第8話 学園祭の思い出



「うぬぬ! お~の~れ~!」



 ひっくり返ったタンキは駄々っ子みたいに四肢をジタバタさせている。

 しかし、そう簡単に体勢を戻せないのは亀の習性そのままみたいだな。

 ならば、もう終わりさ。俺の勝ち!

 ん? ヒヨコカリバーJrが、まだ何か言いたそうにしているみたいだ。



『敵を罠にはめる機転は、お見事でした。未来の英雄殿。けれど……』

「うん?」

『タンキの鎧を断ち切れなかったのは納得しかねますな。私に対する信用がまだまだ足りない。これはまだヒヨコカリバーの切れ味ギガ・マックスではありません。それに戦場で首を落とさぬ「過剰な優しさ」も考えものです』

「手厳しいなぁ。勝てたんだから良いじゃないか」

『良くはありません。この刃で全てを断ち切れるイメージを持ちなさい。仲間を守る為、逡巡なく敵を切るのです。そうすれば、強敵との戦いで私はもっとお役に立てる。父上のような帝国騎士団長となりたくば、ツルギと心を通わせる術を学ぶ必要があるでしょうね』

「ふえぇ……努力するよ」

『覚えておいて下さい。夢も、恋も、精霊魔法もみな同じ。自分を信じる心が力となり、貴方の成長をうながすのです。では。更なる強敵との戦いにて、また』



 自分の剣にダメだしをされるとは。

 どっちが使われる身だか分かりやしない。

 俺は短剣を鞘に納めると、顔をしかめて首を振る。

 その時だ。不意にタンキが暗闇めがけて助けを求めたじゃないか。



「ああ、副船長。そこにいらしたのですか! スマンが助けて下され~」

「なにっ!?」



 慌てて向き直れば、そこには暗中より姿を見せるリザードマン。

 渋い顔をした怪物海賊団の副船長ライガがそこにいる。

 お ―― の ―― れ、恨み重なる嘘つき野郎!



「ライガ、テメー! お前が約束をちゃんと守らなかったせいで、アンリが!」

「いや、その事で話がある……トカァ!?」



 カッとなった俺は剣を抜き、問答無用で飛びかかる。

 相手の不意を打ったケサガケの一撃。

 これは決まるかと思いきや、ヒヨコカリバーの刃は虚しく空を切った。


 ライガは素早く身を沈め、攻撃をさけている!?

 しかもそれだけではない。地に伏した不自然な体勢から(トカゲにとっては自然な姿勢ではあるが)尻尾を使って反撃しようとしているではないか。

 尻尾の先には抜き身の剣。こちらは空中、かわしようがない。

 やられる!?


 右肩にハンマーで殴られたような衝撃があり、俺は地面に尻もちをつく。

 すっげー痛い。痛いが切られたワケではない。咄嗟に長剣の柄尻で殴りつけ、致命傷を負わせることなく迎撃してみせた様子。

 こ、これが達人のハヤワザか?

 パチンと剣を収め、ライガは大見得をきってみせる。



「これぞ、渦潮三刀流妙技、さざ波イルカ返し! 一流の技を思い知ったトカ?」


「ぐっ、ま、まるで動きを読まれていたみてぇだ」

「みたいじゃなくて、読めていたトカ」

「え?」

「怒りに任せて振るわれた剣は読みやすい。速さはあっても単純だからな。チビなキサマの取り柄は、頭を使って器用に立ち回る所だろうに。冷静になって自分の戦い方を思い出すんだな」


「語尾おかしくね? いや、これが普通なんだけど……じゃなくて! 決闘に負けておきながら、約束をホゴする奴に説教されたくねーぞ」

「こっちにだって ちょっとは言い分があるトカ、ないトカ」

「なんだよ!?」

「思い出すトカ。甲板で乱闘が始まった時、俺は幽霊のシーツにくるまれたまま、独りモガいていたんだ。どっかのガキが俺を『解放しわすれ』なければ、ちゃんとシシールお嬢様を止められたかもしれないのに」

「言われてみれば……そうだったな」



 もしかすると、俺たちも短気すぎたかもしれない。

 これじゃタンキのことを笑えない。今も、あの時も。

 俺が冷静に対処していれば、もっとマシな未来を迎えられたのでは?

 例えば、ライガを盾にして時間を稼ぐとか。

 甲板の乱闘を避け、アンリを傷付けずに済んだかも。結果論だが。 



「じゃあ、何がしたくて俺を追ってきた? 雪辱戦をやりたいんじゃないのか?」

「いや、そうではないトカ。大いなる誤解がこの悲劇を生んだ。お前を見つけ次第、報告するよう命令しておいたのだが……どうも部下が勘違いしていた様子リザね……剣士のプライドが許さん。そう言ったのがまずかった」



 ん? 相手は目線を下げ、意外にも殊勝な態度だぞ。

 ライガは上着のポケットからビンを取り出すとこちらへ投げて寄越す。

 なんだコレ? 俺は恐々とそれを拾い上げた。



「コカトリス特効の解毒剤だ。それがあれば お前の仲間は助かるトカ」

「な、なんでそんな物を」

「コカトリスと生活するのだから、必須に決まっているトカ」

「そうじゃなくて、俺にくれるのか?」

「それも当然トカ。決闘に勝ったのはお前。仲間の安全を保障すると約束しておきながら、それを果たせなかったのは俺の方なのだから……せめてもの詫びだ」


「怪しいな。まさか、毒でも入れてあるんじゃないだろうな?」

「毒で死にかけている奴に毒を飲ませてどうする? 毒薬の無駄トカ」



 確かにそうだ。

 するとこれは、剣士のプライドからくる善意ってコトか。



「ライガ……お前、思ったよりは良い奴だな」

「フン、よそ者には判るまいよ。シシールお嬢様とは赤子の頃からの付き合いだ。長らく面倒を見てきたのは他ならぬ この俺、彼女の優しさなら、この俺が誰よりも、イチバン、よ~く知っているトカ!」

「優しいから怪物をペットにしているってのかい?」

「その通り。見世物小屋で飼われていた幻獣たちを解放して、海の上に居場所を与えてやったのだ。我ら海賊団はこの世に居所を見出せなかった連中の吹き溜まり。クズかもしれんが誇りと美学はある。だから世話役である俺も船長にならって美学を貫くのだ」



 いや、約束を守らなかったのは、その優しい船長なんだけど?

 余計なことは言わない方がいいか。



「そうかい、判ったよ。お前が約束を守る気なら、美学がないと言ったのは取り消す。だがな……」

「ああ、判っている。これ以上は慣れ合う気もないトカ。海賊と魔法使いなんて所詮は犬猿の仲。次に会ったら、その時は恐らく敵同士となる。死にたくなければもうコチラの邪魔はしないことだ。でもな」

「うん?」

「宝を見つけさえすれば、最早この島に用など無いのだから。つまり……なぁ、俺の言いたいこと、判るトカ? 大人しくしていれば、いずれ我々は撤退するトカ」



 ライガは意味ありげに肩をすくめてみせる。



「宝を見つけた後で良いなら、海難救助隊にお前らの居場所を伝えてやるリザ」 

「なに?」

「お前らは、ただ大人しく待っていれば良いトカ。それで仲間の安全は保障される。決闘でかわした約束通りだリザ。俺に出来る償いはそれが精一杯。お嬢様もそれ以上はきっと譲らない」

「ぐぬぬ、勝手なことを。指をくわえて、お前らが宝を見つけるまで見てろって言うのかい!」


「よーく、考えるトカよ? 浪漫と安全。果たしてどっちが得か? ではもう行け。仲間が待っているのだろう? 俺の方もリザ。逆立ちしてる亀を助けてやらねば」



 俺を探していたのは、薬ビンを渡して借りを返す為だったのか。

 とりあえず、サンキューな、ライガ。

 さて、ライガとタンキを残してその場を離れ、ネモ教授の小屋に一度引き返すべきか(さすがに皆が心配しているはずだ)このままアンリの所へ行くべきか、考えていると、ゲンジとハカセが駆けつけてきたではないか。



「おーい、オーシン殿、無事だったか? 遅れてスマン。他にも敵が居てな」

「おお! バッチリだったぜ。森で暴れる海賊は倒した。それでな……」



 ことの経緯を聞いた二人は、小屋に戻ってネモ教授に事情を説明してくれるらしい。今は僅か一分でも惜しい時だ、助かるぜ。だが、ゲンジは俺にひとこと置き土産を残さないと気が済まないようだ。



「皆の忠告を無視して単騎駆け。それで? 万が一にも、リーダーが真っ先に倒されたら、オーシン殿はどうするつもりだった?」

「そ、それは」

「いくらアンリが心配でも、先ほどの暴走は評価しかねる。吾輩はそう思う」

「悪い、次からは気を付けるよ」

「本人が判っているのなら、それでいいのさ」



 キザったらしく、肩越しに人差し指と中指をクロスさせてから(幸運を祈るというハンドサインらしい)ゲンジは去っていく。

 確かに。仲間を信頼しているのなら、よく相談すべきだったな。

 反省しないと……いや、そんなのは後回しだ。


 思いがけず解毒剤を入手し「天才の腕を振るう機会」を奪ってしまったのも少々心苦しいが、揉め事に巻き込まれずに済んだのだから勘弁してくれるよな? それよりアンリだ! 一刻も早く向かわなくては!


 俺がアンリとリリイの待つキャンプ地に戻ってきたのは、もう夜明け近くになってからだ。アンリは可哀想なくらい衰弱し、死が迫る心細さからか、リリイに膝枕をされていた。

 俺が帰ったのに気づくと、アンリは薄目を開いて震える手を差し伸べる。



「ああ、オーシン。間に合ってよかった……死ぬ前に一目あいたかった」

「馬鹿な! 死ぬもんか! 間に合ったんだ! さぁ、これを吞んでくれ。解毒剤だから!」

「本当? 夢みたい……ピンチの時に王子様が来てくれた」

「いや、ハハ、そんな……とと、任せてくれ、君の為なら王子様にだってなれるさ」



 リリイが「殺すぞ、貴様」という目つきで合図を送ってきたので、俺は急いで口から出かけたジョークを真面目な文句に言い直す。柄じゃないんだけどなぁ。

 それが功を奏したのか、アンリはニコッと微笑んで薬を口にする。

 蝋のように蒼白だった顔色に朱が差し、色を失った唇が魅惑的な桃色に染まる。

 良かった、助かったんだ。



「ありがとう、オーシン。貴方って……最高よ」

「さぁ、無理をしないで。今は回復するまでゆっくり休むんだ」



 まだまだ冷たい掌を握りしめてそう囁くと、アンリはまぶたを閉じて安らかな寝息をたて始める。ひとまずは安心……かな?

 リリイも額の汗をぬぐって、一息入れたようだ。

 それから上目遣いにこっちを見る。



「はい、よくできました。貴方にしては上出来だったようね、オーシン?」

「ちぇっ、もっと他に言い方があるだろう?」

「イヤミじゃない。本気でそう感じたの。あそこまで必死になっている貴方は初めて見た。正直言うとね、ちょっと意外だった。ただの友達だと聞いていたし」

「俺も……自分で驚いたよ。あんなに取り乱すことがあるなんて、知らなかった」


「どうしてそんなにゾッコンなのよ? 昔、何かあったの? それだけ夢中になれる何かが? ねぇ、聞かせてよ?」

「えぇ? なんだよ急に」

「聞、か、せ、て! 二人のなれそめ。別に良いじゃない。禁欲的な無人島生活で、他に何の楽しみもないんだから。それぐらいサービスしてくれないと、私、ストレスがマッハでおかしくなっちゃうかも?」

「あ、あのさぁ~! もぉ!」



 仕方ないなぁ。別に大した話じゃないからな?

 あれは二年前、俺たちが「まほー学園」の中等部にあがって半年後ぐらい……。

 たしか秋に学園祭をやったんだよね。


 それで、1年アルファ組とベータ組が、催し物としてメイド喫茶をやったわけ。

 隣り合ったクラスが両方とも同じ企画を。

 アホだよなぁ、そんなの客の奪い合いになって共倒れになりそうなものだけど。ところが そうはならなかった。なんせ、ベータ組には学園のアイドルと呼ばれるマリアンヌが居たからな。そっちに男性客が殺到したんだ。



「あのいけ好かないブリッ子! 一年の頃から調子にのってたのねぇ」

「……マリアンヌの話をしたいなら、好きに喋ってくれても良いんだぜ?」

「ああ、ゴメン、ゴメンって。続けてよ」



 そんでアルファ組の方がガラガラだったわけ。

 当時の俺は愛犬を亡くしてすっごいブルーでさ、いくら正論で慰めても険悪に扱われるものだから、ハカセですら俺のことを敬遠していたな。

 要するにスネて、まるっきり不良みたいだった。



「へえ、オーシンにもそんな時期があったの。ていうか、犬を飼っていたんだ? その犬、なんで死んじゃったの?」

「老衰。狩猟犬で父さんが飼っていたんだ。名前はヒューストン。ペットの話がしたいのなら小一時間はそれで潰せるけど?」

「もぉ! 少しは女子トークに付き合ってよ」

「男子だもん、俺。続けるぜ?」



 んで、不良の俺が孤独に学園祭をブラブラしていたらさ、目に入ったわけ。

 行列が出来てるメイド喫茶と、ガラガラのメイド喫茶が。



「普通なら、行列や学園のアイドルに目が行くものだけれど」

「腹が減っていたんだよね、俺。あまりに客がこなくてアルファ組もヤケになっていたのかもしれないな。ランチ百エン(1エン=1銅貨)投げ売りセールの張り紙がまず目に付いてさ」

「どんどん、どんどん恋愛とかけ離れた方へ進んでいるけど? 大丈夫?」



 昼飯が百エンならこっちに決まってる。

 邪魔するぜい……とアルファ組に入っていった。無駄に肩で風を切りながらさ。



「すると、そこにアンリが居たのね!?」

「そうだよ、アタリ。じゃ、この話はこれでオシマイ」

「なに言ってんの!!!!!! しっかりしなさい!! これからが本番でしょうが。ここからよ! 出来る限り詳細に、正確に、それでいて私のハートがグッとくる感じで話しなさい!」

「無茶ぶりがすぎるって、話しているの俺だぞ?」

「……それもそうね。それで? どうだったの、彼女は? メイド姿が可愛くて、ひと目ぼれでもしちゃったとか?」

「いや、ローズチャイルド家にも執事とかいるし。なんだか子どもがメイドゴッコしてるみたいでカワイイとは思ったけど」

「あきれた」

「俺だからね」

「それなら、せめて料理は美味しくて感動したとか言ってくれるんでしょうね?」

「それなんだけどさぁ……当時の俺は今より不良だったって言ったじゃん? どうか怒らないで聞いてくれよな」

「アナタ、まさか……」



 アンリは精一杯オメカシして、給仕役をしていた。というか、客が来なくて暇すぎるせいで、同じシフトの子たちはみんな仕事を放棄しちゃったみたいで。学園祭の催し物を見に行ってしまったらしい。


 ―― 私がひとりで、会計、キッチン、調理をこなしてるの。ちょっとだけ待ってね。腕によりをかけて作るから。

 ―― はい、お待たせ。お金をとる以上はさぁ、作り置きはしたくなくて。出来立ての方が美味しいからね、やっぱり。えーと、なんだっけ。ご主人様、どうぞ召し上がれ? でいいの? まっ、どうでもいいか。アンタって、そういうの気にしそうもないし。


 ―― お味はどう? 美味しい? 料理はちょっと自信あるのよ~。なんせママが事故で亡くなって以来、弟たちの為に台所で腕をふるってきたからねぇ。



 正直、かなり驚いたよ。

 俺は愛犬を亡くして立ち直れず凹んでいるってのに。

 この娘は、母親と死に別れてもめげずに頑張っているという。

 その笑顔があまりにもマブしかったものだから。

 当時の俺は少し意地悪になっちゃった……んだと思う。

 これくらいならウチの姉が作る料理の方が美味いと言ってしまったんだ。



「最低ッ! 最ッッ(溜め)低ッッ!!」

「怒らないでよ。過去は変えられない。もう過ぎた事なんだから」

「そうね……未来に期待しましょう。この分じゃ望み薄だけど」

「ほっとけ! 反省ぐらいできらぁ、俺だって」

「でも、オーシンにお姉ちゃんなんて居たんだ?」

「ああ、父さんが帝国の騎士団長で、母さんが彫刻家。家には母のアトリエがあり、大勢の弟子が出入りしていたから……台所はいつもてんやわんやだった。必然的に姉ちゃんも料理人の手伝いをやらされて……俺もジャガイモの皮むきぐらいなら出来るけど」

「それってプロの料理人に技を教わっていたってこと? だからかぁ……アンリも上手いけど、プロには敵わないでしょうね」

「姉ちゃん、デッサンや彫刻のモデルでもあるからさ。食べ物にはいつも気を使っていた。勉強家だったんだよ」

「流石は名門ローズチャイルド家。なぜ、貴方だけが野生児なのかは理解できないけど」

「うるせー。アンリも初めは侮辱だと怒っていたけど。後日、証拠として姉ちゃんの作ったお弁当を食べたら目の色を変えてさ……」




 ―― 何これ? 本当に美味しい? ただの玉子焼きがここまでふわふわで美味しくなるなんて!? 悔しいけど、敵わないかも……。アタシのやり方はヤッパリ我流だからなぁ。コンソメの出汁をとるのも専門的で難しいって話だし……。

 ―― そうだ、オーシンの家にお邪魔してもよいかな? お姉ちゃんを紹介してよ。アタシも弟たちにこんな美味しい料理を食べさせてやりたいよ! ねぇねぇ、良いでしょ?



「それって、アンタはオマケじゃん。家に来る狙いは姉ちゃん?」

「そーだよ。馴れ初めなんてそんなモンだって。そしたら姉ちゃんがまたエラくアンリのことを気に入ってさ。弟のことを宜しくね。この子、友達いないからって……」

「うわぁ~キツゥ~」

「弟が心配なのは判るけどさ……俺はこんなだし。アンリも新しい弟が出来たみたいで楽しいですぅ~とか言うから。家族公認でアンリは俺のお目付け役みたいになったわけ」

「お、弟あつかいなんだ」

「俺も新しい姉ちゃんが居てくれた方が寂しくなくて良いか……とか思っちゃって。何だかいつも一緒だったんだよね。アンリもガラガラの喫茶に俺が来て、勇気づけられたって言ってるし」

「(気を使っているんでしょ)結局、なんの話だったのかしら? 恋愛は?」

「だから、そういう話だよ。優しいアンリがいつも傍に居てくれたから、俺のことを敬遠していたクラスメイト達の見る目が変わった。ハカセも戻って来てくれた。俺が馬鹿な真似をしたら説教してくれるアンリが居たから……すねたガキでも立ち直れた。これは、そういう物語」

「……ちょっとグッときたかな。そこだけは……」



 楽しんで頂けたようで、何よりですよーだ。

 そう、本来ならば俺なんて、リーダーをやる資格もないワルガキでしかない。

 そして家では、姉貴の帰りをアンリの弟たちがずっと待っているんだ。



「だから、ここでアンリを死なせるワケにはいかない。何がなんでも」

「……純粋ね。そして熱々。だけど、そのせいで貴方の愛はちょっと重いかも」

「え?」

「今の貴方じゃアンリを一生束縛しかねないもの。アンリに依存しているだけじゃダメだと思う。もっと他の人と交流を持つべきでしょ? たまには他の子と遊びに行きなさい」

「そうかもね」

「でもアンリを泣かせるような事はしちゃ駄目」

「どっちなんだよ! もぉ~。はぁ~、何だかドッと疲れが出てきた……ねむ」

「一晩中走り回っていたんでしょう? 貴方も少し休みなさい。安心して。貴方の大事な彼女は、私がちゃんと見張ってあげるから」

「お願いします」



 もう他の寝床を探すのも面倒くさい。

 俺はアンリの横にぶっ倒れてそのまま眠りに落ちていく。


 そんな俺たちを見るリリイの目は何かを達観したような……そんな感じだ。



「何だか損な役回りになっちゃったかなぁ……まぁ、私らしいか」



 そんな声が聞こえた気がする。

 沢山の騒動が起きた無人島の一夜。

 それも、ようやく静けさを取り戻したわけだ。

 もう夜明けが近い、明日のことはまた明日考えよう。

 毎日が本当にギリギリで、ここでは それがやっとだから。




【 オマケ4 精霊まほー使いでもきっと必要な罠狩猟の知識 】


 はい、では今回のオマケは獲物をとる為に必要な罠について。

 詳細な解説を……。する前に一番大切な結論を書いておきましょうか。


 異世界ならともかく、日本では法律で「狩猟に関するルール」が細かく定められています。素人が勝手に手を出してはいけません。

 法律違反です、罰せられます。以上。


 流石にこれで終わりだと味気なさすぎるので、もう少し解説をしましょう。

 日本では『鳥獣保護管理法』という法律に基づいてルールが決められています。

 車を運転するのに自動車免許が必要なように、罠を仕掛けて狩りをするには狩猟免許が必要なのです。

 更に、免許があっても狩猟が許されているエリアで、しかも限られた猟期にのみ狩りが認められています。鳥獣保護区や住宅街に危険な罠を仕掛けるなんて、もってのほか!


 まだあります。動物保護の観点から、とってはいけない禁獣・禁鳥が定められているし、一日に仕掛けていい罠の数の上限、とってもよい獲物の数の上限まで細かく定められているのです。また余りにも残虐性の高い、殺傷能力の高い罠は日本全国どこであろうと設置が禁止されているのです。大昔は日本の伝統文化として、そういう罠を使った猟が存在したのは確かですが。いくら男の血が騒ぐからといって「よし、近所の林に罠を仕掛けてみよう。タヌキでもかかるかな?」と夏休みの自由研究感覚で罠を設置することは許されないのです。通行人が引っかかったら大変なことになるでしょう? どうか研究は虫取りぐらいで我慢して下され。


 何だか浪漫のカケラもない結論ではありますが。

 大切なことなので。是非、覚えて帰って下さい。


 ちなみに罠の種類はこんな感じ。全て禁止猟法。ダメ絶対。


1 落とし穴 … シンプルにして効果的。地面にほった穴に獲物を落とす。人命に危険を及ぼす恐れがある為、禁止猟法に指定されています。


2 デッドフォール … トリガーに触れると重たい岩などが落ちてくる、即死の罠。保護すべき動物を誤って殺してしまう可能性がある為、禁止されています。


3 トラバサミ … 獲物が踏むと金具が足をはさんで拘束する。威力がえぐく(獲物の骨に達するらしい、ぐええ)長時間くるしませる為に禁止猟法とされています。


4 毒物 … 餌に毒を混ぜる手法。ペットや保護動物が誤食する可能性があり、禁止猟法となっている。現在このやり方が許されているのはネズミを退治するケースのみ。川に毒を流して魚をとるのも勿論ダメ。やめなされ、やめなされ。


5 とりもち … 粘着性の物質をつかって獲物を捕獲する。危険性は少なく思えるが、実際は体毛がしつこくからまって無傷で獲物を解放するのは困難らしい。禁止。


6 据え銃 … 銃器もしくは弓矢などを設置して、ロープにひっかかった獲物を狙撃する。人命を危険にさらす恐れあり。禁止猟法。昔の忍者漫画ではよく使われたトリックだけど、やはり禁止なのだ。時代は変わった。デスゲームでは現役だけど。


7 ビリ … 川に電気を流して魚をとるやり方。無差別かつ、あまりにもとりすぎてしまう為、環境保全の観点から禁止されたという。


8 かすみ網 … テニスのネットみたいに、鳥の通り道を狙って網を仕掛けておく。鳥は固い地面や枝を蹴って飛び上がるものなので、暖簾に腕押しの網につかまってしまうと飛び立つことができず罠の底に落ちる。


 禁止、禁止!

 そんならいったい、どんな罠ならOKなんだよ!?

 危険性の少ない頑丈な箱や、囲い、オリなどを使った捕獲用の罠。

 オーシンが用いたロープの「くくり罠」などは許されているようです。


 危険性は少ない、無差別ではない、そうは言っても……。

 最終的に捕らえて食べるのかもしれない。害獣を駆除するのかもしれない。


 しかしながら、猟師の皆様は、恵みを与えてくれる自然に深い畏敬の念を抱き、命を捧げてくれた獲物に対する感謝の気持ちを忘れることはないでしょう。なるべく苦痛を与えないよう罠を選び、捕獲量の上限を定めるのは、そんな自然に対する敬意の表れとも言えるかもしれません。


 獲物をとりつくして「死んでしまった」山や川が再び蘇るのには、膨大な歳月を必要とします。自然との共生は綺麗ごとではなく、必要不可欠な気遣いなのです。


 単なるスポーツや娯楽として軽い気持ちでやっているわけではありません。

 私たちもお肉を食べる際は、そんな感謝の気持ちを忘れずに。

 いただいた命の分まで頑張るとしましょうか。


 ご馳走様でした……。



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