慌てて木を降りようとして、俺は足を滑らせてしまった。
枝をつかもうとした両手がむなしく空を切る。
木の下ではリリイとハカセが悲鳴をあげている。
ヤバい、これは生命の危機って奴では?
全てがスローモーションに見えるのは、走馬灯みたいなモン?
でも、俺にはまだとっておきの「精霊まほー」が残されているから!
俺の「まほー」は炎の精霊から力を借りたもの。
残念ながら敵を燃やすような使い方は出来ないが、ハマれば超凄いぜ?
物体に情熱の魂を宿らせる「まほー」だから!
急いで左腕の小手をつかみ、熱い心を注ぎ込む。
すると銀細工の彫り物でしかなかったバラが真っ赤に染まり、レリーフから外へ飛び出してきたではないか。伸縮自在のツルを伸ばして、これまで何度も転落死の危機から救ってくれた。頼もしい奴だ。
地面に叩きつけられる直前で俺の背中は空中に静止し、ヨーヨーよろしく上下に揺れ始める。バラのツルが上空のコズエに素早く巻き付き、俺の小手とブナを繋いでくれたから。
まったく危ない所だった。
クルっと一回転。
地面に降り立ち、伸ばしたツルを回収した所で「まほー」は効果切れ。
花弁を散らしたバラは銀細工の彫り物へと戻る。
俺をツキ落とした鳥公も満足して飛んでいったようだな。薄気味悪い相手だったがとりあえずは無事に済んで良かったぜ。
「うわーい、ハラハラしましたよ」
「ちょっと貴方、大丈夫なの?」
「あー、平気平気。野生じゃ、このくらいは日常茶飯事だから」
心配かけてゴメンな、二人とも。
俺も内心はビビりちらかしているけど。
リーダーたるもの不安を見せるなって父さんにも言われてるし。
「それよりもさぁ、木の上から凄い物が見えたんだ! 何だと思う? なんと立ち上る煙だぜ、それって誰かが火を燃やしているって事だろ? 俺たち以外の誰かが」
「何それ? ここが実は無人島じゃなかったってオチ?」
「いや、集落とか、村とか、そーいうのは、どこにも見えなかったけど」
「となると、相手も我々と同じ立場。遭難者かもしれませんね。ふぅーむ」
「何を悩んでいるんだい、ハカセ? 大人と合流した方が絶対に得だろ」
「そうでしょうか? 向こうが友好的とは限りませんよ? 僕たちは顔見知り同士だから仲良くやれていますが、もし赤の他人だったらどう出てくるか……」
「そうね~。ヤケになった大人ほど怖い物はないし。そっとしておくべきかも」
な、なるほど。そこまでは考えてなかったな。
ちなみ同じ魔法学園の生徒という可能性はゼロ。
なぜなら、沈んだ定期船に乗っていた生徒は俺たち五人だけだから。本当に情けない話なんだけどさぁ、俺たち五人は修学旅行の集合時間に遅れて皆と同じ船に乗れなかったんだよね。自由時間にはしゃぎ過ぎて……つい。
先生たちは今ごろ事故の報せを聞いて真っ青になっているのかな……?
ますます こんな所でくたばるワケにはいかないぜ!
全員が生還する為、慎重に行動を選ばねばならない。すると、うーむ……。
悩んでいると見かねたハカセが助け船を出してくれる。
「しかし、よくわからない相手についてアレコレ考えても仕方ないし、そんな時間も余裕も僕たちにはありません。今は頭の片隅にとどめておき、当初の予定通り水や食料を探しに行きませんか?」
「うん、そうだな」
「私もさんせーい。知らない大人に気を遣うのなんて嫌」
やっぱりハカセの方がリーダーに向いているんじゃないかなぁ?
悩みつつも、俺は樹上から見た水場らしき方角へと足を向けることにする。
煙が上がっていたのは森の南東、水場は北東だったかな?
まだ午前中だし太陽は東の空にあるはずだから。あっちが東のはず。
ちなみに流れ着いた浜辺は島の西部だ。
茂みをかき分けるように進んでいくと、やがて見えてきたのはどんよりと濁った水面をたたえる池。湖と呼ぶには小さすぎるけど、泉を名乗るには大きすぎるような? 樹上からチラッと見た青いラインは、生い茂る樹木の隙間から池の一部だけが垣間見えたものだったらしい。
流れのある川の方が衛生的には良かったんだけど。贅沢なんか言っていられない。
「とりあえずは……ここかな?」
「ええ、そうですね」
「ええ!? ちょっと待って、まさかこの水を飲むつもり? 藻や葉っぱとか浮いているし、泥まみれのケモノどもが直に口をつけている感じだけど!?」
仕方ないんだよ、リリイ。
どうやら彼女はもっと清潔な水場を頭の中で勝手にイメージしていたらしい。
それってどんなファンタジー?
いいや、現実はこんな物だね。
ここは野生の楽園で、俺たちの方が侵入者なんだから。しかし、リーダーとしては彼女の潔癖症にアキレてばかりもいられないんだ。
「誰も口をつけてない水が欲しければ、蒸留水を作るか、雨でも降るのを待つしかないね。ここには井戸や水道橋なんかないんだよ? リリイ」
「そりゃそうでしょうけど~。泥で濁ってない、コレ?」
「モチロン、そのままじゃ飲みませんよ。ろ過して、沸騰させて、ある程度キレイにしてから飲むんですよ? 我慢しましょう。救助がくるまでの辛抱です」
サンキュー、ハカセ。
しかし、都会っ子の彼女にこの水を飲ませたら腹をくだしそうだ。
面倒くさいけど、蒸留水の方にもチャレンジしてみるか。
手間がかかるんだよなぁ、アレ。
などと経験者ぶっていた俺たちなんだけど。
リリイがふと思い出したある事実によって、その余裕は叩き潰される事となる。
「それで? どうやってこの水をキャンプ地まで汲んでいくの? バケツはどこよ? 教えてベテラン・サバイバーさんたち?」
「あっ……」
「すっかり忘れてましたね」
「嘘でしょ? ねぇ、嘘だと言ってよ」
手で水をすくって行くか? なんてね。
ジョークだよ、ジョーク、ジョーク。
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