第28話 反重力エンジン及び恒星間航行
西暦2500年。
場所は1番宇宙コロニー。
今人類は新たなる歴史の転換点を迎えようとしていた。
そのセレモニーが行われることになったのだ。
司会者がコロニー内の巨大スタジアム――千万人を収容できる――の中央で声を張り上げる。
「皆さん、この記念すべきを皆さんと分かち合うことに心より感謝を申し上げます!!」
歴史の転換点。
ソレを引き起こしたのは真夜星の反重力エンジンだった。
従来のいかなるエンジンも燃料という限界に縛られていた。そのため航続距離に限界があったのだ。
しかし真夜星の作り上げた反重力エンジンは違う。
その物質にかかる重力を捻じ曲げることによって、推進力を生み出すのだ。結果としてエンジンを起動するだけの電力を確保できればいくらでも推進できるようになったのだ。
これに真鈴が後世に残しておいた艦載式ワープ装置によって、遂に人類は恒星間航行に成功したのだ。
これは即ち、フロンティアへの進出が許されたということであり、人類が一つの恒星系に縛られることのなくなったということである。
人類はネクストステージへと進出した。
ソレを祝うための時間がこの人類統一特別セレモニーである。
「感慨深いな」
人類はもはや国家などという小さな枠組みに囚われない。
地球人類は単一の共同体に統合され、運営されている。
当然その地球統一政府を運営するのは真夜星の財団だ。
「これでようやく俺はタイムマシン作成の明確な第一歩を踏み出したというわけだ」
彼の顔に幾十年ぶりの本心からの笑みが浮かぶ。
反重力エンジンは、タイムマシン作成に必要な重力制御装置の作成に欠かせない。
まだブラックホールほどの重力を捻じ曲げるほどの出力はない。しかし0と1では天と地ほどの差がある。
100という完成にたどり着くのはそう遠くない未来になるだろう。
「さて。ひとしきり喜んだところで、仕事に取り掛かるとするか」
真夜星は白衣を脱ぎ捨て、自らの服装を露わにする。
ソレはまるでSF小説にしか出てこないような鎧めいたライダースーツだった。
これはパワードスーツだ。
真夜星が自分のポケットマネーで開発した特注品。
これを身に付けていれば、小高い丘程度なら拳で粉砕できるし、海も割れる。空を跳ぶこともできる。
「いつの時代もテロリストというのは、武力で訴えるしか能のないカスは、蛆の世に湧いて出るモノだな」
少なくない怒りと共に、真夜星は歩き出した。
より自らの権勢を盤石な物とするために。
あるいは平和を謳歌する人々を守るために。
□
「傲慢なる人類め……。母なる地球に留まるべきだというのに……」
彼らはテロリストだった。
主張はひどくシンプル。宇宙進出は止めて地球に留まろうというモノだった。
現実的でない主張だ。
既に人類の総人口は一千億を超えており、到底地球一つでは賄えない人口になりつつある。
それでも彼らが地球に留まることを目的とし、それを大義名分に掲げる理由は一つ。
真夜星への敵愾心からだ。
彼らは理由は様々だが、世界の支配者である真夜星へ怒りを抱いている。
といっても真夜星が何か悪事を働いた結果、そこまで恨まれているというわけではない。
様々な理由といっても『財団』に就職できなかったからという理由や、真夜星の作った発明品を誤った使い方をして家族を失ったという理由など、完全な逆恨みである。
しかし人間というモノは多様性に溢れていて、その多様性には愚かであることも含まれている。
故に彼らはその愚かさを存分に発揮して、このセレモニーを襲撃。真夜星の権威を失墜させようとしていた。
「A班、所定の位置に着きました」
「B班同じく」「C班も同様です」
「よろしい。各員、これは聖戦である。人類をあの忌まわしき男から解放するための聖戦だ。そして母なる大地に人類が帰還するための必要な手順でもある」
リーダー格の男は通信装置に声を掛ける。
「蒙昧なる人類の目を覚まさせるためならばいくらかの犠牲はやむを得ないだろう。諸君心を修羅とせよ。そして人類を目覚めさせるのだ。新たなる時代のために!」
「「「新たなる時代のために!!」」」
無駄な連帯感を発揮して、彼らは凶行に及ぶ。
もっと正確に言えば、及ぼうとした。
しかし。
「こ、こちらA班! 既に待ち伏せがっ――」
音声が途切れる。
「こちら、B班……、全滅……、あとは、たの、む」
音声が途切れる。
「ひぃいぃぃいぃ!? 助けてく――」
音声が途切れる。
「馬鹿な、対応が早すぎる!」
「そりゃそうだ。お前たちのスポンサーは俺なんだからな」
「なっ!」
リーダー格の男の背後には、一人の青年が立っていた。
真夜星だった。
「き、貴様、なぜ!?」
「ほら、ゴミ掃除をするときって、埃を一か所に集めてから塵取りでとるだろう? って、この時代の人間には通じないか。まあ、要はあれだ。テメェらみたいなゴミクズは一網打尽にした方が安全なんだよ。だからこうしてセレモニーを開いたわけだしな」
「な、なんだと……」
「まあ何はともあれ、これでチェックメイトだ。話は後日警察当局が存分に聞いてくれるだろうから。そこで好きなだけ妄言を垂れ流せばいいさ」
「ふ、ふふふふ。まだだ、まだ終わっていないぞ! この会場には爆弾を仕掛けたんだ! ソレを爆発させてほしくなければ――」
「構わん。やれよ。爆発させろ」
常軌を逸した一言だった。
みすみすテロリストを前にして、人を殺せと言う。
リーダー格の男は恐れおののきながらも、笑う。
「ふ、ふははははは! 遂に本性を現したな! 人を死ぬことをいとわぬ怪物め! 貴様の言う通り爆発させてやる! そしてこれは反撃の狼煙となるだろう! お前という怪物に対する、な!!」
そして懐から取り出したスイッチを押した。
轟音が会場を揺らす。
真夜星とリーダー格の男の居る特別席まで爆炎と黒煙が見えた。
「ふははははははは!! お前が悪いんだぞ! お前がやれと言ったんだ!!」
狂ったように笑う男を白い眼で見ながら、真夜星は言った。
「もういいぞ! 後の時間は自由にしてくれ。今回も付き合わせて悪かったな」
彼がそう虚空に呼びかけた瞬間だった。
一千万人を収容できるドームが揺れた。
一千万人全員が立ち上がったからだ。
濛々と立ち込める黒煙から平然と人が歩き出していく。
ソレが意味することはただ一つ。あの爆発で殺せた人間はゼロ人ということだ。
「な、なにが起きて……」
「あの会場にいる奴らは全員財団の職員だ。彼らには安全のためにパワードスーツを貸し出している。核爆弾が直撃しても耐えうる高性能の奴をな。要はこのセレモニー全体がお前らテロリストを呼び出すための一つの大きなブラフだったわけだ」
リーダー格の男の顔が引きつる。
「い、イかれている」
「今更当たり前のことを言うなよ。俺は狂ってんだよ。あの子を失った瞬間から、愛に狂っているんだ。あの子にもう一度会うためなら何でもやるし、けれどあの子に嫌われたくないから人を害するような真似をしないし、させない。全てはタイムマシンを作ってあの子に会うために俺は生きているんだ」
「お、俺の母さんは!! アンタのことが好きだったんだ! けどあんたが振り向かないから! おかしくなったんだ! そのせいで俺は、俺は……」
リーダー格の男がマスクを投げ捨てる。
その顔は真夜星そっくりだった。
整形したのだろう。
「顔を無理やり変えさせられたんだ!!」
「そうか悪いことしたな。いや、嘘だ。悪いとは思っていない。俺の恋路を阻む人間は誰であっても容赦はしないからな。こんな男を好きになったことを運が悪かったと思ってあきらめてくれ」
「くそがぁァァァあああああ!!」
殴り掛かってきた男を一蹴する。
「悪いが俺の相手は、数百年前から決まっているんだ」
真夜星は独り言ちた。
――――
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