第12話 最強を持て余す者、シシール
シシールが居なくなったって?
いったい何があったんだよ?
怪物海賊団の連中は 島の北部に上陸し、独自に宝を探していたはずじゃ?
そこで俺たちの頭をかすめたのは、アラミザケの暗躍だ。
海賊団が宝に近づこうとすれば、奴の手下に襲われても不思議はない。
さてと。ライガはネモ教授の小屋を目にし、疑心暗鬼に陥っているようだ。
お互い伏せているカードが多すぎる。情報不足で判断を下しようもないな。
腹の探り合いから始めなくては。
まだ裏庭の畑までは見られていないようだが(そこにはキャルが居る)
平静を装って俺はライガとの対話を試みる。
「やぁ、やぁ、副船長。元気かい?」
「……あぁ」
「その腕はどうしたんだい? ギプスなんかして」
「いや待て。まず、この小屋は何だ? 説明しろ」
「え? なーに? 聞こえマセ ――ン?」
「……とぼける気トカ? まぁいいさ、物事は順番だ。まずはコッチから質問に答えてやる。この腕はなぁ、シシールお嬢様にやられたんだ」
「はぁ? 仲間割れなの? 誰かに襲われたワケじゃないんだ?」
ライガは口角を下げに下げて応える。
「……いや、これはお嬢様にやられた。彼女はちょっぴり特異体質で、満月の夜が近づくと狂暴化するトカ。今月は、いつもより更に酷かったトカァ」
「い、いつもだって?」
「宝探しに進展がないどころか、上陸してからトラブル続き。食料を探しに行った子分が戻らなかったり、喋る野生動物を目撃したと言い出す奴が居たり、色々あってストレスがたまっていたみたいトカ」
そういえば、昨夜は満月だったな。
月を見て狂暴化するなんて、まるでそれは伝説の……。
「もしかして、シシールは狼男だったりするの?」
「狼女トカ。彼女は生まれつきの人狼で、興奮状態に陥るとモフモフの獣人へ変身するんだわ。理性を保てなくて暴走することもしばしば。昨晩はとうとうマストをへし折って甲板で振り回したものだから……お陰で俺の腕もこのザマよ。さんざん暴れた挙句、船を飛び出して戻らない。俺は、もう心配で」
「満月の晩は狼女に変身かぁ。怪物海賊団の船長に相応しいと言えばそうだけど」
道理で荒くれどもが従順なわけだ。
俺の生返事を聞いて、ライガは不機嫌そうに応じる。
「チッ! 呑気だな。お嬢様は、子分が戻らないのは『お前たちの仕業』ではないかと疑っていたんだぞ。戻れないのは、お前らに襲われたからではないトカ? そうでないトカ? だから! 俺は心配になって見に来たんだ。お前らの安全を何としても守る、決闘の約束があるからな」
「なっ、誤解だよ。子分誘拐犯は俺たちじゃない。犯人は別にいるから」
「ふーん、心当たりがあるトカ? 俺だってお前らがそんな真似をするとは思ってない。今度こそ聞かせてもらおうじゃないか。お前ら、何を隠している?」
まだ約束をはたそうとしている、律儀なリザードマンに敬礼!
骨折しているクセに、たったの一人で会いにくるなんて お人好しな事だ。
俺の勘がコイツなら事実を話しても問題はないと言っているが……。
仲間たちに目配せすると、彼らも無言でうなずいている。よし!
副船長のライガ、アンタは断じてモンスターじゃない。はずだ! だよな?
語尾と姿がちょっと変わっているだけで。
「わかった、全部話すよ。ここは無人島。人間同士、助け合おうか」
「……なんとまぁ、お前らはもう宝を見つけていたトカ?」
「タネ一個だけなら。いま裏庭で育てているけど、見たい?」
「畑の守護神? うーん、期待していたのとちょっと違うトカ。やっぱり宝は何か判らない方が盛り上がるリザねぇ。モチベーションがガッツリ下がっちまう」
「色々と好きに想像できるからね、わかるよ。未知だからこそ探す価値がある」
「やはり、お前とならウマい酒が飲めそうだトカ」
「未成年だよ?」
「もっとこう、海賊自治区を復活させるのに、すぐ役立つ宝が良かったトカ。子育てがどれほど大変かは、よ――く知ってるトカ(一敗)」
「自治区の復活? あっ、それがアンタ等の目的?」
しまったという風に口を押えながらも、ライガは哀愁を漂わせる調子で続ける。
「別にいいトカ。お前らの秘密も聞かせてもらった。これでオアイコだ」
「邪魔はしないよ。ミステラ諸島はどうせ無人島ばっかりだ。土地は余っているし、適当な島を選んで好きに建国したら? まずは街づくりから」
「お嬢様やペットが大食いなせいで、ウチの資金繰りはいつもカツカツ。そんな簡単にいくなら苦労はないトカ。あぁ、ここの宝が最後の希望だったのに」
なんだろう? これは?
この島で一番苦労している人間は、実の所 この俺なんじゃないかと思っていたんだけど。ライガと話していたら わりかし そうでも無い気がしてきたぞ。
でも、なんだか俺たちにとっては悪くない感じに対話が進んでいるな。
ふーん、逆に情報を開示することで好転する局面もあるのか。
そんなら、当然コレも説明しておくべきだな。
「そんでな、アンタらの仲間が戻ってこない理由なんだけど。それは多分、アラミザケの仕業だぞ」
「む! その名は俺たちが調べた古文書にもあったな。海賊自治区の旧き神」
「宝の番人でもあり、生き物を操れる力がある。それだけならまだ良いんだけど、どうやら外の世界にまで勢力を広げたいみたいで。使える手駒を募集中なんだってさ」
「それはそれは、大きく出たな。ロマナ帝国と戦うつもりトカ? 俺達にとっても帝国は敵ではあるが……正面から挑んで勝てるのなら、こんな島に来てないトカ」
「手を組むつもりなら、止めておいた方がいいぜ? 見た感じ、アイツは自分以外の生き物すべてをゲームのコマぐらいにしか思ってないもの。捨て駒にされるのがオチさ」
「むむむ……いや、よく話してくれたな。貴重な情報提供、感謝する」
「多分だけど、もう人間同士がいがみ合ってる場合じゃない」
「恐らく正解だ。お嬢様もその線で説得すべきか」
やったぜ。案外、信じてみるもんだな。他人って奴を。
少し間を置いてから、ライガは口を開く。
「お嬢様が来た時に備え、出来る事ならばこの場に残ってやりたい。しかし、船の方をモヌケの殻にしておくわけにもいかぬ。そんな事情なら尚更。急いで戻らねば」
「小屋の主が海賊嫌いだって言ってたし、見つかる前に帰った方がいいぜ? 俺達なら大丈夫。自分のことぐらい自分でするさ。それくらい出来なければ、とても今日まで生き残れはしなかった」
「はっ、違いねぇトカ。じゃあ、最後に忠告しといてやるが、お前らちゃんと家主の素性を確かめたのか? あまりにも詳しすぎないトカ、そいつ?」
「うっ……それは。俺たちと同じ遭難者の先人だってことしか」
「詰めが甘い。やっぱりまだまだガキだな」
「うっせえ」
「成長の余地があるとほめたトカ。もしお嬢様が来たら、船に戻るよう伝えてくれ」
「それくらいなら別に良いけど。俺たちで信用してもらえるかな?」
「うん、それもそうか。なら教えておこう、ヨォーホーホゥだ」
「はぁ? ミミズクか何か?」
「合言葉だよ、合言葉。海賊の仲間同士で使う。俺は仲間だって合図トカ! 言ってみろ、ヨォーホーホゥ」
「ヨォーホーホゥ……ホォ! ホォ!」
「上出来だ。これで、お前も海賊仲間トカ! 使う時は元気よく!」
上機嫌でライガは去っていく。やれやれ。
緊張から解き放たれ、俺は天を仰いで深呼吸する。
仲間たちも「よくやった」と肩や頭を叩いて乱暴な称賛をくれたよ。
なぜか、アンリだけは眉間にシワを寄せていたけど。どうした?
どうもライガと仲良くスキンシップをとったのが気に入らない様子。
根に持っているのか? コカトリスの毒にやられたことを?
そんなの、アンリらしくないよ。
まぁ、俺にしては頑張った。大のオトナ相手にさ。
成程、世知辛い環境だ。大人にだってそこまで余裕があるわけじゃない。
カツカツで生きているんだな。ここじゃ誰もが同じだ。
なら苦労人同士で判り合える箇所もあるだろうさ、そりゃあ有るよ。
それにしても気になるのは、アラミザケの陰謀を感じる行方不明者だ。
出来る事なら探すのを手伝ってやりたいが……。
コッチはコッチで育児があってカツカツなんだよな。
それこそアラミザケみたいに、使える体がいくつもあったら便利だろうに。
道義的にはそんなの大問題だけど……いや、待てよ。
たしか「まほー学園」の実習で似たような効果の術を教わったぞ。
それもアラミザケと違って「誰の迷惑にもならない」やり方があるじゃないか。
いつかは試してみたいと思っていた。それが今では?
「それは何をやっているの? オーシンさん?」
「彫刻さぁ。アンリが料理を教えるなら、俺がキャルに教えてやれるのはコレぐらい……というか、どうしたの? 前は呼び捨てにしていたじゃないか? 俺のこと」
「トマスパパにしつこく言われたので。キャルはまだ生まれたばかり、オーシン先輩の方が年上なんだから、目上の人には敬語を使いなさいって」
「ははは、ハカセらしいや」
裏庭の畑にて。
せっかくだから俺はキャルに彫刻が作られる過程を見せてやることにした。
彫るのは森の倒木から切り出した角材。
香りからするとヒノキかな、これは。教授の小屋から工具を借りられたので、よい角材を入手するのもそう難しくはなかった。
彫刻用木材に向いているのは節がなく、木目がキレイな箇所。
こればっかりは後から修正しようがないので材木を選ぶときは慎重に。
タルを作業台として設置し、そこに乗せた角材を俺は様々な角度から観察する。木材の中に眠る作品。その完成形が見えてくるまで焦らずじっくりと構想をねるのだ。芸術家を気取ったつもりだったが、キャルの目には変人としか映らなかったらしく。
「なーにをやっているんですかねぇ? ちょっと意味がわかりません。なぜ、どうして木を彫るのですか? 彫像より本物の方が良いでしょう、お肉が食べられるし」
「そこが芸術の面白い所。人はパンのみにて生きるにあらず……って格言がある」
「人間は野菜や肉も食べるという事ですか?」
「いやいや、何というのかな。彫刻っていうのは人の魂を彫り込んでいく作業なんだよ。心が美しいと感じた物を、どうしても形に残したい。そんな欲求の表れなんだ。『かけがえのない一瞬をとらえよ』ってね、母さんの受け売りだけど」
キャルは、いまいちピンときてない様子だ。
「人の魂。植物のキャルにもそれが持てるでしょうか?」
「さてね、美意識は人の良心と密接に結びついているから、ぜひ身につけて欲しいんだけど。言ってしまえば、心はきっと美学に反する物を強く拒絶するんだ。容姿だけでなく生き方も含めて。俺の作る物なんかで『美への愛おしさ』を呼び起こせるかどうか」
「ふーん、なんだかドキドキしてきました。ああ、未知との出会い、それが人生♪」
うう、見られながらだとやり辛いな。
彫刻刀とノミを振るうこと、苦節三時間半。
俺が角材の中からようやく掘り出したのは、翼を広げるペガサスの像。
白鳥の翼をもった天馬、ペガサスだ。
木くずを払い、ヤスリがけしたら一応は完成だ。
そうだ。アンリにもらったリボンも飾りつけ、背後にたなびかせるか。
さて、どうよ? お客さん?
「おお~、手乗りサイズ。小さくて可愛いですねぇ」
「ははは。まぁ俺の技術だと、その感想が精一杯だよな。だからズルする。ちょっとそれを持っていてくれる?」
俺は頭髪を一本だけ引き抜くと天馬の首に結わえてやる。
ここからが俺のスペシャル。
手のひらを向け、情熱のまほーで天馬に魂をくれてやるんだ。
長時間もたせたいから、じっくりコトコト念入りに。
本体にも「効果延長」のルーン文字を彫り込んであるので、約半日はもつはず。
真っ赤なオーラに包まれた天馬は、即座にキャルの手を飛び出し、彼女の肩、頭、二の腕と華麗に周囲を飛び回った。たなびくピンクのリボン。よし、成功だ。
まほーの効果はいつもと少し違う。これで作者の魂を天馬像に込め「視界を共有しながら」自在に操ることが出来る。目を閉じた俺の脳裏には、はしゃぐキャルの笑顔がハッキリ浮かびあがって見えた。
まほー「心移し」の応用、オーシン流だ。本来は小鳥やリスなんかと視界を共有する術なんだけどね。
「すっごーい、飛んでいますよ、飛んでいますよ。わぁ、キレイ! アハハハ!」
「キレイ。すなわち美しいってコトさ。人の手でも些細で小さな感動なら作り出せる。心を持つ者同士なら、誰かとも感動を分かち合える、きっと」
「おお! キャルにも人の心が持てると。他にはどんな感動があるんです? 人はどんな感情を隠しているんですか? もっと沢山教えて下さいよ、オーシン先輩。寂しくて眠れない夜、人は何をしているんです?」
「おっ、おう」
「アンリ先輩やリリイ先輩に話を聞いていたら、恋人とか結婚の話が出たので」
「えっ、えーと、ちょっと今日は他にも予定があって……あっ、ゲンジだ。ゲンジに奇術を教わるのはどうかな? おーい、ゲンジ」
「むっ、なにやら寒気が……?」
俺は通りすがりのゲンジに育児を押し付けると、天馬像を回収して離脱する。
赤ちゃんはどこからくるの? みたいな話はパパとしてね。それかリリイ。
スマンな、許せよ、二人とも。
しかし、色々と訊かれるのは大変だし、面倒くさいな?
仕方ないか。人生はいつだって面倒くさい方が正解なのだから。
誰かに教えることで初めて判る真理もあるだろうさ。
俺たちは「面倒くさいが」真っ当な道を行く。
その為に、天馬像の試運転もかねて、空からシシールやアラミザケを探すんだ。
その前に、もう少しだけ動かす練習しておくか。
ライガは朝一から訪ねてきたので、時刻はまだ午後になったばかり。
俺が天馬と戯れていたら、ようやくネモ教授が起きてきたぞ。
夜更かしばかりで朝がかなーり遅いんだ、この天才エルフは。
背伸ばしと欠伸を済ませてから、ネモ教授は天馬を見て目を輝かせた。
「おっ、何やら面白そうなことをしているね」
「これからは情報収集に励もうと思って。交渉で有利に立ち回る為にも」
「素晴らしい心がけだ。そんな君の為に何か力を貸してあげたいが……そうだ!」
教授は小屋の中に引き返すと、何やら赤い宝石を手に戻ってきた。
「この宝石を天馬にはめ込むと良い」
「それは?」
「これは『コダマ石』と呼ばれるマジックアイテムでね。この宝石は一対で一つ。どんなに距離が離れていようと石の所有者同士で会話が出来る。要するに音が拾えるんだ。二つあるから、一つは天馬、もう一つは剣の柄にでも付けておきたまえ」
「天馬で会話も出来るように? 見るだけではなく? それは便利だなぁ」
「キャルロットを受け入れてくれたお礼だよ。フンふふん♪」
ありゃ、ネモ教授が鼻歌をうたっているぞ?
「何だかご機嫌ですね? 良い事でもあったんですか」
「それなんだよ! 実は昨晩、四百年ぶりに親友と連絡がとれたのさ!」
「え?」
「五百台目の通信機がとうとうメッセージの受信に成功したんだ!」
「はぁ? この『コダマ石』みたいなモンですか。それで、友達は何と?」
「現在、救助船が島に向かっているってさ。遭難時に発したコチラのSOS通信、ちゃんと故郷まで届いていたようだね。母国から迎えがやってくるぞ! ははは、もうすぐだ!」
え? なに?
事故った船を脱出する寸前、SOS信号を出したの?
救難信号は発信済みなんだけど、まだ助けは来てなかったの?
それが四百年も前の話? 来るまで、どんだけかかっているんです?
そんなに遠い所なんだろうか? エルフの国。
「教授もこの島から帰れるの? 良いなぁ、それはオメデトウございます」
「この島で行う最後の実験も、どうやら華々しい成果を見込めそうだし。もう思い残す事も特にないかな……それも全て君たちのお陰だ。ありがとう、モルモット君」
「ど、どうも」
人をモルモット呼ばわりは正直やめて欲しいんだけど。
まぁ、ご機嫌そうだし、別にいいか。
ついでに、俺たちをロマナ帝国まで送ってくれないかなぁ?
エルフの時間感覚は人間とまるで違うから、迎えが来るのは一年後だったりして。
そんな邪推をしていると、ネモ教授が不意に言った。
「私が島を出る時にキャルを引き取ることも出来るけど? 君たちはどうしたい?」
「えっと……それは。出来れば俺たちと一緒に。共存を選んだので」
「良い覚悟だ。なら畑から『植え替え』が出来るように植木鉢でも用意しておくか」
「あっ、それで良いんだ? 是非お願いします」
「そこまで言える君たちには、もう余計なお世話かもしれないが。最後に一つ新たな課題を与えようかな?」
「課題ぃ?」
「そう、宝の地図がまだ残っているだろう。そこに込められた意味についてだ」
「宝の地図……に込められた意味ですか?」
「あれってさ、何の為に残されたものだと思う? ありもしない宝をチラつかせて後世の人間に意地悪してやる為かな?
「それは……たぶん」
「それなら、何の為だと思う? これが最後の課題。暇な時にでも考えといてよ」
ふーむ? そんなの考えた事もなかった。
確かに、何らかの意図があってこそ地図を残したんだよな。
海賊自治区の人たちは。
書いたのはバルバード本人なのかなぁ?
だとしたら、いったい何の為に? 自分の国が滅びようかって時だろ?
首をひねりながらも、もらった宝石を天馬にセットする。
いよいよ、飛び立ちの時だ。
心から信じれば空だって飛べる。それが「まほー」の素晴らしい所さ。
オーシンペガサス号、発進だ!
後ろ二本足でサオ立ちし、大声でいななくと天馬は大地を蹴って飛び立った。
ギューンと首で風切る感覚がたまらない。
上空は凄い強風で生身なら息も出来ないんじゃないかと。たちまちに目もくらむ高さまで上昇し、ネモ教授の小屋が玩具みたいに小さくなる。
うっひょー! 怖ぇえええ!
しかし、空を何度も旋回している内にだんだんと慣れてきたな。
よし、島内の探索にうつろう。
地上を歩き回っていた時は、かくも広大で無限に続くかと思われた森。その森すらも上空から眺めるとブロッコリーみたいなサイズでしかない。あそこで生きるか死ぬかの苦労をしていたなんて嘘みたいだ。
リリイが熊退治をした沼も見える。
あの近くには動物をかたどった石像がいくつもあったっけ。
アレもまた海賊自治区の人たちが残した遺跡なのかな。
何となく西を目指すと枝ぶりの良い樫の木が見えてきた。
なんだ? あの木? ジパングには「岩割り桜」っていうのがあるそうだけど。
あの大木も真っ二つになった巨岩の隙間から生えているじゃないか。
生えるなら、わざわざあんな所を選ばなくても良いだろうに。
この島にもまだまだ俺たちの知らない観光名所が残っているモンだな。
自然の力強さと神秘は感じるけれど。今は見とれている場合じゃない。
その上空を通過し、島の西部海岸へと向かう。
昔、俺たちが漂着したキャンプ地の近くだ。
白い砂のビーチと、少し離れた所には海に突き出た岬があって……。
おや? 岬の先端で誰かが「黄昏て」いるぞ?
こんな昼間から何をやっているんだ?
背中を丸めて「いわゆるペタン座り」で水平線を凝視しているのは?
ああ、なんてこった。あの、ド派手でピンクの縮れ髪。
シシールじゃないか。
以前、海賊船で見かけた時とは大違い。
威風堂々とした雰囲気はすっかり失われている。
海賊船長のコートはだらしなく着崩れ、右肩が出ている。
キャプテンの象徴である三角帽子も脇に投げ捨てられているな。
服のあちこちが破けているし、泥にまみれているようだ。
人狼に変身して暴れまわったせいだろうか?
何だか放っておいたら海に身を投げてしまいそうな様子だったので。
天馬を着陸させて声をかけてみることにしよう。
シシールが振り返ると、ワンちゃんワッペンの眼帯がまず視界に飛び込んでくる。犬の眼帯か……。
今となっては、あまり可愛くて乙女ちっくには感じないなぁ。
「やぁ、シシール。元気してる?」
「……なんだ、お前は?」
「オーシン・ローズチャイルドだ。前にも船で会ったろう?」
「随分と様変わりしたようが? イメチェンか?」
「いやいや、これは木彫りの馬を俺のまほーで動かしているだけ。偵察用。それより元気がないようだけど、何かあったの」
「うるさいな、木彫りの馬なんぞには関係ない」
「当ててやろうか。ライガと喧嘩したんだろう?」
「ちっ、ライガめ、余計なお喋りを」
「人狼に変身して暴れたそうだな? よくないぜ」
「奴が悪いんだ。宝探しを諦めろだの、もう海賊団を解散してカタギと結婚しろだのウダウダと。解散、解散、その話は何度目だ! このシシールは女である前に船長だ。家族同然の子分どもを見捨てなどしない。死ぬまで!」
「それはそれは、ご立派なことで」
適当な相槌のつもりだったが、俺の一言が彼女の琴線に触れたらしく。
シシールはなんとワァワァ泣き出してしまったではないか。
ペタン座りで泣かれると女の子にしか見えないよ。
「わ、私は悪い船長なんだ。ダメなリーダーなんだぁ! うっうっ……」
「暴れたのを気にしているのなら、ライガは怒ってなかったぞ」
「それだけじゃない。ついに愛する子分が反乱を起こしやがった。さっき行方不明の仲間と森で再会したんだ。そしたらアイツ等、私に剣で切りかかりやがってぇ。うっうっ、反乱罪は縛り首だぞ! 畜生め。思わず逃げてしまった」
「あー、長い航海だと不満がたまって船員の反乱が起きやすいんだっけ?」
「か弱い女の私が反乱を起こされたらどうなると……だからそれだけは絶対許さないと言ってあるのに。アイツら!」
「か、か弱いの? あのね、反乱のことなんだけど。多分、それはアラミ……」
「うるさい! うるさい! 放っておいてくれ。どうせ私はリーダー失格だよ」
リーダー失格かぁ。
こたえるなぁ、その言い草。
俺も、この島にきてから何度思い悩んだことか。
なんとも身につまされる話だ。
これは共感をおぼえる、ちょっと同情してしまうな。同じ駄目リーダーとして。
それに至近距離だと嫌でも目が行く彼女のボディライン。
ボン、キュ、ボンですか。
この人、かなり発育が……ほんのちょっと年上なだけなのに。
やっぱリリイ達とは少し違うな。まじまじと見てしまう。
「あの、俺に何か手助けできることは」
「はぁはぁ、満たすべきは人間の三大欲求」
「へ?」
「知らんのか? 食欲、性欲、睡眠欲だ。いくら船のルールを厳しくしても、こればかりはどうにもならんのよ。人は生きているのだからな」
「ああ、つまりハラが減ってるのね?」
「木彫りでなければ馬刺しにありつけたものを。ええい口惜しい」
「わかったよ、すぐに何か持ってくるから。待ってな」
「すまぬ。そして、シシールは睡眠欲も満たしたいのだ」
「えぇ?」
「逆らうな~私は船長だぞ~むにゃむにゃ、ぐぅ」
あらら、だらしない恰好で寝ちゃったよ。胸元も相変わらず無防備に開いてるし、超絶ワガママだ。色んな意味で反乱を起こしたくなるだろうさ、そりゃ。
それに、獣人だからかぁ。
この人は、タダそこに居るだけで「周囲の野生を目覚めさせる」フェロモンを発しているような印象だ。航海の間、狭い船内でのトラブルは多い。食料問題もあるし、栄養不足は病気の発生にも繋がる。壊血病とか。極限状況は人間関係を容易く崩壊させてしまうもの。船長が女性なら尚更に。
考えてみれば、それは無人島も同じか。
ここまで仲良く やってこられた 俺たちが奇跡のようなものだ。
このシシールさんは、まるで飢えた狼の群れに放り込まれた骨つき肉だ。
ただし、その肉は最強の強さを持つ獣人でもあり、食われるのはこっちの方と。
大変そうだな……しみじみと。ストレスで暴れるわけだ。
それに、ライガと喧嘩中のシシールを放っておいたら いずれアラミザケに狙われかねないぞ。奴は強いコマを欲していたが、この島で最強は彼女に違いないだろう。
何故か、まほーも効かないんだよなぁ、この人。揺るぎない最強だ。
つまり、最強のワガママボディと戦うのが嫌なら、俺たちで彼女を何とかしないといけない。野良犬のように餌付けできるとも思えないが、子分以外の人間となら話せるコトもあるのではないかな?
天馬像に憑依させた意識を、俺は自分の肉体に戻す。
目を開けばそこはネモ教授の小屋。日当たりの良いテラスである。
気分は、まるっきり瞬間移動。
便利すぎて怖いくらいだ。空から探すのは想像以上に有効な策だ。
さてと。早速、アンリ達のテントをのぞいて食料をいくつか……。
「オーシン? 何やっているの?」
「あっ、アンリ。実はね……」
ややや!?
事情を説明すると、アンリの眉間に刻まれたシワが更にさらに深くなったぞ?
「なんで?」
「え?」
「なんでオーシンがシシールを助けないといけないの?」
「いやだって、捨て置けばアラミザケに狙われるかもしれないし」
「それなら、ライガに居場所を教えるだけで良いじゃん」
「ライガとは喧嘩して気まずいんだって。船に帰りたくないんだよ、彼女」
「本当に、本当? 彼女が魅力的だから助けたいんじゃないの?」
うぐっ、これが女の勘という奴か!?
まるで見てきたように語るじゃないの。
千里眼のアンリは尚も攻め手を休めない。
「オーシンが色香に『たぶらかされている』とは言わないよ。でも、本当は彼女に惹かれる点もあるのでしょう? 浪漫と冒険の世界で生きている強い女の人だもの。男子ってそういうのが好きなんでしょう?」
「ああ、ソッチか……」
確かに。リーダー同士で共感できるけど、それだけではないと思う。うらやましいとも感じている。善悪に囚われないライガやシシールの自由奔放さに。
でも、でもなぁ!
「彼女は、自分が女である以前に船長だと言っていた」
「なら暴れちゃ駄目でしょ」
「そうだけど!」
うう、周囲の理解がまったく得られない。リーダーって奴はこれだから。
「俺もさ、オーシンである以前に皆のリーダーだから。皆の安全を守る義務があるし、仲間の利益になるなら何でもしないと」
「信じてあげたい気持ちもあるんだけど……それにね、アタシ達のゴハンだって潤沢ではないの。キャルちゃんの育児に人手を割かれて食料備蓄はカツカツ。本当はオーシンにも狩りを頑張って欲しいくらいで」
確かに保存食が減ってきたようだ。コッチを立てたら彼方が立たず……か。
「わかった。シシールを助けたら罠場を見に行こう。彼女が食べる分も俺が何とかするから。そう心配しないで。ねっ?」
アンリはうつむいて考え中だ。無言タイムがしばし続いた後、アンリは「深い深いため息」をついてから(どうして? 判ってくれないのだろう?)口を開く。
「そう。どうしても助けたいのね。そうだよね、優しさを捨てたらオーシンじゃないもの。その優しさをアタシにだけ向けて欲しいとは言えないよ」
「この島を出るまではリーダーだけど。脱出したらその限りじゃないさ」
「なら約束してよ」
「うん?」
「海賊と共闘するのは賛成。だけど! ライガやシシールに誘われても絶対に一線を越えないと約束できる?」
「あ、当たり前だろ? そんな心配しないでくれよ」
「なら、指切り!」
必要ないと思うけど。アンリがそうしたいのなら。
彼女を安心させる為に、俺は差し出されたアンリの小指に指をからめる。
少し手荒れでザラザラしている感じ、苦労人の手だ。
仲間の為に何度も何度もケモノや魚をさばいてきた手だ。
ゴメン。ほんの少しでもイライラしちゃって、ゴメンな。
「指切りげんまん♪ 嘘ついたらハリセンボンのーます!」
そう歌った彼女の目は、まったく笑っていなかった。
いや、怖いよ!
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