第11話 誠意
他の生き物にとりつき、その肉体を支配する。
在り得ない絵空事に思えて、こういった事例は自然界に幾つも実在するんだ。
ある種の寄生バチに刺されて卵を植え付けられたテントウムシは、なんと蜂の幼虫がハラから抜け出し「マユとなった後でも」その周囲を徘徊し、すすんで護衛役を務めるという。
ハリガネムシに寄生されたカマキリの場合、可哀想な昆虫は自ら入水して その儚い生涯を終える。カマキリは魚に食われ、寄生虫はより大きな宿主をゲットできるという寸法だ。
似たような話だとアリを狙う寄生キノコは、わざわざ発芽に有利な場所まで宿主を移動させてから頭部を突き破って成長するものだとか。
まほーでないとすれば、何がどうなっているのだろう?
脳内に興奮物質やウイルスを注入することで、宿主の行動を操れるのか?
その仕組みは謎に満ちている。
恐らくはリリイの顔に張り付いた緑色のコケが、犠牲者を操る司令塔の役針を果たしているのだろう。恐るべき『緑の創造主』の面目躍如って所か?
けれどよぉ、もっと有意義な能力の使い方があるだろう、絶対!
「ぐガガガ、ギギギ」
いつもの明るくハッチャけた様子は最早ミジンも残っていない。
ぎこちなく歩を進めるリリイ。
あわわ、そんな彼女の両手にサンダースピアが生成されたではないか。
それが誰を狙ったものであるかは言うまでもない。
「ま、待てよ、いくら何でもリリイと戦うなんて」
『遠慮するな人の子よ。お前たちはいつだって人間同士で殺し合ってきたのだから』
「うっせーわ!」
アラミザケの嘲笑を振り切って俺は思考を巡らせる。
サンダースピアは強力な術だが弱点もないわけではない。
電流を「槍の形」として留めるのに、強い集中力が求められると聞く。やはり電気なだけあって、破壊力は抜群でもビリビリがすぐ散ってしまうんだってさ。空気中にも放電してしまうため、スピアを飛ばすだけでもみるみるエネルギーの残量(それを電荷というらしい)が失われていく。だから あまり長距離は飛ばせないし、霧や雨といった天候の影響もガッツリ受ける。
これは、他ならぬリリイ本人の口から聞いた秘密だ。
―― 貴方ねぇ、私の弱点なんだからペラペラ他人にしゃべらないでよね。言っておきますけど、この話をした相手は、この世にまだアナタ一人しか居ないんだから。もし他に漏れていたら誰がバラしたのかはすぐ判るんですからね!
心から信頼して弱点まで教えてくれたのか。
俺がリーダーだから、しっかりと作戦を立てやすいように。
その信頼に応えられず、ミスばかりでゴメン。
でも、でも! 今からだってまだ!
挽回してやる!
リリイの手からスピアが放たれ、火花を散らしながらこっちに飛んでくる。
その瞬間を見計らって、俺は足元の砂を全力で蹴り上げた。
別に目つぶしを狙ったわけではない。
雨や霧ですら影響を受ける繊細なサンダースピアだ。
空中にノイズが多ければ多いほど威力も精度も大きく損なわれるはず。
真っ白な砂にまかれ、スピアは電気を散らして小さくなっていく。
ドンピシャ! 狙い通りだ!
俺はサンダースピアを恐れず、リリイ目掛けて突っ込んでいった。
両腕を交差させて、弱体化したスピアを受け止める。
気を失うかと思うほどのショックに襲われたが、歯ぁ! 食いしばれ!
痛いのなんか、ガマンガマン!
そのまま突っ切って、バラのツルをリリイの脚に巻き付ける。
ツルの精密操作なんてあまり得意じゃないけど。伸びろ、絡まれ!
リリイの横を駆け抜けざまに俺はツルを勢いよく引っ張る。
どうにかリリイの足をもつれさせ、そのまま転倒させることに成功。
しかし、こうなると
こちらをリリイごと押し潰さんばかりに向かってくる。
抑え込んだリリイも下でジタバタ暴れまくるし。
うへぇ! 手一杯だ! もう、どうにもならない!
観念して目を閉じた、その時だ。
スイカほどの大きさがある球体が、海の方から飛んできたではないか。
水で作られた球体は放物線を描きながら飛び、ラーテルの顔面に命中する。
アンリか?
しかし、単なる水の球じゃ目くらましにもならな……いや、効いてる!?
意外にもラーテルの顔から緑のドロドロが剥がれ落ち、奴は正気に戻った様子。
な、なんで?
「塩だよ、オーシン。植物の弱点は塩水! それでドロドロを顔からはがせる」
アンリの声が天啓のごとく響き渡った。
そうか、なるほど!
海の近くだと塩害で作物が育たなかったりするモンな。
青菜に塩。直にぶっかければイチコロか。
波打ち際で戦っている時、アンリはそれに気付いたってワケか。
思い返せば、海水の鉄槌を打ち込まれたラーテルが野生に戻っていたし。
これはイケるぞ!
次いで第二の海水弾が俺とリリイに命中する。
ぺっぺっ、しょっぱいけど奴らはもっと辛いはずさ。
リリイの後頭部に巻き付いた触手がシナシナと剥がれ落ちていく。
どうだ? リリイ?
「あらら、オーシン? えーと? なんで私を縛ってるの? 特殊性癖?」
「い――や。これは間違いなく本人だな。今ほどくよ」
……どうにか信頼に応えられたようでうれしいよ。
アンリさまさまだ。キャンプ地が海の近くだったおかげで一発大逆転。
これだから戦場は何が起こるか判らないんだ。
肌が傷ついたと怒るリリイをなだめていると、ゲンジとハカセも駆けつける。
そっちもラーテルに追われていたはずだけど、大丈夫だったのか?
「なーに子細ない。ラーテルの奴は良いヒントをくれたよ。たとえ匂いでも武器になりえるとは。このゲンジ、イタチの屁に教えられるなんて一生の不覚だった」
「ギリギリでラーテルの好物がハチミツだって事を思い出したんですよね~。自伝召喚で該当項目を確かめました」
「ハチミツの匂いを幻術で作り出したら、本能に抗えなくなったようだな。ありもしない好物を求めて、奴さん今も木の根元を嗅ぎまわっているよ」
そうか! 無事でよかった!
うん? でも何か忘れているような……?
俺がアラミザケの存在を思い出した時、奴はとうに逃げおおせた後だった。
『イタチの屁では勝てんか。だが、まだ勝負はついておらぬぞ。次はもっと強いコマを用意してみせる。自然の力を甘く見るなよ!』
だーかーらー、大自然はサンシタめいた捨て台詞を残したりしないんだって。
判らない奴だな!
聞こえるか不明だが、林の奥めがけて叫ばすにいられなかった。
「いい加減にしろ! まほー学園の生徒にすら勝てない奴が、ロマナ帝国に勝てるものか! 仲間もろとも無駄死にするだけだ! 悟れ! 世の中は、お前が脳内でこねくり回しているほど酷くも小さくもないんだ」
しかし、次いでアラミザケが発したメッセージは、俺たちを心底ゾッとさせるだけの破壊力を秘めていた。
『キャルロットもいずれ貴様らの敵となる。いずれは……な』
「なんだって!?」
「どういう意味だ?」
「アイツ、まさか……キャルにも何かするつもりでしょうか?」
ハカセの問いかけに皆が答えられずにいると、彼は脇目もふらずに走り出した。
ちょ、待てい! 君は俺が暴走した時にいさめる役じゃないのかよ!?
まぁ、普段お世話になっているんだから俺だって逆の役目ぐらい務めるけどさ。
それにキャルの安否も気がかりだ。
俺たちは全員で教授の小屋を目指すことにする。
やれやれ、今夜も随分と忙しくなりそうだ。
このままじゃ俺たち、フクロウみたく夜行性になっちまうよ。
温かいベッドでグッスリ眠れるのは、果たして いつの日か。
「あらら、ハカセさん。こんな夜中に血相変えて何用っスか? 空を見上げてご覧なさい。綺麗な満月ではあーりませんか。良かったらいっぷく……」
「すいません、急ぐんで」
未成年に喫煙をすすめるトンデモカボチャの召使いをスルーして。
俺たちは裏庭の畑に殺到する。
するとそこには、畑の真ん中に座り込んでさめざめと泣くキャルの姿があった。
ハカセが駆け寄って、目の高さを合わせるべく盛り土に片膝をつく。
ズボンが汚れるのなんてお構いなしだ。
「キャルロット!」
「ああ、パパ。来てくれたのですね」
キャルが顔を上げると、澄んだ瞳には満月が映り込んでいた。
「どうしました? なぜ、そんなに泣いているんです? 寂しい想いを させてしまいましたか?」
「いいえ、違います。そうではなくて……」
「うんうん」
「意地悪なモグラさんが言うんです。お前はパパに
「えぇ!?」
「パパはキャルを利用して『金のなる木』を作らせたいだけだ。用が済んだら、切り倒してマキにしてしまうんだって。そんな酷い事を言うんです。お前を長く生かしておいても厄介な未来を招くだけだから。不幸の芽はどうせ……どうせ すぐ
「馬鹿な! そんなこと! まったくのデタラメです! アラミザケめ」
おお! 珍しい!
ハカセが立ち上がって声を荒らげたぞ。
でも、ちょっと興奮しすぎ。いったん落ち着こうか。どうどう!
怒りは墓穴を掘るぞ?
それに関しては俺の方が経験豊富だから間違いないって。
ハカセの肩に手を置き いさめると、彼は咳払いしてクールダウンを済ませる。
それから一生懸命キャルに言い聞かせ始めた。
「キャル、よく聞いて。世の中にはちょっと思い込みの激しい奴が居て……」
ハカセの真摯な態度は、娘に対する父親のそれだ。
彼の生真面目さを見ていると、自分の中に何か新しい感情が芽生えてくるような……そんな気分だ。どうしてだろう? 我ながら……まったく不思議なんだけど。鍵をかけ、長年封印していた記憶が突然こじ開けられたような……。
遠い昔、自分がまだ暴力沙汰ばかりの悪ガキだった頃。(今もか?)
同じように父親から
父さんは何と言っていたっけ?
―― また喧嘩か、オーシン? 悪いのは相手? ふーん、そうかもしれんな。
―― しかし、喧嘩両成敗という言葉があってなぁ。残念だけど手を出した時点でお前も悪いのだよ。納得がいかないか? でも、考えてみろよ。
―― お前は戦いを避ける為にベストを尽くしたか? お前らの喧嘩で、関係ないお宅の花瓶が割れてしまったんだぞ? よく覚えておけ、戦いは被害を伴うものだ、例外なく。避けられる時は何としても避けろ。
―― 理屈で相手を言い負かすことは出来なかったのか? もっと心を揺さぶる言葉はみつからなかったのか? 何なら、とりあえずその場は逃げちまうのも手だな。嫌なことがあっても腐らず、真面目にコツコツとやってさえいれば相手の見る目が変わるかもしれんぞ。人間関係って奴は、面白いことに不変とは限らない。それは二色の絵の具を混ぜ合わせるようなもの。お前の気の持ちかた一つで、いかようにも変化する。だから諦めるな、そして、投げ出すな。たとえ相手の心が変わらずに同じ色であったとしても。お前の色が違えば? どうなる? 確かめてみるべきだろ。
―― よし、判ったな? それじゃあ、花瓶を割ってスイマセンと謝りに行くんだ。ハカセのお母さんもきっと判ってくれるだろうさ。オーシン・ローズチャイルド、お前の態度と誠意次第ではな!
あっはい。記憶を封印していたのはハカセの家に迷惑をかけたからか。
けれど「良薬は口に苦し」と良く言ったもので。
アンリは毒で死にかけた。
リリイは体を乗っ取られかけた。
もう充分じゃないのか?
リーダーなら、もっと賢くなるべきだ。いい加減にな。
嫌な事があっても腐らず……相手の見る目を変える……か。
「なぁ俺、思うんだけど。皆で力を合わせてキャルを育ててみないか?」
突然の発言に全員が困惑している。
キャルを説得していたハカセまで動きを止めた。
そりゃそうだ。俺たちは無人島生活中の遭難者。
出会って半日の見知らぬ相手を気遣っている場合じゃない。
けれど、悔しいんだ。悔しくて、悔しくて、たまらないんだ。
どうせ手に負えないから、種を燃やして逃げちまおうって?
フヌケか! リスクなんざ、ある方が燃えるんじゃなかったのか?
唇をなめて湿らせ、俺はさらに続ける。
「アラミザケや海賊たちに見せてやりたい。俺たちが一致団結した時、いったい何が出来るのか。これは、その記念すべき第一歩だ」
「オーシン殿」
「本気で言ってる? つまり、本気の本気で、覚悟はあるのかって意味だけど?」
「モチロンだ。俺たちはしょうもない連中とは違う。口で言っても通じやしないだろう。ならば、態度でそれを示す。俺たちは、本日よりキャルと共存する。『緑の創造主』と人の歴史は今日から変わる。俺たちで変えるんだ」
しばらくの間、沈黙が流れる。
キャルだけが、無邪気に「どうしたの?」といった顔で俺たちをうかがっている。
「吾輩は賛成だ。ナメられっ放しは性に合わんのでね。たとえ神だろうと」
「やれやれ、帰るのがちょ――っと遅くなりそうね。まぁ、今更か」
「オーシンが、そうしたいのなら……アタシも喜んで育児を」
アンリ? なんで頬を赤らめて目線を逸らしているの!?
そしてハカセも。
「有難う、オーシン。貴方がリーダーで本当によかった」
「よせって、よせって。まだまだ本当に第一歩、これからなんだぜ?」
そう、すべきことは山積み、沢山ある。
まず最初にすべきことは「お引っ越し」だろうか。
ネモ教授の許可をもらって小屋の近くにキャンプ地を移すのだ。
俺たち全員でキャルと一緒に暮らすため。
アラミザケと戦う分には海岸に留まった方が有利なのだけれど。
「海水の方を小屋の近くまで運んでくれば良いじゃないの。キャルちゃんは歩けないんだからコチラが合わせてあげないと。というか、これからは水筒に塩水を入れて持ち歩いた方がいいね。いざという時に備えて」
アンリのおっしゃる通りで。
俺たちは小屋の庭にテントを張り直すことにする。
その作業中、ゲンジと二人きりになる機会があったので、俺はそっと胸の内を打ち明けてみる。いや、別に愛の告白ってわけじゃなくて。これから始める育児の感想を少し……誰かと話してみたかったんだ。できれば、男同士で……内密な奴を。
「国に帰れば中等部の俺達が、もうパパなんてさ。ちょっと、
「了解。しかし、吾輩に言わせてもらえば、そこまで突飛な話でもないと思うぞ」
「そうなの?」
「戦国時代には我々と同世代の男子が一人前と認められ、早々に結婚していたそうだ。それを
「う、うーん。俺たちがもう結婚? 想像もつかん」
「吾輩たちも、ずっと子どもではない。それだけは頭の片隅にでも留めておくべきであろうな。君のように冒険と恋する男性なら尚更に。誰とは言わんが、君が明後日の方だけを見続けていたらレディが気の毒だ」
「中等部なのに?」
「時の流れは早いぞ、オーシン殿。何かを成すのに一生は短すぎる。一流の奇術師を目指したオヤジの口癖だ」
「そんな物ですかねぇ」
同年齢のゲンジがそんな風に思っていたとは、意外だった。
何かを成す……か。父さんのような騎士団長になりたければ、学校を卒業したらすぐに騎士見習いとして修業を始めなければならない。先輩方の使いっ走りを務めながら、帝国内の治安を守る為にあちこち奔走する運命が待っている。それとも浪漫を求めて冒険者になるのなら、武者修行をかねて旅に出るとか?
どちらにせよ、いずれは皆と離れ離れになるのだろう。そういえば、将来についてアンリと話した事はなかったな。まだまだずっと先、そう思っていたから。
アンリは卒業後、どうするつもりなんだろう?
誘ったら一緒に来てくれるだろうか?
俺が帰るまで「待っていてくれ」と頼むのは……甘い?
旅先で死んだらそれっきりだよなぁ。
ついさっきイタチの屁で全滅しかけた身としては、自信も挫かれ辛いばかりだ。
うん? ゲンジがまだ何かを言いたそうにしているぞ。
「そうだ。これも話しておこう。アラミザケとは我らジパングの神だ。荒事を見て呑む酒という意味か? ケレン味がすぎる。海賊自治区の君主、バルバードとやらはもしかすると結構なジパング
「へぇ、当時から東方と交流があったのかね」
「すると宝の地図にあったあの暗号も……いや、まさかな。忘れてくれ」
「へ??」
あれこれ悩んでいる間にテントの張り替えも終わり、引っ越しは無事に完了。
ご近所さんとなった俺たちは、教授やカボチャたちを招いて宴を開くことにした。
といっても、俺たちが出せるのなんて干し肉や、果物ぐらいだけど。
いやもう一つあったな。アンリが仕込んであるデザートが。
「おおっ! これは、もしやゼリーか? まさかこんな物が食べられるとは!」
「これは是非、作り方を教えて欲しいっスね」
教授たちもアンリの工夫に驚きを隠せない様子だ。
パーティー会場はキャルの居る畑。
そこに椅子や敷物を持ち込み、ランプとカガリ火で夜闇を照らしている。
教授に借りた皿の上でプルプル震えているのは美味しそうなリンゴのゼリー。
大人にほめられて、アンリもちょっと照れ臭そうだ。
「えへへ、そんなに大した物じゃないですよ。正確にはゼリーじゃなくてカンテンですから。寒天ゼリーです。天日干しにしたテングサっていう海草を煮詰めて、トロトロにしてから一度こし(海草をとりのぞき液体だけにする)そこにリンゴを入れ、砂糖がないので蜜を加えてみました。後はそれを冷ますだけ」
へえ~、寒天は冷ますだけでもゼリー状に固まるんだ。常温でもOK?
何でもこの寒天って奴は、色々とフォームチェンジができる実力者らしい。
このまま食べると寒天だけど。専用の器具を使ってゼリーを押し出し、メン状にした場合はトコロテンとなる。更には一度凍らせた物を乾燥させて水分を完全に抜き取ると繊維の固まりだけが残り、長期保存にも適した状態になるんだとかナントカ?(棒寒天)
材料は同じ物なのに。いちいち名前が変わるなんて、ややこしいな?
でも、そうなった経緯や理由を想像すると歴史や伝統の重みを感じる。
そもそも、誰が発見したんだ? こんなやり方。
ちょっと面白そうだな、料理も。(作者より:本当は寒い所で作るから、寒天なのです。詳しくは後程)
そんなウンチクはさておき、寒天ゼリーを頂いてみるとしよう。
これまた教授に借りたスプーンでゼリーをすくい、パクリ。
みずみずしく どこか海の香りがするゼリーと、ゼラチンに包まれたリンゴのサクサクした食感コラボレーションがたまらない。ふろふき大根が大地の栄養を凝縮した料理なら、このゼリーは海の恵みと滋養を固めた物なのだろう。
甘ったるいだけのデザートよりずっと有難く感じるのは、ここが無人島だから?
幸いにもアンリのデザートは、おおむね好評だったみたい。
ただ一名、皿にのったゼリーを食べもせず凝視しているキャル以外には。
「あの、パパ? コレ……キャルはどうやって頂けば……?」
「ああ、そうか。植物は根っこから栄養を摂取するんでした。なんなら穴を掘って足下に埋めましょうか?」
「そんな!? こんなにも綺麗な食べ物を土に埋めてしまうなんて」
口があるのに、食べられないのかい?
ネモ教授の説明によると『緑の創造主』にとって「
「まぁ でも、口から食べても健康に害はないよ。彼らと食卓を共にしたがる人間は昔から……その、昔から居た……という話だから」
「あの、キャルちゃん? アタシは気にしないからね。気を使わないで、本人が楽しめるやり方が一番なんだから」
「いいえ、とんでもない! せっかくアンリさんに作って頂いたのに。食べます!」
キャルは目をつぶってスプーンを口に運ぶ。
そしてすぐに目を輝かせた。
「……美味しい! これが人間の料理。初めて頂きました」
「良かった。まずアタシがキャルちゃんに教えられることはコレかな? 人間の文化でアタシが特に信じるもの。野生の生肉に留まらなかったこそ、味わえる幸せがあるのよ。笑顔の食卓。それが、人の守るべき幸福だと思うの、きっとそう!」
だよな、アンリの言う通りかも。
無人島暮らしを経た今だからこそ実感できる。
大昔、狩りをして獲物をとる所から人の営みは始まったのだろう。
そこからやがて農耕牧畜が始まり、安定した食料を確保できるようになって。
人は空いた時間を有意義に使い文明を発達させてきた。
まったく、素晴らしい進化だね。
エルフの教授も、料理の素晴らしさに異存はないようだ。
「ここまでくると何やら尊さすら感じる、これは『とても美味しい授業』だね。君、将来は料理人を目指すのかい?」
「いいえ、そこまでは。祖母が田舎で酒場をやっているんですけれど。高齢で店を続けるのが大変らしくて。出来ればそこを継ぎたいんですよ。その、誰かと一緒に」
アンリが横眼でこちらを一瞥する。
え? それは初耳なんですけど?
煮え切らない俺の態度を見て、リリイが歯ぎしり&舌打ちをしたけど。
いや、ちょっと待ってよ。
コッチにだって予定というものが……あるような、ないような。
い、田舎で酒場を経営。待っているのは浪漫や冒険とは無縁の日々だろう。
口ごもった俺のせいで、場の空気が少し気まずくなったのは言うまでもない。
正直、テントの張り直しやアラミザケとの戦闘で疲れていたのもあって、その晩はそれでお開きとなった。見張りはカボチャの召使いが引き受けてくれるというので、俺たちは全員で久方ぶりにグッスリ眠ることができた。
そして翌朝。
あまりにも予想外な訪問客で俺たちの眠りは妨げられた。
なんと朝っぱら訪ねてきたのは、腕にギプスをはめたライガだった。
どうしたんだ、海賊副船長? その腕は骨折か?
「いや、実は先日からシシールお嬢様が行方不明トカ。もしや、お前らの縄張りにお邪魔していないか、ちょいと確かめに来たのだが……なんだ? この小屋は? 南瓜頭の後をつけてみれば……ここは随分と面白そうな所リザ? こんな所でお前ら、何をしているトカァ?」
うぐっ、バレたか。何やら大変な事態に。怪物海賊団でイチバン話のわかりそうな奴が来たのは、むしろラッキーというべきか?
しかし、シシールが行方不明ってどういう事よ?
俺たちの無人島生活にまだまだ平穏の日々は訪れそうもない。
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