第14話 宝探しの逆を行く



 息を切らせてネモ教授の小屋に戻ると、そこにはタイミングよくライガが再訪していた。船長のことが心配で、居ても立っても居られなくなり、また顔を出したら今度はシシール発見の一報が待っていたと。

 まぁ、良いニュースと悪いニュースは大抵セットなんだけどさ。

 せっかちなライガは、さっそく帰還した俺を質問攻めにする。



「それで? お嬢様はどうだった? 気落ちしてなかったトカ?」

「あーもう、全然平気。メンタルはすっかり持ち直したけど、今ちょっと大変な事態になっちゃってさ。大急ぎの話なんだ、聞いてくれ」



 俺の説明を聞き終えたライガは、怒りを露わにした形相で身を乗り出した。

 小屋のテラスに集まったメンバー全員が少し引くぐらいに。



「なに! 人質になった子分を救う為、お嬢様が体を張っているトカ? なんと健気な……自己犠牲の献身、あまりにも美しすぎる。ああ、女神の化身か」

「いや、帝国打倒の話で盛り上がっているだけだよ? 現状は」

「それで! アラミザケの隠れ家はどこなんだ? 仲間はどこに監禁されている?」

「それなんだけど。ハカセ、宝の地図を出してくれるか?」


「あっ、成程。宝の番人なら、きっとそこを離れられないハズですよね」



 問題は地図の暗号がまだ解けていない事なんだけど。

 ゲンジ、前に何か心当たりがあると言ってなかったっけ?



「う、うむ。海賊バルバードがジパング贔屓ひいきと判り、そこから新発見があった。どうも、この暗号にはジパングの『言葉遊び』が使われているようなのだ。簡単すぎて、まさかとも疑ったのだが。西洋人には、これも東洋の神秘と思えたのか」



 栄光を求める者へ。鷲の庭にある川の下を調べよ。

 そこに世界の真理は封印されている。

 イニシエから知られた「我が師の掟」に従うべし。


 えーと、これが暗号文だよな? 

 それで、ジパングの言葉遊びって?



「子どもが暗号ゴッコでよく使うトリックだ。文末の『我が師』とは『ワがシ』すなわち、ワの文字をシに変換して読めば良いというだけ。つまりジパング語だとこうなるのだ」



 ワシのニワにあるカワの下を調べよ → 獅子の西にある樫の下を調べよ


 げぇ!? そんなのジパングの人じゃなきゃ判るワケないじゃん!


 もっと地元の人間ジモティーにも優しい暗号にしてくれよなぁ~!

 これだから古代人は!


 うん? ちょっと待てよ。

 獅子というのはライオンのことか。

 リリイが熊退治をした沼付近に動物の彫像が沢山あって。

 そこから西の方にある樫の木といえば……?


 あっ、知ってる、知ってる。

 俺さっき、その近くをペガサス号で飛んでたわ。

 あの岩割り樫の木かぁ! 

 やっぱりそうか~、うんうん、怪しいとは思ったんだよ。あの木!

 本当だよ?


 いやー、幸せの青い鳥は案外身近に居るものだよね?

 よーし、これにて宝探し編、完ッ!



「……って、宝探しをナメとんのか! コラァ!」

「まぁまぁ、オーシン。そう怒らないで」

「まったくだ。むしろ時間をとられずに済んだことを喜ぶべきトカ」

「ホントね。直射日光に地図を一時間さらす……とかじゃなくて良かったわ」



 こんなので長々と悩んでいた俺の立場は?

 まぁいい。今は一刻を争う事態なんだ。

 相談の結果、俺、ライガとゲンジの三名で宝の洞窟へ。

 そこで人質の救出作戦を決行。

 ハカセはライガのメッセージをたずさえ、海賊船へ行き応援要請。

 リリイとアンリはいざという時、シシールを援護すべく古代都市へと向かう。


 こんな感じでそれぞれの担当を決めた。


 人質の救出ミッションなら目立たない方が良い。

 幻術で目をくらませるゲンジと、身の軽さに定評のある俺たちの出番だ。

 シシールの方もまさか女性一人で放っておくわけにもいかない。

 最悪アラミザケと戦闘になった時、助っ人が必要となるだろう。

 ハカセには北の海賊船に出向き、残った子分たちへの連絡係を。

 シシールを助けに向かってもらわないとな、今こそ子分の出番だろ。

 リリイ達には古代都市の近場で待機してもらい、臨機応変に動いてもらおう。


 これからやるのは総力戦。みんな、我が身の安全を最優先で。

 ヤバいと思ったらすぐに逃げてくれよ?



「それは判ったけど。アタシとリリイは結局どこへ行けばいいの?」



 アンリのボヤキに俺は我に返る、

 あっ、いけね。

 そういえば、古代都市の正確な座標。

 アラミザケから聞きそびれちまったけど?



「お嬢様が向かった古代都市とやらか。その位置なら、おおよそ見当がつく。山の中腹にそれらしき遺跡があったトカ。地図で言うとこの辺だな。建物が鉄のように固いイバラで覆われ、とても中に入るどころではなかったのだが。今にして思えば、あれも『創造主』が仕掛けた植物のセキュリティロックだったのだろう」

「ペガサス号の現在位置も、まぁ、何となくだけど判るんだわ。確かにシシール達はその辺りを移動しているみたい」

「よし、咄嗟の計画にしては上等だトカ。では動くぞ。もし財宝が手に入ったらお前たちにも分け前をやるから、気合を入れて各人ベストをつくすように」



 すっかり手慣れたライガの仕切りは見事なものだが……。

 ゲンジとリリイはそれに不満げだ。



「生憎だが、吾輩たちのリーダーは別にいる。おい、オーシン殿」

「そうよ、子分呼ばわりはノーサンキュー。オーシン、貴方が仕切るのよ。大事な局面なんだからね」


「えーと、各人ベストを尽くすように」

「あらあら、駄目ね、こりゃ」

「はぁ……いっそ皆で海賊になっちゃう?」


「冗談だよ。この戦いを超えた先にこそ本当のゴールがある。俺たちの無人島生活が迎える念願のゴールが。リーダーに就任した初日にも言ったよな? 俺たちは全員で生還するって。ほんの一人でも欠員が出たらそれはもう成功ではないんだ。頼むから……気を付けてくれよ」

「オーシン達が一番危ないんですよ! どうかご武運を」



 当たり前だろ! 縁起でもない。こんな所で人生を終われるか。

 俺たちは円陣を組み、中央で手を重ねると気合の掛け声をあげる。



「絶対に生きて帰るぞ! ファイト、オー!」



「……何だか昔を思い出すリザトカァ」



 ちゃっかりと円陣に混じっていたライガがシミジミと呟く。

 いや、アンタがそれで良いなら別に構わないんですけれども?

 なんなら、ウチの無人島チームに入る? 海賊団とかけもちで良いよ?


 さて、それはともかく出陣の時だ。

 裏庭のキャルロットは教授と召使いに任せ、俺たちは散開する。


 向かうのはライオンの像から西。

 岩すらも割る樫の木があるところ。

 考えてみればあんな大岩を分断して木が生えるなんて尋常でない出来事だ。

 あれもまた、緑の創造主が作り出した「不自然な植物」に決まってる。


 あの大岩の裂け目が宝の洞窟、ひいてはアラミザケの住処へと続いているのだ。

 底知れぬ大地の奥深くへと。


 しかし、敵の本拠地となれば門番が居るのは当然だろう。

 事によっては、あの樫の木こそが「それ」に該当するのかもしれない。

 ヘヘン、こっちだって監視網を突破する備えがあるのさ。

 だからこそゲンジに ご足労たまわったのだ。


 実際に現地へ足を運ぶと。

 岩割り樫の周辺は、まるで人の手が入ったように高木が少なく遮蔽物がない。

 見渡す限り原っぱ同然だ。

 少し離れた林の中に身をひそめ、俺たちは潜入の準備を進めていた。



「任せろ。霧のヴェールで全てを覆い隠してやる。ただ、それほど大規模な術となればかなりの精神集中が必要となる。少し手間がかかるぞ」



 ゲンジは乳鉢に幾つかの薬草を入れ、ゴリゴリとすり潰して粉状へと変えていく。

 合成ハーブを吸引し、まほー使いは一時的に精神を研ぎ澄ませるのだ。

 もちろんコレはロマナ帝国だと完全に合法な行為。

 セーフティで健康的なハーブだから、すっごく安全!


 手持ち無沙汰になった俺は、同じく待機中のライガと顔を見合わせる。



「そういえば、暴走したシシールに骨を折られたんじゃ? アンタ、腕のギプスはどうした?」

「外してきた。わざわざ敵に弱点を教えるアホはいないトカ」

「無理すんなよ? 安静にしていたら?」

「仲間とお嬢様の危機だというのに? ガキどもに任せていられるか」

「アンタのそういう所は好きなんだけどさぁ……」

「ふん、リザードマンの回復力を侮るなよ。あんなケガなど半日もあれば……」



 完全回復を誇示しようと、ライガは折れた右腕をかざしてみせる。

 だがそれは、まるっきり逆効果で。余程、握り締めた手に激痛が走ったのか、ライガは絶句した後にしゃがみ込んでしまったではないか。

 折れた手は真っ赤に腫れている。

 おいおい、無茶しなさんな。



「まったく、これじゃ自慢の『渦潮三刀流』も形無しだトカ」

「まだ二本も残っているんだから前向きになろうぜ」

「ふむ、確かにこれで人並みではあるリザね」

「それに、いざとなったら俺が秘密の三刀目になってやるからさ」

「ハハハ、コイツめ。ガキのくせに言いやがる」



 少しは元気が出たようで何よりです。

 それと、これはちょっと言い辛い内容なんだけど。

 今の内に話しておいた方が良いんだろうな。



「それでさ、できれば俺、アラミザケを殺さずに戦いを済ませたいんだけど」

「はぁ!? 海賊が! 人質とられて脅迫されてるんだが? 俺等の流儀では、そんなの家ごと燃やされても文句は言えんリザ? アホトカ? 馬鹿トカ?」

「それでも! 殺したくないんだ、俺は」

「どうしてだ? お前らが『緑の創造主』と共存したいからか? それは別に友好的な奴だけで良いだろう? なぜ敵意むき出しのヤカラまで救おうとする?」

「彼が、彼こそが、歴史の生き証人なんだよ? この世で唯一の! それにさ、ある人から言われたんだよ。宝の地図に込められた、その真の意味を考えろって」

「地図に込められた意味……トカ?」

「ああ、それはつまりさ、未来に希望を託すって事だろ? 『俺たちは駄目だったけど、せめてお前達はコレを役立ててくれ』って、そんな先達の心遣いだろう? その想いを俺たち現代人が無下に踏みにじるワケには!」

「その優しさ……ちゃんと相手が汲んでくれると良いのだがな」



 ライガは何かを諦めたように首を振り、こう続ける。



「わかったよ。もし、その時が来たら……お前の説得が終わるまで待ってやる」

「ありがとう、ライガ」

「ただし! それは洞窟内でアラミザケ本体と遭遇したら……そういう話だからな。優先すべきはアクマで人質の救出、そこは良いトカ?」

「ああ、もちろん」

「それと、洞窟内で戦闘が始まったら植物モンスターに情けなんざかけるなよ? アイツ等はたとえ伐採されて切り株になろうと、そこから芽が生えて再生する。元々の生命力が桁違いなんだよ、覚えとけ。殺したくない? いーや、寝言だね! 殺せるかどうかをまず心配しろや?」

「りょ、了解」



 そうこうしている間にゲンジの精神統一が完了したようだ。



「よし、では始めるぞ。長くはもたない突入は急いでくれ」



 ゲンジは両手で無数の印を形作り、最後に祈るかのごとく掌を重ね合わせる。

 すると森の奥からミルクのように濃厚な霧が流れだし、あっという間に全てを飲み込んでしまう。


 もう隣に立つライガの姿すらもよく見えないぞ。

 突入を前に、彼の気分が高揚しているのは声からハッキリ伝わってきたけれど。



「俺たちがやろうとしているのは、むしろ『宝探しの逆』だな。俺たちは宝を奪いに行くのではない。宝に奪われた物を取り返しに行く。さあ行かん! 野郎ども!」

「おう!」



 もう気分はすっかり海賊の手下。(アンリが見たら怒り狂うことだろう)

 俺たちは幻術の霧をかきわけるようにして割れた大岩の隙間へと潜入する。

 その際、頭上から聞こえてきた低音のうめき声がとても耳障りだった。

 いや、あれは警戒のうなり声か?

 岩割りの樫が発した物だとすれば、やはりあれも植物モンスターだったのか。


 普段、俺たちが景色としか認識していなかった無人島の生い茂る樹木。

 その中に、実はどれだけのモンスターが潜んでいたのか。

 想像しただけでゾッとする。


 そして、そんな植物モンスターの大元締めがこの下に居る。

 何とか見つからないように人質を救出したい所だが。


 予想通り、大岩の亀裂は細い地下通路へと続いていた。

 足元には石筍、天井からは鍾乳石が垂れ下がり、そこからポタリポタリと水滴がしたたり落ちている。冒険の雰囲気もたっぷりだ。ゲンジは迷わないよう入り口近くの岩に糸を巻き付けているようだ。他にも必要なのは……そうか明かりがいるな。


 ヒヨコカリバーを引き抜き、刀身に赤いオーラを宿らせる。

 これで明かりの代わりになるはずだ。これまでも暗所をコイツで凌いできた。

 敵に気付かれたくない時は鞘に剣を収めればよい、完璧だ。



『ピヨピィ――! いよいよ決戦ですかな? 未来の英雄どの?』

「ああ、それなんだけどさ……」



 俺は洞窟の奥を照らしながらヒヨコカリバーに話しかける。



「もしかすると、俺の未来は英雄なんかじゃないかも。残念だけど『そうはなれない』かもしれないんだ。多分、恐らく、もっと凡庸で……ありきたりな将来かも」



 唐突な告白にライガは首を傾げていたが、ゲンジにはしっかりと意図が伝わった様子。彼は励ますように俺の肩をポンポン叩いていく。


 そうだよ、アンリから「酒場をやりたい」と誘われた あの一件さ。

 この土壇場だって忘れちゃいない。


 ヒヨコカリバーの奴も、あの会話をしっかり聞いていたようで。

 感慨深そうに間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。



『左様でございますか。別に構いませんよ』

「あの、なんかスマン。お前との約束を破っちゃって。ヒヨコカリバーJrを伝説の聖剣にしてやる予定だったのに」

『その時は、酒場の壁にでも私をかけておけば宜しい。私は昔を懐かしみながら、長い夢を見るとしましょう。ずっとずっと、冒険の夢を。店を訪れた客人たちは「ハテ、この剣にはどんな曰くがあるのだろう」なぁんて想像をふくらませるのでしょうね……それはそれは素敵な結末ではありませんか』

「ああ、そうかも……そうかもしれないな」

『ならばその未来をつかみ取る為にも! こんな所で死ぬワケにはいきませんよ』

「わかってる、当たり前じゃないか」

『後ろ向きになりなさんな。今はひたすらに前を、ただ前を見るのです。どれ、僭越ながら私めが進むべき道を照らしてさしあげましょう』



 何だか涙が込み上げてくる。こんなにも俺は思われて、気を使われて ――。

 バカバカしい、まだ何も成し遂げていないというのに。

 いや、むしろ今の内に泣いておくべき……なのか?

 戦いの最中に何が起きようと泣いている暇など無いのだから。


 涙を拭いながら滑り台で降りるように斜面をじわじわと滑落していく。

 光に照らされたコウモリが逃げていき、侵入が敵に気付かれやしないかと冷や冷やさせてくれるぜ、まったく。




 トンネルはなだらかな傾斜が続き、やがて広めの空洞へと到達する。

 そこから先は足元が平らだ。だが、地形の変化はそれだけではない。

 明かりがあった。恐らくは住民用の。

 岩の所々に光り輝くコケが生えており、周囲をぼんやりと照らしている。

 燐光に浮かぶのは、自然の湧き水だろうか? 澄んで冷たい地底の泉だ。

 更にはその近くに身を寄せている人影が幾つもにある。


 居たぞ、シマシマシャツにバンダナ姿の荒くれ男たち!

 ライガが近くで息をのむ気配を感じた。

 ビンゴ、探していた人質だな。


 人質だというのに、牢に閉じ込めるどころか、鎖で繋がれた気配すらない。

 全員が仲良く膝を抱えて泉の周りに座り込んでいる。

 顔には例外なく緑のドロドロが張り付いているので、アラミザケの支配下に置かれているのは間違いないだろう。彼らは逃げる意志すら奪われているのだ。だが、肝心のアラミザケ本体がシシールと話すのに夢中なせいで、こっちは捨て置かれている感じだろうか。

 よーし、好都合だ。

 見張りすら居ないとは、まったく拍子抜けだぜ。(チンピラ海賊並み感)


 俺たちは腰から下げた「海水入りの」水筒を手に取り、うなずき合う。

 これでクグツゴケを人質から引きはがせば任務完了だ。


 だが、そうスンナリと事態が進むはずもなく。

 人質に近付こうとしたその瞬間、天井から何かが降ってきた。

 それは、タンブルウィード(回転草)のように枯れ枝が複雑に絡まって球体を形成した物質……初見ではそう思えた。

 だが、その内からは赤く脈打つ木漏れの光がうっすらと透けて見える。

 その球体は問答無用で生きていた。羽化寸前の卵みたいに。唖然とする俺たちの目前で、球体が真っ二つに割れ、絡まっていた枝が解けていった。

 球体の残骸を太い腕でかきわけ、中から立ち上がってきたのは……怒れる自然を具現化したかのごとき人型植物だった。


 みんなはトレントを知っているだろうか?

 齢を経た巨木が四肢を得て立ち上がり、森を荒らす者に襲いかかってくる。

 それがトレントと呼ばれる有名なモンスターだ。

 コイツの外見はどことなくそれに似ていた。五メートルはあろうかという巨体を揺すりながら、人型植物は俺たちを睨みつけた。


 くぅ、威圧されるぜ。気圧されない為には、まず声を出さないと。



「な、なんだ、お前は?」

『名乗れと? 私の方から? フン、良いだろう。タイプ:アールキング、個体識別名を問うているのなら「枯れキツネ:ナンバーナイン」だ。四百年前に古の文明を滅ぼし、果たすべき役割を失った哀れな生体兵器。それがお前たちの相対するモノ、よくぞ来てくれた侵入者よ。長らく退屈していたぞ』



 低く霊的な音声が、とても丁寧なアイサツを終えた。


 枯れ木……キツネ?

 確かに人型植物の頭部は逆三角形でどことなくキツネに似ている。

 かつてはそんな頭頂より二股の枝が伸びていたのだろう。だがしかし、それが「折れることで」今となってはキツネ耳にソックリな突起物と成り果てている。狐の外見を演出するのにその耳が一役買っている感じだ。

 顔にはギザギザに裂けた口と虚ろな眼孔、穴の奥からは赤い光が漏れている。

 そして腰の後ろからは九本の尻尾を思わせる、ねじくれた太い枝が生えている。

 見れば、それぞれの尾には異なる武器が握られているな。

 戦斧、槍、剣、トゲ付きこん棒、曲刀、フレイル、鉈、大剣。

 まるで武器の見本市だ。

 枯木の狐は尻尾に絡んだ武器を弄びつつ、歌うように語り続ける。



『もう満足のいく戦いなど決して出来ぬと思い込んでいた。だが、こうして侵入者が来てくれると、また生の喜びを実感できるぞ。なあなあ、そこのトカゲ、なかなか良い武器を背負っているじゃないか? 我が主、アラミザケ様の命令だ。まず、貴様から死んでもらうぞ』

「笑わせるなトカァ。この命はシシール船長の為にこそある。お前ごときにくれてやる安物ではないぞ、断じてな」



 武人肌って奴なのかな? どうも敵は仕事の中にも楽しみを見出すタイプらしい。当然、剣士であるライガには思う所があるらしく、彼の口には満面の笑みが浮かんでいる。

 ライガは左手と尻尾で抜刀し、素早く名乗りを返した。



「だが、言い草は気に入ったぞ! 渦潮三刀流のライガ、お相手つかまつるトカ」

『そう来なくてはな! さぁ、共に舞おう。存分に楽しませてくれ』



 おいおい、俺たちは無視かい! 二人だけの領域ゾーンに入るな。

 だが、ライガは戦闘に入る直前、こちらにも目で合図してみせた。

 見張りは引き受けるので、人質を救ってくれというサインか。

 よし、ノリノリのようで冷静だな。


 ゲンジはライガのサポートに回るつもりらしい。

 なら、俺が人質の所へ行くしかないな。


 俺はバラのツルを天井の鍾乳石へと伸ばす。

 例によって巻き上げ機の力で跳躍する。

 枯れ狐を飛び越え、一呼吸で人質の下へ。

 そうはさせじと、狐の尾が即座に空中を薙ぎ払う。

 トゲ付きの棍棒が足下をかすめたが、ギリギリで回避に成功。

 冷や汗ものだ。危なかったが、人質の所へ着地することができた。



「よそ見をするな。お前の相手はこっちだトカ!」



 尻尾に見立てた九本の枯れ枝はそれぞれが意志を持つかのように動いている。

 あれでは九つの腕で武器を扱えるようなものだ。

 手数に差がありすぎて、とてもまっとうに打ち合えるものではない。


 無論、ライガもそれは判っており、雨のように降り注ぐ連撃を小刻みのステップで避けている。魂を刈り取る死神のカマみたいに、あるいは大地を打ち据える落雷のように、九つの鋭利な攻撃が硬い岩の床をえぐりとっていく。どんなにライガの腕が立とうと、あれではいつか避けきれなくなる。

 そんな窮地に、ゲンジの幻術が発動した。

 次々と出現するライガの分身。

 実像こそ伴わず、標準を惑わせるだけだが その効果は抜群だ。

 九回もの攻撃をばらけさせただけでも大助かりだろう。


 これなら充分に時間が稼げそうだ。

 俺は水筒を持ち、人質の間を回り始める。

 はいはい、お目覚めの時ですよ、皆さん。

 はい、バッシャーン、おはようさん。


 海水をかけるとクグツゴケが人質の顔から剥がれ落ちていく。

 だが長時間操られていたせいか、目の焦点がまるで合っていない。

 自分の置かれた状況がまったく呑み込めていないようだ。

 ちょっと、それは困るんですけど?

 起きろ! このネボスケ海賊!


 そうこうしている間にも、枯れ狐はライガを追い詰めていく。



『いいぞ、なかなか良い! ははは、この乾き、久しぶりだ。ああ、喉が渇く』



 うん? お前に喉の渇きなんてあるのかい? 植物だろ?

 狐のトレントは九本の尻尾だけでなく、握り締めた両の拳も使い始めた。

 石筍すらも打ち砕くパンチは、凄まじいの一言だ。


 ライガも隙をみては攻撃をくわえているが、多少切られた所でこたえはしないようだ。植物のタフネスぶりは半端じゃない。まさにモンスター、化け物め!


 大体、九本の尾なんて反則なんだよ!

 オマケに八種類も武器を使いやがって。そもそも尻尾の方が長いんだから武器の種類なんか何だって関係ないじゃないか!


 あれ? ちょっと待てよ。

 九本の尾に八種類の武器?

 数が合わないじゃないか。残りの一本は何をしている?

 まさかのサボリか?


 凄まじい猛攻にばかり目を奪われていたが、コイツよく見れば。

 鎖で繋がれた番犬のように、決められた範囲内をウロウロしているだけだぞ。

 冷静に観察すると、おかしい、何かが。

 暗闇の中、よぉーく目を凝らせば……アレか。

 見えたぞ! 九本目の尻尾が!


 根のように床を這う第九の尻尾は、なんと地底の湧き水へと伸びている。

 喉の渇きってそういう意味!? 渇望の比喩じゃなくて?

 泉にひたされた根の先端。アレでこまめな水分補給をしているのか!


 思えばキャルも燃費がとても悪かったな。

 もしや植物モンスター全般の特性か?

 俺は人質救出を中断して走りだす。


 その間に、狐のフルスイングがとうとうライガ本体をとらえていた。

 辛うじて剣の防御が間に合ったけれど、曲刀は衝撃で折れ曲がってしまった。

 ギザギザに裂けた口角を歪めて、狐は嘲笑した。



『どうした? どうした? そこまでか?』

「……ふん、さてね」

『そもそも渦潮三刀流とは何のハッタリだ? 貴様の剣は二本しかないではないか? ええ? 足りていないぞ? トカゲの剣士!』

「知りたいトカ? 残りの一本はなぁ、まだ他にあるんだよ」

『なにぃ?』

「その一本と船長の為なら、俺は喜んで剣士の誇りなど かなぐり捨てる」



 ライガは折れ曲がった刀を敵に投げつけ、更には素手で特攻を仕掛けた。

 リザードマンのアゴを大きく開き、敵の懐に飛び込んで喉元に食らいつく。


 なんて無茶なことを! 互いの体格が違いすぎるだろ!?

 だが、お陰で敵の背後は隙だらけだ。

 判っているとも、三刀目はここに在る!

 そう言いたいんだろう? 副船長のライガ!


 俺はヒヨコカリバーを引き抜き、跳躍して振り上げた武器を叩きつける。

 敵の急所である九本目の尻尾へと。


 地を這う根っこが一刀のもとに両断され、傷口から濁った水があふれだす。



『ぐぅ!? 喉が。乾く、乾く。枯れてしまう。まだだ、まだ、もっと舞っていたいのに……畜生』



 狐は膝をつき、最後の悪あがきをみせる。

 喉に張り付いたライガを力だけで振りほどき、投げ捨てたではないか。

 ライガは近くの岩に叩きつけられ、そのまま力尽きた。

 この野郎、なんてことを!


 だが、狐のしぶとさもそれが限界だったらしい。

 朽ち木が倒れるかのように、虚空をまさぐり奴は地に伏した。


 見たか、ライガ? 俺たちの勝利だ!


 岩に寄りかかって立ち上がれずにいるライガ。

 俺とゲンジが心配して駆け寄っても、彼が気に掛けることは自分の体調ではない。



「いや、俺は大丈夫だトカ。それよりも、早くシシール船長に報告を。人質の安全は確保したと。それでお嬢様は気がねなく振舞える」

「ああ、判ってる。今すぐにやるよ」



 シシール、ちゃんと無事か? 俺はオーシンペガサス号へと意識を飛ばす。

 移動と戦闘に結構な時を使ってしまった。

 彼女の身に何事もなければ良いが。

 外は今頃、夜。今宵は満月の翌日だ。


 きっと空には綺麗な月が出ていることだろう。

 ほんのちょっぴり欠けた、血のように赤い月が。

 シシールにとっては暴れやすい最適の環境だ。


 恐らくは総力戦の宴が始まる。


 決着の時がきた。

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