第16話 大人たちの思惑

 秘密国際会議というモノが存在している。

 世界レベルの大規模災害や、パンデミック、戦争、その他世界全体を巻き込む異常事態の際に開かれる、臨時かつ秘匿的な会議だ。

 何故秘匿的かと言われれば、各国の諜報機関の情報を持ち寄って会議を行うためだ。


 民間人には到底開示できない特殊技術による情報が提示されるため、マスメディアからの追及は必至。なので最初から一切公表しないようになっているのだ。

 会議はホログラムを通しておこなわれる。

 中央の空いた円卓に、二十人の首脳が席についていた。

 実際には各国のホログラム投射室に座っているのだが、精巧なホログラムは色合い以外ではそうだと感じさせない(ちなみにこのホログラムも、真鈴が開発した者である)。


「今回の議題は何ですかな? ご説明頂きたいものですなぁ」


 とある国の首脳が口火を切る。議題に関しては既に全ての首脳に通達されている。

 それでもそう言うのは、議題があまりに馬鹿げておりこれが本当なのか再び説明を求めたかったからだ。

 中国の首脳が答えた。


「今回の議題は、皆さんもご存知の二人の特異的な天才に関することです」

「あの二人? というと『時間の魔術師』と『空間の奇術師』の事ですかな?」

「ええ。その二人のことで間違いありません。皆さんはもちろんご存知でしょうが、二人は同じ高校に通っております」


 真鈴と真夜星はその特異的な頭脳から、世界各国の諜報機関の注目の的になっている。

 これは一種の国防だ。もし二人が頭脳を悪用、とまではいわずとも軍事的に利用しようとすればソレだけで戦争というモノの概念が一変する。

 冗談抜きで一国が世界征服しかねないと、各国の首脳は思っている。

 日本の首脳が答えた。


「それが何だというのですか? 彼らは十六歳だ。高校に通うことが各国の首脳の知るところになるような重大な出来事とは言えませんが」

「それはアナタの主観ですよ。世界各国は彼らの同行に細心の注意を払っている。あの二人が共謀してしまえば、世界を意のままに操ることが可能であると答える専門家もいらっしゃるぐらいですから」

「彼らは子供だ。間違った道を進もうとしているのならば、大人が正してやればいい」

「ほう。国益にかなう方向に正してやればいいと」

「それは穿ったモノの見方だ。私は純粋にあの二人の子供が立派な大人になること望んでいるに過ぎない」

「見上げた心がけですね。しかし重要なのはあなたの心情ではないのです」


 中国の首脳は、ホログラムの手を振った。

 ソレと同時に中空のホログラムに資料がいくつか提示される。そこには写真がいくつか含まれていた。

 

 ともにラーメン屋に入る二人。カフェに入る二人。部屋に入っていく二人。

 写真越しであっても仲睦まじい様子がそこに現れている。


「この二人は非常に親しい間柄のようです。まだ恋人関係にはなっていないようですが、それも時間の問題でしょう」

「さっきから貴方は何が言いたいのですか。子供を盗撮するような真似をして。それが一国の長がやることですか」


 いきり立つ日本の首脳に、中国の首脳は涼しい顔で資料の提示を続けていく。

 そしてついに二人の旅行のシーンに移った。

 そして写真の中には同じ客室の中に入っていく二人の写真もあった。


「ご覧ください。この二人は確実に同衾しているのです」

「高校生なのだ! そう言うこともあるでしょう! ソレが一体何だというのだ! さっきから子供たちのプライバシーを侵害しているのではないのかね!」


 先刻よりも強い怒りを表明する日本の首脳。しかしそれに同調する者はいなかった。

 中国の首脳は笑みを浮かべる。自らの危機感が正しく共有されていることに対して。


「皆さんは、すでにお分かりでしょう。この二人は恋仲になりつつある。もしかしたら結婚するかもしれません。その結果何が起きると思いますか?」

「子供ができるだろうね。の子供が」

「その通りです! 日本人である二人は、日本に住まい、日本国籍の子供を産み、日本でその生涯を終えるでしょう」

「彼らは日本国民なのだ。その事に何の問題がある!」


 怒りのあまり机を叩く日本の首脳。それに中国の首脳は余裕をもって笑みを浮かべた。


「では彼らの生涯に置いて生み出すであろう発明品の恩恵を真っ先に受けるのは、何処の国ですか?」

「そ、それは……」

「先ほどから随分とあの二人の肩を持ちますが、アナタはこう考えているのでは? このまま彼らが自国に根を下ろしてくれれば、自然に彼らの頭脳とソレがもたらす莫大な利益を独占できるのではないかと」

「協定においてそのようなことは禁止されているはずだ! 我々がソレを破ると言っているのかね! 許しがたい侮辱だぞ!」


 立ち上がる日本の首脳。

 しかし周囲の反応は冷ややかだった。


「しかしですねぇ。たとえ協定があったとしても、彼ら二人がソレを守るとは限らないんですよ。まして人の親となった二人は、自らの子供のためにどこまでも利己的になり得る可能性がある。人は変わるものですからね」


 イギリスの首脳が続く。


「ワープ装置においても、最も速く実験配備されたのは日本とその同盟国であるアメリカだった。それはそのままワープ装置の恩恵を真っ先に受けたということになる。そのような状況が続けば国力には大きな偏りが生じかねない。その偏りは次なる大戦を生み出すかもしれませんな」


 中東諸国の首脳たちも続いた。


「もし彼らが共同で研究を行えば、今までよりも画期的な発明が生まれるかもしれませんな。例えば石油なんていうものが、過去のエネルギー源になってしまうような代物が」

「それは困りますな。実際にワープ装置の誕生によって流通関係に大幅な失業者が出ておりますし。ないとは言い切れませんよなぁ」

「彼らは人類に恩恵を与える以上に、失業者を生み出しているのでしょうな」


 ロシアの首脳が決定的な一言を言った。


「IQというのは遺伝もするでしょう。彼ら二人の子供となればどのような子供か分かったモノではありません。あるいは生み出してしまうかもしれませんよ。核をも超える大量破壊兵器を」

「そしてソレを日本に独占されてしまっては自らの立つ瀬がないと。流石はナンバーワンの核保有国ですね」

「米国に供与されてしまうことが問題なのですよ。これ以上傲慢になられては、国際秩序が破綻しかねない」

「馬鹿げたことを。我々は世界の警察ですよ。そのようなことはあり得ない」

「同じことを中東の方たちの前でも言えますかな」


 うまく会議が混沌としてきたところで、中国の首脳が告げる。


「何はともあれ、彼らの特異的頭脳は一国が独占すべきではないのです。それをしてしまえば、世界は平和から遠のく一方だ。だからこそ私は提案させていただきます。彼ら二人を引き離してしまうべきだと」


 決定的な一言が放たれた。

 大人たちの思惑ばかりが優先された、身勝手な一言だ。

 彼らは国際秩序という盾を使いながら、自国の利益を優先している。まして日本という国がこれ以上彼らの頭脳の恩衛を受けることなど、許容できないのだろう。


「彼ら二人の人権はどうなるのですか!? 我々の身勝手な都合で、子供たちの人生を捻じ曲げるのですか!?」

「彼らの特異的な頭脳であれば、いくらでも生きていけるでしょう。何せIQが300もあるのですから」

「その通りだ。それだけ素晴らしい頭脳を持っているんだ。精々人類の役に立ってもらおうじゃないか」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべる中国の首脳に、日本の首脳は歯噛みする。

 今、ここに世界の命運が決定した。

 そのことを知る者はいない。

 未来を見れる者でなければ、この先がどうなるかはわからないだろう。

 一つだけ確実に言えることは。

 一人の少年と一人の少女は、世界によって引き裂かれるということだ。

 

 

――――


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