第23話 悪意に刺される
真夜星はスイスに到着した。
ワープ装置は停止させるにも莫大な電力を消費する。彼一人の行動を止めるために、ワープ装置を封鎖することはできても停止させることはできなかったようだ。
だから真夜星は、フランス行きのワープ装置を使用してセルン最寄りの場所に転移。
セルンはフランスとスイスの国境に跨るように存在している。故にこうしてフランス側に出たとしても到着はできた。
現場は二か国の警察に封鎖されたその場所に真夜星はたどり着く。まずは警察に話を通すことにした。
「俺が真夜星です」
その言葉に現場の警察は騒然した。
「まさか、本当に来てしまうとは……」
「しかしテロリストの要求に屈することになってしまいますよ!」
「数百人の研究員が人質の取られているんだ。粒子加速器を暴走させられてしまえばさらに多くの人間が犠牲になるだろう。ここは彼に向かってもらうしか……」
「しかし、相手はテロリストです。彼を引き渡したところで、研究員の命が保証される保証はない!」
「そのことについて一つ俺から補足が……」
真夜星は自分と真鈴を取り巻く国際情勢を話した。
その上で彼は断言した。今回この事件を起こしたのテロリストではない。どこかの国の特殊部隊であると。
なぜなら自分たちの存在を疎ましく思う国でなければこれほど短期間で、セルンという厳重極まる警備システムの敷かれた研究所を制圧することはできないと。
現場は愕然とした。
二人の少年少女にこれほど世界の悪意が収束してしまっていることに。
「にわかには信じがたい話ですね」
「だが政府が静観を我々に命じている理由が分かった。そして彼が到着次第すぐさまセルン内部に放り込むように言った理由も」
「なので推測ですが、我々二人を手中に収めた時点で、研究員は解放されると思います。彼らの目的は俺たちの拘束、誘拐、又は殺害だと思うので」
「…………ミスター真夜星。数百人の人命のために、向かってくれるか?」
「一つだけ約束してください。俺はどうなってもいいから、真鈴だけは全身全霊を賭けて助け出すと」
「無論だ。君のことも決して見捨てはしない」
話はまとまった。後は向かうだけでいい。
「けれどみすみすテロリスト共に捕まるような真似はしません。必ず人質解放の算段を付けてみせます」
「できるのか?」
「前に一度やったことがあります。装備さえ頂ければ、実行してみせます」
「聞いたことがあります! 『時間の魔術師』はテロリストから数百人の生徒を助けたことがあると!」
その時の記事を見せつけながら、警官の一人が興奮気味に話す。思わぬところから湧いた人質救出の手段に興奮しているのだろう。
「頼めるだろうか?」
「必ず」
少年は無数の武器を身に付けて、地下水道の一つから侵入することを決定した。
蛮勇だと笑うことはできない。彼に実際にテロリストを撃破した実績があって、今日もまたその通りできると思っていたからだ。
あの時のように真鈴を救い出せると。
□
「ここか」
マンホールのふたを見上げる。
額に付けられたライトを消して、彼はゆっくりとマンホールのふたを押し上げる。セルンの敷地内だ。人影は見当たらない。
ゆっくりとマンホールの穴から這い出る。
その姿はまるで特殊部隊の人間のようだった。二丁のアサルトライフルに、無数の弾倉。防弾チョッキ。その場で用意できた最高レベルの装備だ。
優れた聴覚で周囲の人間の動きを把握しながら、小走りしていく。
目指すは人質が大勢集められた中央研究棟だ。
彼のプランはシンプル。中央研究棟のテロリストを排除して、それ以降は籠城戦である。外部の援軍が見込める状態だからこそできる手段だ。
しかし真夜星はそのプランが早々に崩れ去るのが分かった。
「くっそ、巡回中のテロリストも人質を連れてやがる……!」
白衣姿の人間を取り囲む数人のテロリスト。
恐らく自分対策だろう。
各個撃破されそうになった時は人質を盾にして状況を優位に運ぶためだ。
「一気に難易度が上がったぞ……。どうする? どうする!? 考えろ、俺!」
彼は明晰な頭脳をフル回転させる。
そして一つの答えにたどり着く。
「連射狙撃だ。俺ならフルオートの弾丸を狙撃銃並みの精度で放つことができる。それで人質を連れたテロリストを一瞬で一掃する。これしかない」
もはや人を殺すことへの忌避感は存在しない。
何百人を人質に取り、今では最も大切な少女を人質に取っているのだ。
真夜星が手にしているアサルトライフルには高機能のサイレンサーが付けられている。銃声で敵を引き寄せる心配はないだろう。
真夜星は迷わず引き金を引いた。狙うは首筋。防弾装備の隙間を縫うように連射された数発の弾丸は、狙い過たず人質を取り囲んでいたテロリストの首元へと吸い込まれた。
血がまき散らされる。
「ひぃい!」
「大丈夫か」
即座に解放された人質に駆け寄り、怪我の有無を確認する。
「怪我はないみたいだな。俺の指示する場所で待機していてくれないか? 必ず人質を解放する」
「わ、分かりました……」
そう言って人質から背を向ける。
ソレは油断ではなかった。銃声に驚いたのも当然だと思っていた。けれど違った。
一発の銃声が轟く。真夜星の体が揺れる。
「は?」
「お前が、お前が悪いんだ! ガキの癖に僕のアイデアをパクるから! 未来を読んだだろう! 本当は僕こそが『時間の魔術師』と呼ばれるはずだったんだぞ!」
意味の分からないことをほざく研究員。一つだけはっきりしているのは、コイツは人質ではなく裏切者ということだ。
いいや、もう一つはっきりしていることがあった。
真夜星は、嫉妬という悪意に刺されて、敗北したということだ。
□
「宗片真夜星の進入を確認、バルドス研究員が彼を捕縛したようです」
「あの裏切り者がか? 成るほど、人質だと誤認されたわけか」
「そんな……」
彼は来てくれた。自分を助けるために。けれど捕まってしまった。自分を助けようとしたから。
「さて、それでは戸崎真鈴に質問をしよう。審判の時だ。これで嘘をつかず、正しい答えを出せば君『は』解放される」
「『は』ってことは人質は解放されないのかい?」
「いいや我々は仕事が終了次第自害することになっている。人質も自然に解放されるだろう」
「そこまでの覚悟が必要な仕事って何だい? いいや愚問だったね。彼を殺すことか」
「厳密には違う。たった一つの質問を投げかけることだ」
「質問?」
「貴様は宗片真夜星を愛しているか? 彼のためならば世界を敵に回せるほどに」
「なるほど……、これらの装備はそういうわけね」
真鈴の体には電極がいくつか取り付けられていた。ポリグラフだ。ウソ発見器と言い換えてもいい。
「うちの国が開発した最新式でな。偽証は不可能だ」
「つまり嘘を言えば――「無論殺す」
「そして君たちの望む答えでなくても殺すということだね」
「その通りだ」
「どんな答えを望んでいるんだい?」
「それを言ってしまえば――「大丈夫だよ。私の答えは変わらない。嘘をつくつもりもない。つきたくない。命を懸けてでも」
「……ならば答えよう。俺たちの国が望む答えは――」
□
意識が暗闇から浮上する。
俺の体には無数の電極が繋がれていた。
ポリグラフだろう。
「ここは……」
「目が覚めたようだな」
「お前がテロリストの親玉か。いいやどこかの国の特殊部隊といったほうがいいか?」
「どちらでも構わない。我々の目的はただ一つだからな」
「真鈴と俺を殺すことか? こんなに大勢巻き込んで――」
「いいや違う。たった一つの問いを君たちに投げかけることだ」
「貴様は戸崎真鈴を愛しているか? 世界を敵に回せるほどに」
――――
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