第6話 絶賛炎上中の真夜星

 端的に言って、俺はネットで炎上していた。

 理由はシンプル。人を殺したからだ。

 テロリスト五十名の内、十五名を抹殺。挙句の果てに、共犯者と言えど高校生に銃を向けた。この情報は学校内から速やかに広まって、ニュースでも報道された。

 一応ニュースでの論調は、学生たちを救った英雄といった形で報道されているが、俺が『時間の魔術師』なんて呼ばれているのがいけなかった。

 

 ネットでのアンチはもともと多い方だ。

 そもそもタイムマシンを理論上作成可能にしたというのならば、どうして過去の人間がこの時代にやってこないのかというパラドックスを解決できていない。

 そして俺の提唱した理論自体は難解過ぎて一般人には理解できない。


 なので俺は『時間の魔術師』という名前と共に、『稀代のペテン師』という名前でも呼ばれているのだ。ネットのアンチたちに。

 そんな彼らは今日も熱心に俺に対する風評被害をばら撒いている。 

 実は俺が全て手引きして、自分の名前を売るために一連の事件を起こしたのだろうという荒唐無稽な説もあった。


 実にご苦労なことだ。いや、マジで。

 俺なんかのアンチをしている暇があるのならば、好きな物に時間と労力を注ぎ込めばいいのに。

 常々俺はそう思っているし、俺は彼らを反面教師にして自分の好きなことをやるつもりだ。

 真鈴のおかげで、俺はより強くそう思えた。


「親友!」

「真鈴、待たせたな」

「そんなに待ってないよ。それじゃあ、行こうか」


 そう、親友との大好物であるラーメン屋巡りである。

 何でも真鈴もラーメンが好きらしい。けれど、彼女は一人でラーメン屋に入る度胸はないようだった。IQ300の天才にもしり込みするようなことはあるようだ。

 というわけで親友である俺の出番だ。男である俺と一緒ならば、ラーメン屋にもしり込みせずにはいることができるだろう。


「ここが君のおすすめかい?」

「そのとーり。ラーメン初心者でも食べやすい、醤油ラーメンにこだわったお店だ。魚介のだしが良ーく体に染み込むんだ」

「私は君と一緒ならどこでもよかったけどね」

「いやでも、流石に初手二郎系はしんどくないか?」

「…………まあ、それはそうだろうね。アリガトウ、ラーメン初心者デモタノシミヤスイオミセヲエランデクレテ」


 急に後半が棒読みになった。

 まるで言いたいこと無理やり上書きしているかのように。

 何が言いたかったのだろうか。俺には分からない。けど突っ込むと藪蛇になりそうだから黙っていよう。

 

「少し並んでいるね」

「並ぶことによって空腹度が増し、増した空腹度が最高の調味料となってラーメンを引き立てる。列に並ぶこともまた、楽しみ也」

「きみ、ラーメンのことになるとちょっとめんどくさいね」

「ナルトだけに?」


 無言で脇腹をつままれた。

 しかし俺は結構鍛えているので、皮一枚をつままれただけだった。

 ちょっと痛い。

 そんなこんなで雑な会話をしていると俺たちの順番が回ってきた。


「ごちゅうも……、ご注文を承ります!」

「ラーメン大盛りと、チャーハンを一つ」

「私はラーメンの並盛で」

「かしこまりましたー!」


 店員さんが一瞬言葉に詰まったのは、俺たちが有名人だからだろうか。

 人殺しに食わせる飯はねぇ、とか言われたら流石に今の俺もへこんでしまう。真鈴によって回復した俺のメンタルにもそこそこのダメージが入るだろう。

 しかしほどなくして熱々のラーメンが届いた。心なしかチャーシューが多めの。

 店員さんがこっそり耳打ちしてくれる。


「店長の娘さんがあなたと同じ学校に通っているんです。貴方のおかげで、娘さんの命が救われたってことで、ささやかながらサービスです」

「あ、ありがとうございます」

「すごく、いいお店ですね」


 思いがけない方向からのお礼に俺は少したじろいでしまう。

 そんな俺に反して、真鈴はどことなく嬉しそうだった。


「ごゆっくり」


 そう言われて俺たちはラーメンをすする~!

 これは! うまい! 確かなコシのあるちぢれ麺に、魚介の風味のしっかりと存在感のあるスープ!

 何よりも恩返しとしてトッピングされたチャーシューが、俺の舌と脳みそを優しく慰撫する~!

 

 大満足の味だった。

 そんな俺たちの余韻を汚すように不躾な声が店内に響き渡る。


「おいおい、人殺しにはサービスする癖に、普通の客にはろくな水を出すのすら怠るのか?」

 

 店内の雰囲気が一気に悪くなる。

 不躾な声を投げかけたのは、腹の出た中年だった。その不愉快な面を皮肉気に歪めて机を拳で叩く。


「おらっ、とっとと水持ってこいや! あんな人殺しにサービスするぐらいなんだろうが! 普通の客には何もできないとでもいうのか?」

「も、申し訳ございません」


 平謝りをする店員。

 そこに一人の客がぼそりと呟く。


「入店してから三十秒も経ってないだろう」

「何アイツ」

「あ”あ”! なんか文句でもあるんか!?」


 大声で恫喝する。

 そんなところに颯爽と現れたのは、一人の少女。

 真鈴だった。


「今の貴方の行為は営業妨害に当たる。即刻退店したまえ」

「んだと!?」

「それと、私の親友をばかにしないでくれるかな!!」


 初めて聞いた、少女の怒鳴り声だった。


「どうせ君、彼のアンチだろう?」

「だ、だったらどうだっていうんだよ!」

「君みたいな、他人の足を引くしか能のない人間が! 私の大切な人を! 人殺し呼ばわりした挙句! 素敵な休日を汚すなんて! 心底我慢ならない!! 即刻わたしたちの目の前から消えろ!!」

「んだとテメェ!」

 

 いきり立つ男。真鈴の間に割って入って、俺は振りかぶろとした拳をつかみ取る。


「消えてくれ。お互いのためにな」

「ひっ!」


 男は短く悲鳴を上げながら、転がり落ちるように店内を退店していった。

 店内に沈黙が落ちる。

 そしてソレを破ったのは、一つの拍手だった。


「見事だ嬢ちゃんに坊主。スカッとしたぞ!」

 

 ソレはこの店の店主の物だった。それに続いて拍手がそこそこ広い店内に満ちる。


「天晴だ」「すっきりしました」「よ! 名コンビ!」

 

 まるでネットの炎上なんてなかったものかのように温かな空間が俺たちを包んでいた。


「……替え玉、頼むか?」

「うん。特に美味しく食べれそうだ」


 そんなわけで俺たちは替え玉をおかわりして、その店を後にした。

 ポイントカードも作ってもらった。



 □



「良いのかい嬢ちゃん。本当のことを言わないで」

「良いんです。今日は本当にありがとうございました」


 時刻は夕方。真鈴は先ほど通っていたラーメン屋に居た。

 そこで店主と話している。


「これはお礼の……」

「受け取れねぇよ。あの坊主に礼を言いたかったのは本心だし、その機会を設けてくれた嬢ちゃんのも礼が言いたいぐらいだ」

「といってもこの店を選んでくれたのは彼なんですけどね」

「なんと! 見る目があるじゃねぇか」


 真夜星はもっと感謝されるべきだ、と真鈴は思う。だからその機会を設けようとした。

 けれどそれはいくつかの偶然で彼女の手が介在せずともより素晴らしいこととなった。

 あのアンチには――彼のアンチをやっている時点で軽蔑に値するが――感謝しなくてはならないだろう。

 

「嬢ちゃん、娘の野郎はまだテロリストが怖くて、学校に行くことができねぇ。けれどその程度で、怪我一つもなく済んだのは間違いなく坊主のおかげだ。だから娘の分も含めて礼を言わせてくれ」

「はい。彼にしっかり伝えておきます」

「それと嬢ちゃん、逃がすんじゃねぇぞ。あんなにいい男はそうはいねぇ。アンタみたいなイイ女に釣り合うような男はな」


 ウインクをする大将に真鈴は、頬を赤らめる。


「はい。それも肝に銘じておきます」


――――


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