第4話 全国の中学生の妄想が実現。学校 に テロリスト が現れた!

 それは明らかに、訓練を受けた人間たちの動きだった。

 アサルトライフルを構えた五十人の男たちが、手早く生徒たちを体育館に集められていく。

 電光石火というべき行動だった。

 生徒たちは一人残らず、体育館に集められた。



 ただしここに一人例外が存在する。



 俺こと、宗片真夜星である。

 なんでやねん。

 いや、普通に俺が頑張って――どのくらい頑張ったかと言われれば、校舎の外壁に張り付いたりした――隠れただけなのだが。

 

 そしてテロリストの狙いはおそらく一つ。

 真鈴か、俺の頭脳だ。

 そうでなければたとえ国内有数の進学校とは言え、学校に乗り込む意味がわからない。

 

 警察はすでにこの学校を包囲しているだろう。俺と真鈴は公安の監視下にあるからだ。

 理由はその特異な頭脳を持つゆえ。

 俺たちにはその気がないが、悪用しようと思えばどこまでも悪用できてしまう。たとえば世界大戦を引き起こすことすら可能だ。


 要するに真鈴が超ピンチだ。

 助けにいかなければならない。

 警察による外側からの包囲ではどうにもならない。

 特殊部隊による制圧を待っていられるだけの気の長さは、今の俺にはない。というか親友のピンチに体が怒りと焦りで震えている。


 死に値する蛮勇だと、人は言うだろう。

 しかし、俺はそうは思わない。

 なぜなら俺もまた天才だから。


「行こうか」


 学校の外壁の段差から、廊下へと音もなく降り立つ。

 ちょうど巡回中のテロリストの背後だ。

 音もなく腕を首に回して、そのまま締め落とす。

 するとテロリストの意識は刈り取られた。

 そしてそのまま装備をそっくり奪い取る。

 幸運なことに彼らは目出し帽を着用しており、これで人相は誤魔化せるだろう。


 ひん剥いたテロリストは教室にあったガムテで縛ってローカーの中に詰め込んでおく。

 

 そしてテロリストに変装して、俺は何事もなかったかのように廊下を歩いた。

 銃火器は最後まで使わない。扱いに不安があるとかではない。


 俺の数少ない特技として、初めて触れた道具であっても超一流並みに使いこなすことができると言うものがある。

 このアサルトライフルでも、三百メートル先の500円玉を正確に撃ち抜くことができるだろう。


 しかし今この状況では使えない。

 もし発砲なんてしようものなら、他のテロリストにまで内部に侵入者がいる――実際にはただの学生なのだが――ことがわかってしまう。体育館に集めた生徒たちを人質として有効活用されてしまうだろう。


 ステルスキル(殺しはしない)。

 それが今の俺には求められている。



 ⬜︎

 

 体育館の舞台上で、少女はテロリストと真っ向対峙していた。


「目的は何だい? 私の頭脳と権力なら大抵のことを叶えてやれる。だから他の人たちには手を出さないでくれ」

「ほう、そいつはありがたいな。話が早くて」


 下卑た笑みを浮かべながら、テロリストのリーダー格は笑った。

 

「脱げ。そしたら、生徒たちは殺さないでおいてやる」

「そういう趣味があるのかい? 学生に欲情するなんて、とんだ変態だね」


 銃弾が少女の足元に突き刺さる。

 当たりはしなかった。しかしその衝撃と音で真鈴は尻餅をついてしまう。


「は、天才だとかもてはやされていようがただの女だな。いいからとっとと脱げ。テメェへの復讐が俺らの主目的だ」

「っ……!」


 少女は舞台上から他の生徒と教師を見遣る。

 彼らの顔には、恐怖があった。銃器を向けられる恐怖。いきなり行動の自由を奪われる恐怖。命の危機が如実に迫り来ている恐怖。

 自分が、この人たちをこんな危険な目に遭わせたのだ。

 ならば自分が裸になるぐらい、何だというのだろうか。


「良いだろう。脱いであげよう」

「ひゅー、お優しいこった」


 少女はまず、スカートに手を掛けた。

 ストンと、それが地面に落ちて、白い下着が露わになる。

 そこからは速かった。

 羞恥に頬を染めながら、少女は一糸まとわぬ姿になっていく。


「こ、これで満足かい?」

「そのまま土下座しろ」

「いいだろう」

「そんでこう言え。『私のせいで、社会を混乱させてしまって申し訳ありません。私はただ『時間の魔術師』の研究記録を盗み見て、自分の手柄にしただけです』ってな」

「そんなことはしていな――」


 再び床板を銃弾が貫く。

 

「事実なんざどうでもいいんだよ。俺らの目的はお前の権威を失墜させることだ。本当はテレビカメラの前で全裸で土下座させてやるつもりだけどな。その前に予行練――」


 銃弾が連続してを穿った。

 そして天井の一部が崩落してくる。

 しかし堕ちてきたの天井だけではない。


「殺す」


 宗片真夜星が、殺意を漲らせながら突撃銃を空中で構える。

 数発の銃声が轟く。

 全てがテロリストのリーダー格の頭蓋をぐちゃぐちゃにする。

 まるで彼の憤激が牙となって、それを噛み砕いたかのような有様だった。


「真鈴!」


 着地するや否や、真夜星は少女を抱えて舞台袖へと飛び込んだ。先ほどまで少年と少女がいた場所に無数の銃弾が突き刺さる。


「真鈴、よく頑張ったな。もう大丈夫だ。あとは任せてくれ」

「……親友。……ありがとう」


 少女の目には涙が浮かんでいた。

 安堵のためだ。

 

「良いってことよ。あと二分待ってくれ。終わらせてくる」


 そして少年は舞台袖から転がり出た。

 武装と技巧と殺意。

 それら全てで彼はテロリストを上回っていた。

 まず両手に持った突撃銃から無数の銃弾をばら撒く。

 しかしそれら全ては、極めて精密な狙いによって放たれた銃弾だった。故にその初撃で、テロリストの大半が抹殺される。防弾チョッキに覆われていない首元を精密に打ち抜かれて。


 そこからは速かった。

 即座にテロリストたちは皆殺しにされていく。生徒を人質に取ろうとした者は精密狙撃によって即座に額に穴をあけられた。逃げ出そうとした者は、足を撃たれて、その後に後頭部を狙い撃たれた。

 流れ弾は存在しなかった。


 真夜星の極まった演算能力によって、相手の射線はほぼすべてが彼に向くようになっていた。

 視線誘導などの複数の技術を駆使することによるものだ。すでに大半のテロリストが殺されているのにも影響されているだろう。彼らの士気はがた落ちだ。


 その事を真夜星は疑問に思わない。

 そもそも、ただ発明しただけの少女を逆恨みするような連中なのだ。本気の殺意を目の前にすればこうなることも自明の理だろう。

 そして掃討は終わった。

 しかし真夜星にとってはこれで終わりではない。目出し帽を脱ぎ捨てて、彼は生徒たちに向き直る。


「この中にテロリストを手引きした人間がいるな」

「そんな!」「嘘だろ!」「こ、怖い……」「やべぇ……」

「素直に名乗り出ろ。今なら拳の一発で済ませてやる。というかすでに心当たりはある」

「本当かい?」

「む、服を着たのか。真鈴」

「そんなことより、今言ったことは本当なのかい?」


 真鈴の真剣な眼差しに真夜星は同じく真剣に答える。


「ああ。こいつら、朝の全校集会で人が集まってくる時間を正確に狙ってきやがった。このデカい校舎の中でも迷うそぶりを見せない。となると、内部からの正確な情報提供があったと考えるのが正解だろう。何よりも――」


「俺がテロリスト皆殺しにした後だというのに、どうして殺す前よりも緊張しているんだ? 東坂アカネ!」


 ひっ、と悲鳴が生徒たちの集団から上がる。女の声だった。

 真夜星は静かに歩いていく。

 生徒たちが即座に道を開けていく。

 アサルトライフルを、東坂アカネの額に押し付けた。


「お前の親は、東阪運輸の社長だったな。三年前に倒産した」

「どうして知って……」

「真鈴の敵になりそうな連中は全て記憶に叩き込んである」

「ひっ」

「……お前、どうして否定しないんだ? 濡れ衣なら即座に否定すればいい。だというのに悲鳴もろくに上げず、どうして知っているかなんかを問いかけてくる」


 微動だにしない。アサルトライフルも、宗片真夜星も。


「答えろよ。お前がやったのか」

「あ、アイツが」


 東坂アカネは、言った。


「あいつが悪いのよ! アイツがワープ装置なんか作ったせいで、お父さんの会社は倒産して! 私は社長令嬢から、無職の娘よ! そんなの認められるわけないでしょ! だからテロリストを呼び込んでやったのよ! 私と同じようにあいつを恨んでいる連中をね!」


 決定的な一言だった。

 真夜星は、引き金に指をかける。

 黒い殺意が迸らんとする。ソレを白魚のような少女の指先が押し留めた。

 

「止めるんだ。親友」

「……」

「こんな奴のために、キミが引き金を引く必要はない。テロリストたちとは違って正当防衛にはなり得ないだろう。だから、やめてくれ」

「…………」


 重い沈黙が体育館を満たしていく。

 しかし少年だけが、その沈黙を切り裂くように笑った。


「残念。最初からこのアサルトライフルは弾切れだ。かまをかけたんだよ。怪しいと思っている奴にな」

「え……」「……なるほど」

「さてせっかく白状してくれたんだ。お前もテロリストと仲良く獄中生活を楽しんでくれ」

「ふざっ……!」

「ふざけてんのはテメェのほうだろうが!!」


 拳が一閃。

 容赦なく女の頬に少年の拳が突き刺さって、潰れたカエルのような声を上げながら、女は吹っ飛んでいく。

 ソレがこの一連の事件の終幕だった。

 表向きには。


――――


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