第3話 普通の学校生活

 入学から一ヶ月が過ぎた。

 この一か月間を端的に表現するのならば、順調というべきだった。

 俺も彼女も自分たち以外の友人を着実に増やしている。持ち前の頭脳で他の生徒たち相手に勉強会を開いたりして、友人の輪を広げていくことを基本方針にしたのが良かったのだろう。

 もともとこの学校は国内有数の進学校だ。

 勉強に対して非常に意欲的な子供たちが集まっている。


「つまり化学反応式というのは車やバイクなんだ。例えばH2OをというのはHという車輪とOという車体によって成立する一つの物体だ。そして部品はO2といったように纏め売りされている。その纏め売りされているモノを効率よく購入して、いかに最小の数値で、物質を成立させるか、というのが肝になってくるんだ」

「「「なるほど~」」」


 速攻で真鈴はクラスに馴染んだ。流石IQ300の天才だ。世渡りも上手い。

 今では教師よりも分かりやすい個人授業を行う少女として学年中で有名になりつつある。

 もともと真鈴は言語化が上手いのだ。それこそワープ装置なんて机上の空論を現実に持ってこれるほどに。

 というか大概の物事は、言語化から始まるといっても過言ではない。

 

 発想に言葉という形を与えて、与えられた形に添って物質を組み合わせていく。

 発明とはそういう物だ、と俺は考えている。

 俺は少し考えが足りないところがあるので、彼女のそういった部分は素直に尊敬している。


「それで、真鈴ちゃんとはどこまでやったんだよ?」

「キスしたか?」

「してないしてない。ただの親友だよ」


 例えば今こうして俺に話しかけてきてくれる男子たちの大半が、真鈴との恋愛模様を聞き出そうとしてくることなんか、想像もしてなかった。


「うそだ~」

「わざわざ入学式に相方を迎えに行って、初手夫婦漫才だぜ?」

「しかも息ピッタリ。誰もお前たちが深い仲じゃないなんて信じないぜ」


 そうなのだ。そこを想定しておくべきだったのだ。

 現役高校生たちのコイバナに対する情熱を、俺は舐めていたのだ。

 女子生徒たちと話しているところを通りすがりに小耳にはさむことがあるが、彼女も何度か質問攻めをされていることがあった。

 このお詫びに何度か、帰り際にコロッケなどを奢っている。

 彼女は別に気にしていないと言っていたが、迷惑な物は迷惑だろう。


「あんまりしつこいと、勉強教えてやらんぞ」

「ひえ、それは困る~」「困る~」

「ったく。それじゃあ今日分からなかったところを教えてくれ。どうしてわからなかったのかもだ。何が分からないかわからないって奴は、後回しだ」


 そんなこんなで俺たちはこの高校にすっかりなじんでいた。

 といっても問題は完璧に解決したわけでない。

 未だに彼女を逆恨みしている人間はいる。

 しかし、それは俺がわざわざガードするまでもなく、他の友人たちによってガードされていくだろう。

 うん。ここまでやって、ようやく俺は彼女の友人としての務めを果たすことができたのだろう。


「親友、今日は何をたべる?」

「ああ、今日は俺購買だわ」

「またかい? 私のお弁当を分けてあげるから一緒に食べるんだ」


 ちなみにここ一か月の間に、俺と真鈴の仲は親友にランクアップした。

 昼食も一緒に食べる仲である。

 こんなことだから既に付き合っていると誤解されてしまうのだろうか。けど真鈴のご飯メチャクチャ美味しいんだよなぁ。

 自炊の習慣のない俺にしてみれば、彼女の手料理は本当にやさしい味がする。

 

「今日もごちになります。いいや、むしろこのおかずを食べるために俺は自炊の習慣を身に付けてこなかったのかもしれない」

「過言だよ。私の手料理だってお店に出せるレベルじゃない」

「そうか? メチャクチャ美味しいけど」

「…………もう」


 彼女はまるで何かを飲み込むかのように、おかずを口に運ぶ。

 どうかしたのだろうか。

 まあいいか。彼女の手料理を堪能するとしよう。

 俺はもぐもぐと手料理を食べながら、感じた幸福感を表情にそのまま浮かべる。


「何はともあれ、俺たちの学校生活は充実しているな。うまい飯があって、友達がいて、そして阿吽の呼吸の親友がいる」

「そうだね。このまま無事に卒業まで過ごせるといいね」


 今のなんか、フラグっぽかったな。



 □


 一人の少女が、廃工場で会話をしていた。

 相手は筋骨隆々の大男だ。


「ええ。そうよ。あの二人はこの学校にいる。これが詳細な地図よ」

「へえ。いやー情報提供感謝しますわ。おかげであの空間の奇術師を攫うことができる」


 まるでコンビニに買い物をしていくという軽いノリで、大男は犯罪を請け負った。

 その事の少女は驚く様子はない。そういう輩だと事前に知っているからだ。

 

「殺しても構わないわよ。ウチの企業を倒産に追い込んで、私の父を自殺未遂にまで追い込んだもの。死んで当然の人間よ」

「安心してくれよ。生きて捕まえた後は、死ぬよりひどい目に遭わせてやるからさ」

「それならこっちからももう少し資金提供を増加させようかしら」



 彼らの平穏な学校生活は、もろい薄氷の上にあった。

 その薄氷にも悪意によってひびが入りつつある。

 



――――

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