第5話 英雄的な活躍であったとしても。
256 名無しさん
人殺しは人殺しでしょ。
257 名無しさん
それな。テロリストは結局一人も殺してないし、十五人も殺すのはやりすぎだったんじゃないか?
258 名無しさん
ていうかさ。あんなに的確にテロリストだけを殺害できるんだったら、無傷で抑えることだってできたんじゃないの?
259 名無しさん
ニュースじゃ英雄だなんだ、ってもてはやされているけど結局は人を殺しているんだぜ。あり得ないよな。
260 名無しさん
ウチの姪があそこに通っているんだけど、心配だわ。流石に人殺しは、ちょっとなぁ。
以下同様の内容が続く。
□
犬侍
やっぱり十五人殺害はやりすぎだと思うんだよね。
そりゃあテロリストが悪いことは自明の理だと思う
だけど、彼らに殺意があったのかって問われればそ
れは疑問視すべきことだと思うよ。
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ジャージマン
明確に『時間の魔術師』が悪いだろう。
何せ首謀者と言えど、何の罪のない女子生徒にアサ
ルトライフルを向けているんだぞ? こんな奴は野
放しにしてちゃいけない。
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ソルト・クラッシャー
本当は『空間の奇術師』と『時間の魔術師』が共謀
して、今回の事件を起こしたんじゃないか? 彼ら
は功名心が過度に大きいからな。きっと今回の事件
も、自らの名をより広めるために興したんだ。全て
は計画通り(暗黒微笑)ってね。
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□
テロリスト撃ち殺したその晩に、俺は胃の内容物を全て便器にぶちまけた。
空っぽになって、胃液しか吐き出せなくなったとしても吐き出し続けた。
食事は何も喉を通らなかった。
水だけを飲んで、また吐き出してをひたすら繰り返している。
あの日から一週間ほど、学校には行っていない。
その間はネットサーフィンをしていた。
エゴサも少ししていた。
まあ、そう思うだろうな、という内容がネットのあちこちに転がっていた。
元々俺はネットのアンチが多い方だ。だから慣れている。
けれど人を殺したという事実は変わらない。そして慣れることもない。
百回でも千回でも考え直しても、あのやり方でなくては生徒の間に犠牲者が出てしまっていただろう。
だからもし自分の作ったタイムマシンに乗って過去に舞い戻ったとしても俺は同じ選択をするだろう。
後悔はしていない。
しかしそれと、罪悪感は全く別の話だった。
俺が放った弾丸が、人の頭を砕き散らすのを覚えている。
飛び散る血と肉片を覚えている。まき散らされる死の香りを覚えている。広がる濡れた破砕音を覚えている。頬にかかった血の一滴まで覚えている。
忘れられるわけがないだろう。
だから俺は何も喉を通らない。
食べようとも思わない。
このまま餓死をしていくのだろうか。それならそれもありかもしれない。
そんなぐちゃぐちゃの精神を吹き飛ばすように軽やかなインターホンが鳴り響く。
誰だろうか。
勧誘はすべて断っている。配達を頼んだ覚えもない。
一体何なのだろうか。
「はい」
『真夜星の家だよね。私だよ。真鈴だ』
「何をしに……」
『親友のお見舞いに来るのに、理由が必要かい?』
「……分かった。茶ぐらいは出すよ」
そう言って俺は無駄に長い廊下を歩いていく。
扉を開けると、そこにはセーラー服姿の少女がいた。
エコバックを手に下げた少女が。エコバックからはネギが飛び出ている。
買い物の帰りについでで寄ってくれたのだろうか。
「お邪魔するね」
「散らかっているぞ」
「気にしないさ」
そういうや彼女は来客用のスリッパをはいて歩いていく。
俺も黙ってそれについていく。
「その顔だと、何日もまともなものは食べていなさそうだね」
「……ああ。食欲がないんだ」
どうせ、食べても吐いてしまう。とは言えなかった。
「なるほど。ならお粥がいいかな」
台所を借りるよ、と少女は言って持ってきたのであろうエプロンを身に付けていく。俺はソレを黙って見ていた。
単に見とれていたのだ。長い髪を一括りにして手慣れた様子で調理に取り掛かる少女に。
「ふんふふ~ん」
ご機嫌に鼻歌を歌う少女を、リビングに座って見ている。
見ていて飽きない。そんな俺の視線を感じたのか、少女はにこやかにこちらを見た。
「どうかしたのかい?」
「いいや、何でもない」
そう言うと彼女はそれ以上追求しなかった。
ありがたい。何と答えるべきか分からなかったからだ。
「はい。出来たよ」
「真鈴、すまない。俺は今、飯が食えないんだ。単に食欲がないだけじゃない。食べると吐いてしまうんだ。だから――」
「いいから、食べるんだ。吐いてもいいから」
そう言われると食べるしかない。
空腹感はあるのだ。
けれど俺の手は震える。震えてスプーンもまともに持つことができない。
ソレを見かねた少女が、さっとスプーンを手に取ってお粥を掬う。そしてそれをそのまま俺の口元に持っていってくれる。
「はい。あーん」
「あ、あーん」
恥ずかしさは感じなかった。むしろ申し訳なさがあった。
俺は差し出された卵がゆを食べる。
味がしない。
お茶でもどんな飲料でもそうだった。俺は今、味覚を失っている。
「美味しいかい?」
「悪い、俺は今、味覚が――」
そう言おうとして中断した。
いきなり真鈴が抱き着いてきたからだ。
「真夜星。君は優しいから、殺した相手の事ばかり考えてしまうんだね」
「……優しいかどうかは知らないけど、その通りだな」
「けどさ」
真鈴は俺に抱き着きながら、上目遣いでこちらを見上げてくる。
「助かった命だって、たくさんあるんだよ?」
その一言は、深く俺の胸を打った。
確かにそうだ。数値上の話をすれば確実に救われた命のほうが多い。そんな単純なことすら見逃してしまうほど、俺は摩耗してしまっていたのだろうか。
「私もその一人さ。だから今日はお礼を言いに来たんだ」
ありがとう、真夜星。私を助けてくれて。
その言葉を聞いた瞬間に俺の目から涙が溢れ出た。
悲しいからでもない。かといって嬉しいからでもない。
たぶん、今まで胃袋から吐き出していた物は、こうして涙と共に流すべきものだったのだろう。
「本当はもっと早く言うべきだったんだろうけど、少しキミをそっとしておく時間も必要だと思ったから。けどこんなふうになっているんだったら、もっと早く来るべきだったね」
「良いんだ。多分もっと早く来ていたとしても拒絶していただろうから」
涙を流しながら俺は言う。
「ありがとう。真鈴」
「違うよ真夜星。君が言うべき言葉は、『どういたしまして』だ」
「そうだな。その通りだ。『どういたしまして』真鈴」
「明日からは一緒に登校したいな」
「いいのか?」
きっと、口がさのない奴は色々と行ってくるだろう。
「良いのさ。言わせたい奴には言わせておけばいい」
少女はウインクをして答えた。
俺の肩から重荷が消えた気がした。この調子なら、また彼女の手料理を美味しく食べることができそうだ。
□
けれど俺はまだ自覚していなかった。人を殺せるということがどういうことを招くか。それは学校に関する出来事ではない。もっと大きくてどうしようもないくくりの話だ。
「やはり問題でしょう。ああも簡単に引き金を引ける人間に、あれほど特異な頭脳が宿っているのは。国際的な安全保障を脅かしかねない」
「そう言いつつ、アナタ方は彼の頭脳が欲しいだけでは?」
「我々は貴国を心配しているのですよ。平和ボケ、失礼。平和なこの国に、彼のような勇敢だが獰猛な男を御しきれるのかをね」
大人たちの思惑は子供の手の届かないところで進行している。
二人は気づかない。
その日が来るまで。
――――
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