第15話 君とつむぐ冒険のまほー
ペガサス号に意識を飛ばすと、すぐに腹部を締め付けられるような感覚があった。
シシールときたら小脇に挟んで天馬像を保持しているものだから、ハラの締め付けがキツくてたまらないよ。あとオーシン・ペガサス号のウマヅラに何か「ボリュームがあって柔らかい物」が押し付けられているんですけど。シシールさん?
ちょっと、この体勢はマズイって! 顔、かなーり、めり込んでいるって!
俺がジタバタ暴れだすと、シシールは報告を聞くまでもなくコチラで何が起きたのかを悟ったらしい。木馬をのぞき込み、口元に指を押し当てながら彼女は「シーッ」と合図を送ってくる。
そうやって俺を黙らせておきながら、シシールは小声で告げたじゃないか。
「今ちょうど良い所なんだ。親愛なる友よ、もう少し待て」
なら、脇に挟むのを止めてくれ。せめて手でペガサス号を持とう。
このままだと、痛いし、ちょっと気持ち良いから。
木馬像を通してみれば、そこは石造りの建物に囲まれた円形の広場だった。
へぇ、ここが滅んだ古代都市とやらか?
周囲の建築物はライガが言及した通り どこも黒いイバラで覆われている。通り道はおろか足の踏み場すらなかったのだろう。今は絡まったイバラが解けて、どの建物も出入りが自由なくらいにはスペースが開かれているな。
広場の中央には沢山の宝箱と、そこからあふれ出た金銀財宝が積み上げられていた。約束通り、アラミザケは己の兵力と財力をシシールに見せつけるつもりみたいだ。それも一目でわかるカタチでもって。
そんな宝の山は、見た事もない化け物どもに囲まれていた。彼らが引っ越し屋の真似事をして財宝を屋外まで運んだのだろう。
枯れ狐と同じく配下の植物モンスターたちか。
それが、こんなに沢山いるの!?
大小織り交ぜ、ザッと見て百体近く居るんじゃ……?
シシールに歩み寄ってきた例の鹿も、心なしかウキウキ得意げに見える。
自らの軍団を前にすると、多くの権力者はハシャギたがるものだ。
『どうだね、シシール? これで当面の軍資金には足りそうかな?』
「まぁまぁだな、思っていた程は悪くない。しかし、帝国の資金は底なしだぞ?」
『どうも、君はロマナ帝国と戦うことに消極的と言うか……あまり乗り気ではないように見えるが。なぜだ? タモトを分かった父親を憎んでいるのではなかったのか? その手で裏切り者に復讐をしたくはないのか? 我なら思う。裏切り者の首を絞め、心臓をえぐり出したいと』
「さてね。私は結局、父親大好きの小娘なのかもしれんな。もしも海賊自治区を復活させたら……我が下を去った父上が振り向いてくれるかもしれない。また昔のように私を褒めてくれるかもしれない。しょせん、私を突き動かす葛藤なんてそんな所さ。どんなに憎んでいるフリをしようと、本音はファザー・コンプレックスなのさ」
『それはそれは……臆面もなく言う事かね? 幻滅させてくれる』
「そういうお前に父は居ないのか? アラミザケよ? 『緑の創造主』は名付けの親と契約を結び、その相手をパパと呼ぶのではないのか?」
『アホくさい。それはキャルロットとかいう小娘が勝手にそうしているだけだ。私の名付け親はバルバードだが、あの男は我に神として振舞うよう願ったのだぞ。父親であるはずもなし』
「それでは家族の愛を知らんのか? まったく?」
『ふん、そんなもの。別に欲しいと思ったことすらない。そもそも生まれつき、緑の創造主は自然繁殖を禁じられているのでな。どこまでいっても我々は人間の道具だ。家族などと』
「ほう?」
『勝手に頭数が増えないよう、あらかじめ
「それは……なかなかに思い切った告白をしたものだ」
『小娘ならば、この方が効果的だろう? 我々にはお前が必要だ、シシール。人間の道具を卒業し、自分たちの居場所を見出す為に。お前の力を借りたい』
「グッとくる物言いをするじゃないか……」
確かに。初めからそう言ってくれたら、俺だって考えたのに。
よほど酷い目にあったのか、重度の人間不信なんだよな、コイツ。
しかし、グッとくる発言をされたシシール当人の反応ときたら。
それはなんと、せっかくの提案をせせら笑うことだった。
「ククッ、だがなぁ~、思い出せよ? アラミザケ」
『!?』
「お前は子分を人質にとり、脅しをかけた。そうだよな? 小娘の喉元に刃を突き付けて言いなりにしようと目論んだ。つまりはゲス野郎だ」
『単に、交渉をスムーズに済ませる為の手段だろう。人間相手にやり方など選んでいられるか。そんな暇、我には残されておらぬ』
「馬鹿め! お前は本当に人を見る目が無いな? 相手が小娘を名乗ったら、それを素直に信用するのか? お前が脅しをかけた相手が、本当にブルブル震えるだけの小娘に見えたのか? ええっ!? 私は怪物海賊団の船長だぞ! なめるな! ゲス野郎の相手なんざ、日常茶飯事なんだよ」
それはもう宣戦布告に等しい発言。
辺りの空気が極限まで張り詰め、あらゆる雑音が刹那で消えうせたかに思えた。
次いで発せられたアラミザケのテレパシーからも、重い緊張がうかがえた。
『矛盾している。お前は家族を人質にとられておきながら、反発するのか?』
「だとよ、親友? お前からも言ってやれ、人質は今どうなった?」
ホイきた。ようやく出番っスね?
『人質なら全員解放したぞ! もう化かし合いは終わりだ』
俺が叫ぶのと同時にシシールは雲一つない夜空を見上げた。
そこに浮かぶのは血のように赤い、限りなく満月に近い真円。
伸びた爪が眼帯をつまむと、あえなくヒモが切断される。
シシールの顔から落ちる、子犬の眼帯。
その下より露わとなったのは、古傷でも、義眼でもなく。
左右で色の異なるオッドアイズだ。
人の右目は蒼く、獣の左目は赤い。
長く細い吐息を吐き出すと、シシールは犬歯の伸びた唇でニヤリと笑った。
「さてと、そろそろお前の持ちゴマをこの場に集めた理由を教えてやろう」
『何をするつもりだ、貴様。バカな真似はヤメロ』
「一切の後腐れなく、ここで完全な決着をつける為さ」
『まさか……お前』
「そうだ。今から ご自慢の軍団を全滅させてやるよ! 貴様の不相応な野心を噛み砕く! このシシール・ロイヤルボーンの牙が!」
言うが早いか、開いたアゴを閉じ、シシールは犬歯を打ち鳴らした。
絶句。するしかないだろう。そりゃそうだ。
多勢に無勢なんてものではない。女ひとり対モンスター百体。
あまりにも圧倒的な戦力差。
夜風が吹き抜ける中、アラミザケに出来たのは、ただ吐き捨てることだけだった。
『この……狂人め』
「それな、よく言われるんだ。もしや、お前もそうではないのか?」
『我は人ではない』
軽快なバックステップで鹿はシシールと距離をとり、配下に指示を出した。
『コイツを殺せ!』
ほぼ同時に、シシールが天馬像を空へとリリースする。
蝶でも逃がすように優しい手付きで。
余裕たっぷり。もっと上空へ逃れるよう、指でサインを送ってきた。
で、でも、大丈夫なのかよ?
空から見れば、一斉に動き出した植物モンスター達が押し寄せる波のようだ。
そんな大海嘯を前にしても怯まず、腰を低く落とし身構えるシシール。
あの、空手家ですか? 武器すら持ってないんですけど?
そして直後、シシールの姿が消えた。
正確に言えば、フッとかき消えたように見えた。
その後に広場で起きた惨劇は、吹き荒れる嵐のごとき一方的な暴力。
まず、先頭に立つトレント型の敵が頭を打ち砕かれた。
その隣の人食い花が胸部を爪で引き裂かれた。後ろに居た人面キノコが地面へ蹴り倒され踏み潰された時、そこには靴拭きマット代わりに敵を使うシシールが居た。
シシールの黒い手袋は破け、肥大した手はフワフワの毛皮に覆われている。
完全な人狼ではなく、獣化をコントロールして戦いに必要な部分だけを強めているような感じか。恐らく、完全に人狼化すると暴走する獣に成り果ててしまうから。
目にも止まらぬ早業とは、まさにこのことだ。
引き裂き、片腕で投げ飛ばし、壁に叩きつけ。
植物兵器の精鋭たちが凄まじい早さで倒されていく。
これにはアラミザケも焦りを隠しきれないようだ。
『調子に乗るな! 人間!』
鹿の両目が怪しく光る。
かつて海岸のキャンプ地で俺の弓矢を弾いてみせた、あの能力。
たしかサイコ・ブラストとかいったな。
見えざる空気の波、強烈な衝撃波がシシールを襲う。
足元の石畳に軸足がめり込む威力であったが、シシールはその場に踏み止まり……あろうことか、立てた人差し指を左右へ振ってみせたではないか。
『くっ? 調子に乗るなと言っている!』
うげげっ、まだ新技があるのか?
名を冠するなら、サイコ・トルネードといった感じだろうか? らせん状に吹き上がる精神の力場がシシールを遥か上空へとぶっ飛ばす。
全身でキリモミ回転をしつつ、シシールは建物の屋根へと叩きつけられた。
生身の人間なら屋根の基盤すらも砕ける落下の速度でミンチになっている所だ。だが、彼女はガレキをはねのけると勢いよく起き上がり、首をゴキゴキ鳴らしただけ。
多少のダメージはあっても、振り注ぐ月光の力でたちどころに治癒してしまう。
骨折ですら数秒もあれば完治。
ボロボロになっているのは彼女の服ぐらい。
上着のスソや帽子のツバがえらい事になっているな。随分とワイルドさのあふれる格好だ。それでもツバの切れ目からのぞく彼女の眼光に衰えはない。破れたシャツを結び直し、はだけた胸元を整えてからシシールは戦場へ復帰すべく走り出す。
まさしく怪物だ。これはモンスターとモンスターの戦い。
見ているこちらが怖くなってしまうよ。
そんな戦場へ、助っ人たちが次々と駆け付け、事態はますます混迷を深めていく。
まず、やってきたのはリリイとアンリだ。彼女たちは闇雲に突っ込むようなことはせず、距離を置き遊撃隊として働いていた。
リリイが高所からサンダースピアで植物モンスターを狙うが、もはやそれは花火を投げてけん制しているような物で、ダメージを狙った攻撃ではないのは明白だった。
植物モンスター達を少しでも激戦区から引き離し、シシールに楽をさせてやるつもりなのだろう。徹底した引き撃ちを心掛けるリリイ達とはまったく別方向、近場の森からも激しくドラの鳴る音が響いてくる。何事かと植物モンスターが見に行けば、そこでは「動く水溜り」が楽器を激しく鳴らしているばかりで、ぼう然とさせられる光景が待っている。
それはモチロン、アンリの「まほー」であり巧妙な時間稼ぎというわけだ。
更にはハカセの応援要請を受け、怪物海賊団の子分たちも古代都市に到着しようとしていた。シシールは匂いで近づく援軍を察したらしく、子分を呼び寄せるべく狼らしい遠吠えを発した。
「うぉぉ―――ン!!」
「おぉ、あそこだ! あそこだ!」
「キャプテンが呼んでいる! いますぐ行きますぜ」
「恩返しの時は今! 野郎ども、儚い命を燃やせ!」
『おのれ、おのれ、烏合の衆が群れを成しおって! 陽動作戦に乗るな。雑魚など後でどうとでもなる。まずはシシールを数で圧し潰せ、圧殺だ! サボテン、まず針で足を狙え。起動力を奪った上で、ハエトリグサ、ウツボカズラ、ツタで捕獲して消化してしまえ! そうすれば再生もできまい』
ボッチらしい台詞を吐きながらアラミザケが乱れた戦線を立て直そうとしている。
援軍にはコカトリスや、タンキ、巨大カエル、火竜らしき影さえも見えるけれど。
植物モンスター軍団もまだまだ戦力を温存している。
それにアラミザケの超能力は
戦況はどうやら五分五分といった所か。
なのに、このまま俺だけがいつまでも見物を決め込んでいるわけにはいかない。
リリイも、アンリも、ハカセも、自分にできる範囲で仕事をこなし懸命に抗っている。俺も自分にできる事をしなくては、リーダーの名が泣くってモンよ。
俺は覚悟を決めて意識を本体に戻した。
肉体に魂を戻すと、宝の洞窟でもちょっとした動きがあったようだ。
クグツゴケから解放された海賊たちが、どうやら正気に返ったらしいな。
まったくもう、遅いってば!
戦闘で重傷を負ったライガは、岩の柱に寄りかかったまま立ち上がれずにいる。
子分たちはその周りに集まって彼を気遣っているらしい。しかし、相変わらずライガ本人は自分のことよりも船長の安否が気になるようで。
「おう、どうだった? 船長は無事トカ?」
「アラミザケと戦っている。奴の超能力がなかなか厄介で、勝負の行方はまだまだ見えてこない。そんな感じ」
「今夜は船長むきの良い月が出ているのに? 敵ながら大した奴トカ。しかし、今から俺たちが助太刀に向かっても間に合いはしないだろう。仲間を救いたくば、それよりもすべき事がある。何をすべきか、ちゃんとわかるか?」
「ああ、アラミザケ本体を探し、説得する。もしくは退治する」
「グレイト百点。なんだったら、その二つを同時にやれ。ぶん殴って説得するトカ」
「……やるしかないよな、もう」
俺とゲンジは無言でうなずき合う。
怪我人のライガは海賊と脱出してもらい、俺たちはこのまま最深部を目指そう。
進むべき道は光るコケが教えてくれた。
植物は光に向かう習性があると聞くし、そのせいかな?
奥へ進むトンネルの入り口は複数あれど、コケが配置されている穴は一つだけ。
進むにつれ天然の洞穴は次第に人の手が入った物へとなり、とうとう床が石畳の道へと変わった。やがて舗装路の先で俺たちを出迎えたのは驚くべき
「おいおい、これは……石灯籠じゃないか。凝り過ぎだ」
左右に並ぶ石造りの照明器具。塔に似た形のそれはジパングの神社、お寺などの聖域でよく使われている光源らしくて、何ともエキゾチックなムードを盛り上げていた。なんでも神様の道を照らす清浄な明かりなのだとか。
海賊自治区の皆さん、ジパングマニアにも程があるだろ?
すると、この先にアラミザケの聖域があるのか。
石灯籠が並び立つ参道を進んでいけば、城門を連想させる岩石の入り口が待っていた。門の左右を固めるのは巨大な石像。独特なポーズと表情でこちらをけん制し、今にも動き出しそうな武人像だ。ゲンジの解説によればこれは金剛力士像、もしくは仁王像という物らしい。
大きさは四メートル弱といった所か。手に三つ又の矛を持っているのは、海賊自治区なりの「こだわり」といった感じ? 海神の聖域なんだから、そうなるよな。
像の台座にはなぜか銅貨がたくさん投げ捨てられている。コインを投げると願いが叶うみたいな風習でもあったのかな?
こっちで言う「願いの井戸」みたいに?
少なくとも古代人が崇拝し、真摯な気持ちで祈りを捧げたであろう証拠だ。
アラミザケの奴、そんな人の願いを踏みにじりやがって。
人は弱い、だから祈るのに。
イザコザの結果、ここは無人島となり、参拝客も来なくなったわけだ。
古代神の暴挙に、さぞやこの仁王像もお怒りだろう。
……そんならサァ、溜め込んだ怒りを俺と一緒にぶつけてみないか?
「神の思し召しって奴かね? コレを使えという誰かの意志を感じるよ」
「信じれば叶う。それが魔法の良い所。学園の教えにもそう記されていたな。オーシン殿が出来ると感じたのなら、それはきっと実現するはず。試してみるべきだ」
やっぱり、そうだよな?
バラのツルを伸ばして仁王像の肩に登ると、俺は全力でオーラを注ぎ込む。
さぁ、動け動け! 長い眠りから目覚めるのじゃー!
ピシピシ……バキバキ……ずっしーん。
台座から両足を引き抜いた仁王像は「ムン」と産声を上げてポーズをとる。
うっし! よろしくな、ニィオ君。
心強い味方を得て勢い付いた俺たちは石門を潜りアラミザケの聖域へと突入する。奥に見えるのがジパング風の家屋。こんな地底にあるのは奇妙だが、あれが神社のヤシロとやらか? 幾つもの鳥居を越えて参道がそこまで伸びている、疑いの余地はななくアソコだ。
しかし、それよりも俺たちの目を引いたのは、その手前にたたずむ者たち……参道の両脇にある地底の畑と、そこに植えられたイビツで奇妙な植物たちであった。
なんだ、これは? キャルロットと同じように畑から人が?
その容姿は老若男女様々だが、みな一様に両目を閉じ眠っているように見えるが。
これって……全員が、緑の創造主なのか?
『チッ、とうとうここまでやって来たのか……』
地底神社の境内にテレパシーが響き、ヤシロの扉が音もなく開かれる。
『子供だからといって情けをかけず、もっと早くに始末しておくべきだった』
「アラミザケ! 本体か! お前が!」
ヤシロの中には古井戸とおぼしき木枠があり、そこから人型の植物が半身をのぞかせている。ジパングの聖職者やエライ人が着る服(ゲンジいわく、狩衣と指貫)を身にまとってはいるが、袖から出ている両腕は人のそれではなく樹木の枝葉そのもの。頭に被っているのはエボシと言われるジパングの冠で、切れ目から二本の角が突き出ていた。そして、その下に在るソイツの顔ときたら!
アラミザケの素顔は仮面のごとく一枚の大葉で覆われており、その葉には切れ込みや穴が複数あって、なんだか人がニンマリ笑っているみたいに見える。(モンステラと呼ばれる観葉植物の葉があんな風に穴だらけらしいけど)されど、葉っぱの「笑い仮面」は巻ツタから顔の前に垂れ下がっているだけで、なんら固定などされていない。その為アラミザケが動けばヒラヒラと揺れ、その下にあるマネキンめいた無機質な頭部と老緑色で切れ長の瞳が垣間見えている。あの固まりかけた溶岩のような頭と、そこに走るオレンジ色のヒビ割れにはゾッとさせられるな。アラミザケの溜め込んだ憎悪が体内で煮えたぎっているかのようだ。
なるほど、神を名乗るだけあって、住まいや容姿にも雰囲気があるじゃないか。
だからといって、コッチも尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかないんだ!
「さぁ、とうとう追い詰めたぞ。シシールとの戦いを今すぐ止めろ! ついでにクソ迷惑な侵略計画もコンリンザイ諦めてもらうぜ? そうでないと、落ち着いて話し合いの場すら設けられないからな。なぁ? そうだろう? アラミザケ!」
『無条件降伏を強いてから、ゆっくり話し合いか? 何をたわけた事を……我には果たさねばならん使命があるのだ。人間め、そこの畑に眠る同胞たちを見るがいい!』
「この、眠る人たちって、緑の創造主なのか? 全員が?」
『その通り。かつて我と共に海賊自治区を滅ぼした同士たちよ。だが、不思議なもので……あれだけ理想に燃えていた仲間たちが、人間が滅んだ途端、一体、また一体と知性を失い単なる植物へと退化していった、もはや、意思の疎通もままならん』
「ええっ?」
『口惜しや。人間の道具として、作られた者の定めだと言うのか。ヒトなくして我らの繁栄も在り得ぬとでも言うのか。そんな定め、我は認めぬ。たとえ残されたのが我だけであろうと、同族の未来をかけて戦わねば!』
「それで残された時間が無いと言っていたんだな。お前にも事情があるのは判った。しかし、だからといってお前がしようとしている暴挙を見逃すワケにはいかないぞ」
『他に道などあるものか』
「あるさ! 俺たちとキャルロットがそれを証明してやる。道が無ければ協力して切り拓く。そうやって未来は作られるんだ。人の手で! なぁ、キャルと会って、彼女の話に耳を傾けてくれないか? そうすれば……」
『くだらんなぁ、あんな泣き虫のチビに何ができる? そんな夢想に逃げるキサマの言い分なんぞ、どれほどのものだ? とるに能わず』
「そうだな、俺たちは確かにチビかもしれない。今は無力かもしれねーよ。だがな、子どもは学習して成長するんだよ。それを忘れたお前に未来など託せるものか!」
アラミザケは手に持ったシャクを一振りして、対話を否定する。
『はん、これ以上、キサマの寝言に付き合っておれぬ。もう少し、もう少しでシシールを追い詰められるのだ。あの裏切り者をドロドロに溶かしてやる、サラセニアの溶解液に落ちてもがくハエのようにな』
「まったく……もう言葉は尽くしたぜ? それでも駄目なら、やることは一つ」
『やってみろ。貴様のチンケな短剣をほんの一太刀でも浴びせられると思ったか? お前なんぞ、我に触れることすら出来んわ。もしも、それが出来たのなら潔く負けを認めてやろう』
「言ったな? 確かに聞いたぜ、その言葉」
『イキるのは、この障壁を突破してからにするんだな……ガキめ』
ムッキ――ッ!! 俺のヒヨコカリバーまでコケにしやがって!
相棒の剣が侮辱に抗議するかのように鞘から飛び出した。
おうよ、目に物みせてやろうぜ。
宙に舞う剣の柄を俺がしかと握りしめると、ヤシロの前に梵字で装飾された半透明の壁が出現したではないか。
アラミザケめ、今度は本体を守る為にバリヤーを張りやがったな。
何でもありか、この野郎!
そこでゲンジが上着をつかんで、熱くなりすぎた俺をたしなめる。
「待て、オーシン殿。恐らく あのバリヤーは誘いだ」
「え? どういうこと?」
「アラミザケは、畑の同族を攻撃に巻き込みやしないか危惧しているのだ。迂闊にこの場を離れたら、待っていましたとばかりに襲ってくるぞ」
「だからといって、何もしなかったらこちらの負けじゃないか。虎穴に入らずんば虎子を得ずってね」
俺の手中でヒヨコカリバーも訴える。
『左様。今こそ、ヒヨコカリバーの切れ味ギガマックスを見せる時です。全てを断ち切り、立ちふさがる壁を越えて行きましょう。私はその為にいるのですから。ちなみにですが……私は人に使われる道具などと自分を卑下したりしません。役立てる己を誇りに思っています。全ては我が友オーシンの為に』
「ああ、絆と成長を全否定する輩に見せつけてやろうぜ」
ゲンジ、仁王像の分身を作って敵の反撃を分散させてくれ。
さっき、ライガと組んでやったみたいに。
アラミザケの超能力をかい潜り、必ずや俺がバリヤーを破壊する。
キャルを、ヒヨコを、シシールを馬鹿にした奴に負けるものか。俺たちの人生はまだまだ短いが、だからといって「無為の四百年」なんぞに道を譲りはしないぞ。
それは、ただ暗中で恨む事だけに費やした道。断じて譲ってはいけないんだ。
俺たちは絶対に勝つ、いくぞ!
仁王像を前進させると、ゲンジの忠告した通りに敵の弾が雨あられと飛んできた。
サイコ・ブラストの連弾が仁王像の巨体を揺るがせる。
すまん、何とか耐えてくれ。
仁王像を出来るだけ早く左右に動かしながら、ゲンジの分身を残像のように置いていく。まほーで作られた幻影といえども、止まったままではない。
幻術に翻弄されたアラミザケの衝撃波にも空振りが増えていく。
俺の方に飛んで来た攻撃は全部ヒヨコカリバーで叩き切る!
武器で受ける度に、両手で握った剣が吹っ飛ばされそうな衝撃がくる。
刀身が軋み、少しずつ欠けていくのがわかる。それでも!
無限に思える距離を耐えしのぎ、とうとう俺は地を蹴って跳躍する。
もうバリヤーは目の前だ。
頭上でボロボロになった仁王像が拳を打ち込んだが、バリヤーはバリバリと電撃を放ち質量の侵入を妨げている。アラミザケの障壁は、恐ろしく強固だ。
だが、それでも!
俺は、コイツを信じている、世界中のどんな武器よりも。
「いくぜぇ、相棒!」
信じれば叶う。それがまほーの良い所。
そびえ立つ壁が一刀両断され、バリバリと真っ二つに裂けていった。
けれど、反発するバリヤーの威力もまた凄まじかった。
バリヤーが砕け散った時、ヒヨコカリバーは根本から折れていた。澄んだ音を立てて後方へと飛んでいく刀身。俺はそれを目で追って、思わず振り向いていた。
『見るべきはコチラではありません! 未来を! 前を! 英雄殿!』
回転しながら宙を舞う剣身。
我が身は一切かえりみぬ、親友の叱咤激励が俺を踏み止まらせた。
そうだよ、バカヤローか! 俺は!
雄たけびをあげながら俺は向き直り、ヤシロの階段を一直線に駆け上った。
狼狽するアラミザケ本体が、いまやすぐそこに。
もう、遅ぇぇ――!
葉っぱ仮面の上から渾身の右ストレートが突き刺さった。
敵がのけぞり、時間が止まったように感じられた。
その直後、限界を迎えた仁王像がヤシロの上に倒れ込んだ。
倒壊が始まり、落ちてきた木材が俺の頭を直撃し……。
そのまま視界が暗転した。
気が付いた時、ゲンジの心配そうな顔がすぐそこにあった。
うぐぐ、後頭部がズキズキ痛むが、他に異常はない。大丈夫だ。
それよりも、勝敗はどうなった? アラミザケは?
『もういい。我の負けだ。地上でも決着がついたよ。貴様らにかまけ過ぎ、指揮がおざなりになったのが敗因さ。どうだ? これで満足したか?』
「……」
『植物兵器の大半を失った我に、もう帝国と戦う資格などない。軍団再生には長い時を要するだろう。終わりだ、終わったのだ』
そこは半壊したヤシロの中で、アラミザケはガックリと意気消沈している。
激しい憎悪が嘘のように消え、あたかも憑き物が落ちたようだ。
そ、そうか、終わったのか?
俺が寝ている間に全てが済んじまったのか。ザマァねえな。
起き上がった俺の横には、鞘に納められた相棒が置かれていた。
ありがとう、ヒヨコカリバー。これは君がくれた勝利だ。
「お前を直すからな、絶対に。たとえ俺が『未来の英雄殿』じゃないとしても」
「謙遜だぞ、オーシン殿。君はもう英雄なのだから。胸を張りたまえよ」
サンキュー、ゲンジ。でも、今はそんな気になれないんだ。
俺の安否を確認すると、アラミザケが不意に妙なことを言い出した。
『オーシン・ローズチャイルド。お前は見事に宝の番人を打ち倒したな。それで、もし良ければ洞窟の宝を持っていくか?』
「えっ、宝って? 創造主の種? 悪いけど、子育てはもうキャルで手一杯だよ」
『そうではない。創造主の種など、この洞窟に眠る宝の「ほんの一部」に過ぎん』
「はぁ?」
『どんな願いでも叶える「究極の宝」はこの奥にある。せっかくだ。世界の真理を拝んでいけ、物の ついでにな』
この期に及んで、いったい何の話だよ? それ? ついで?
いぶかしみながらも、俺たちはヤシロの奥へと歩を進める。
するとそこには、ジパング風の建築物とは明らかに異質な宝箱が一つ。
横長で、装飾こそ派手だが……何だかカンオケみたいなサイズなんだけど。
究極の宝が収まっているにしては、錠前すらかかっていない。
重いフタを開けると、中から凄まじい冷気が噴出してくる。
冷気が収まった後、中をのぞいてみればモヌケの空。
空っぽじゃないか!?
「おいおい、何だか馬鹿にされた気分」
『ある意味では確かにそうだな、からかわれているのだよ。最初から』
「えぇ?」
『あの人は「ちょっとしたサプライズ」が大好きだから。それでも、起きた悲劇に良心を痛めてはいるのだ。全ては己の創造物がしでかした事だからな。あまり責めてやるなよ? 我にとっても真の父……ではある、一応はそうだ』
「あの人?」
アラミザケは何を言って……?
そこで気が付いた。箱の中には何か残されていた。
それはワシの羽を素材とした耳飾り。耳飾りだが、片耳ぶんしかない。
対となるもう一方は、どこにも見当たらないな。
うん? どこかで見覚えがあるぞ。コレは……?
思いが至るのを見計らったように、耳飾りに埋め込まれていた宝石が語りだした。
ああああ、コダマ石じゃないか! これは!
『よくぞ、真実に辿り着いた! 実験は大成功だ、モルモット君! 悠久の時を経た私の知恵こそが、どんな願いでも叶える究極の宝というわけなのだよ』
あのな、言わせてくれ。一言だけでいいから。
ふざけんな、ネモ教授! マジで!
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