第22話 犯行声明
ソレは全世界の報道機関に送付された。
□
科学とは人の罪の結晶である。
自然から生まれ、自然に育まれてきたはずの人類は、原初の罪『火』を手にした。
人はそれから火薬を生み出した。火薬によって銃を生み出し人間が人間を殺すことは指先一つで叶うようになった。
火は内燃機関を生み出した。それは数多の乗り物を生み出した。人を簡単に殺せる乗り物を。
人は鋼の翼を作り出し、空を飛ぶことすら叶うようになった。地を這っていたこれまでの人類とは比べ物にならない進歩だ。
しかしその鋼の翼は人を殺すためにも使われている。戦闘機や戦闘ヘリとして。
音の速度を超えても、なお。
人は地球の外、果て無き宇宙にすら飛び出すことが許された。
しかしロケットの技術は弾道ミサイルという悪魔の兵器に流用することができた。
人は太陽の炎を模すことすら可能となった。
ソレは人類に無制限の電力すらもたらすだろう。しかし同時に、数十万人を殺すために使われたのも事実だ。
人は科学を以って、世界を制した。
しかし同時に、科学を以って世界を滅ぼすことも可能となった。
認めよう。科学は人類の進歩の証である。科学無くして我々は生まれることすらできなかった。科学が無ければ人類は滅亡していたかもしれない。
それでも、こう言おう。
科学とは人の罪の結晶である。
そして科学者とは罪人である。
今更、今までの生活を捨てて棍棒を振り回すような原始的な生活に戻れとは言わない。
そんなことはできないだろうし、出来たとしても大勢の子供が死に絶えてしまうだろう。
我々が求めることは一つ。
立ち止まることだ。一度科学の加速度的な進歩を停止させ、今までの歴史を振り返り、心を進化させるべきなのだ。
世界を滅ぼしうる力を持った、傲慢にも霊長を冠する我々はそれにふさわしい責務を負っている。
我々は謙虚でなくてはならない。
そうでなくてはこの地球は焦土と化してしまう。
そのためにも進歩の歩みを一度止めて、自らの行いを省みなければならない。
しかしそのためには排除しなくてはならない存在がいる。
今この時代に置いて、常軌を逸した天才と称される二人。
『空間の奇術師』戸崎真鈴
『時間の魔術師』宗片真夜星
この両名は、これから一体どれほどの発明を生み出すのだろうか。
どれほど人類の技術を進歩させるだろうか。
そして一体どれほど人類の心を怠惰に、そして傲慢にするだろうか。
核をも上回る大量虐殺兵器を作り出さないと、どうして言えるのだろうか。
この二人は生まれるべきでなかった存在だ。
審判を下さなければならない。
この世界の未来のために。
□
このふざけた声明文に反して、彼らの行動は極めて迅速かつ正確だった。
僅か三十分足らずでセルンは占領。
戸崎真鈴は囚われの身となった。
彼らの要求はただ一つ。
宗片真夜星をこのセルンまで連れてくることである。
□
「君たち、テロリストではないよね」
「……答える必要性を感じない」
「テロリストにしては『熱』を感じない。自分の信念に酔いしれている感じが無いんだ。私もいろいろ勉強してね。テロリストというのは基本的に信念とソレに裏打ちされた主張がある。君たちが我々と外向けに発表した声明文は一見、普通の『まともじゃないテロリスト』に見える」
戸崎真鈴は銃を突きつけられた状態で続ける。
「けれど現場の君たちはそうじゃない。私がこうして君たちが偽物だと、君たちの標的張本人が喋っているというのに、こうして喋り続けさせている。つまり君たちはどこかの国の精鋭部隊だろう? それも非合法の活動を専門に行って、国籍すら捨てさせられた裏の存在」
「答える必要性を感じない」
「勝手に続けさせてもらうよ。おおかた、私の叡智を恐れた大国が送り込んだといったところか。そうだね。スイスにいたとしても恩恵を受けられないとなると東側の――」
ガチャリと、銃が額に押し当てられた。
「口を慎め。貴様の生殺与奪の権利はこちらが握っている」
「……そうだね。多分話しても無駄だろうから、黙らせてもらうよ」
少女は冷静だった。
いつかこんな日が来るだろうと思っていたからだ。
だから自分の、もうじき終わるという運命を悲観することはない。
「二つだけいいかな」
「何だ」
「他の研究員には手を出さないで欲しいな」
「……承服できかねるが、努力しよう」
「それと、彼には、真夜星には手を出さないで欲しいんだ」
その言葉にゴーグルとマスクを身に付けた、特殊部隊めいた――実際にそうなのだろうが――テロリストはこちらから目を反らした。
「それは彼次第だ。ここに来なければ、我々も手出しできない。日本という国は国民は平和ボケしているくせに、対テロリストに関しては厳重すぎる。つまり日本に彼がいる限り彼は安全ということだ」
「それならよかった」
みすみす日本という国も、彼という特異的な天才を死なせるような真似はしないだろう。
そもそも彼が来たいと思ってくれるかどうかも分からないが。
真鈴はそう心で自嘲した。
しかし心の奥底では確信していた。
彼は来るだろう。だって誰よりも強くて優しいから。
□
「行かなくては」
学校の屋上にて。スマホでそのニュースを見た瞬間に彼は立ち上がる。
やるべきことは決まっている。
彼女を助けに行かなくてはならない。
理由なんて一つでいい。誰よりも大切な人だから。それだけでいい。
幸いこの高校は国際ワープ空港が近い。彼が走っていけば十分で着くだろう。
問題は——。
「来るか」
彼の優れた視力が校門前に到着した車を見据える。
パトカー。彼を監視している公安だろう。
「俺を止めるためか。悪いけど誰に何を言われようとも俺は止まるつもりはない」
そのまま屋上から飛び降りる。壁面の凹凸に二、三度手足を引っ掛け勢いを殺して、着地する。
玄関で靴に履き替えて走り出す、ことはしなかった。
「すいません野田先生、借ります」
メモ帳に自分の電話番号を書いて、教師のものであるバイクに跨る。
エンジンキーが刺さりっぱなしなのを見つけたからだ。
真夜星は持ち前の特技で即座にバイクの操作方法を理解し、アクセルを全開にする。
「待ってろよ。真鈴」
彼は駆けていく。
その先に待ち受けるものを知らぬまま。
□
「本当に来るんですかね」
「わからん。しかし来るとしたらこれだけの備えはしなくてはならないだろう」
彼の通う空港から最寄りの空港は、警察に封鎖されていた。
特異的な頭脳を持つ真夜星を、みすみす危険に晒さないためだ。
彼と真鈴が懇意にしていることは日本の上層部には知れ渡っている。
だからこそ、彼の次の行動は予見できた。彼が真鈴の下へ駆けつけるだろうということは。
なのでこうして彼の行動を阻むように警察を配置できていると言うわけだ。
「でも二人は喧嘩別れをしたんでしょ? それ以降は連絡すらとっていないって話じゃないですか? 自分の命の危機だと知って駆けつけますかね」
「さあな。一つだけ言えるのは、もし来るとしたら、これだけの人数がいたとしても突破を阻止することは困難ということだけだ」
そんな会話をしていると、彼らの耳に重く低い排気音が届いた。
この辺り一帯は交通封鎖によって車通りはゼロである。
故に。
「来たぞ!」
「本当に来た!」
「ノーヘルとか……! 警察舐めすぎでしょ……!」
「止まりなさい! ここから先は封鎖されて——」
一際大きな重低音と共に、彼は警官とパトカーによるバリケードを飛び越えた。
そのままワープ装置のある、空港で言うなら滑走路の部分に侵入していく。
この先に何が立ちはだかったとしても彼は突き進むだろう。
――――
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