第2話 ワクワク学校生活
「そう言えば、どうして君は入学式初日から遅刻してきたんだい?」
「迷子の子供を交番に送り届けていたら、こんな時間になっちまったんだ」
「へぇ、いいやつだね。君」
二人並んで廊下を歩きながら進んでいく。
リノリウムの廊下を上履きで踏みしめながら歩いていく。
春の陽気が廊下に満ちていて、学ランだと少し暖かすぎるくらいだ。
そんな空気の中を少女は切り裂くように歩いた。
彼女は姿勢がいい。背筋に真っ直ぐに鉄の棒が入っているかのように、ピンと背筋を伸ばしている。それがまた少女の美しさを強調している。
といっても身長は女子の中でも低い方だ。
だからなんだか子供が見栄を張っているようにも俺には見える。微笑ましい。
そうしてそれとなく少女を観察しながら歩いていると、教室の窓越しに視線が投げかけられる。生徒たちの視線だ。元々俺は、事情を事前に学校に説明したうえで遅れる、と言っておいたので問題ないだろう。
彼女はどうなんだろうか? つまらないから自主退学をしようと考えていた彼女はいったいどんな気持ちで、こうして学校に戻ってきたのだろうか?
まあ、どんな心情であれ今は友達である以上、俺がサポートしなくてはならないだろう。
と、思っていたのだが。
「おや、戸崎さん。体調は大丈夫なのですか?」
「はい。治りました」
「そうですか。それは良かったです」
教室に入るや否や、体調を心配する教師に対して平然と嘘をついていた。
どうやら世渡りはそれなり以上に上手なようだ。
そんな彼女が自主退学をしようとした理由は何なのだろうか、と考えようとしたところですぐに答えが出た。
教室の後ろのほうから、ヒソヒソとした囁き声だ。
「何のために戻ってきたんだよ、勉強なんて必要なんかないくせに」
「お父さんの仕事を奪った程度じゃ足りないのかよ」
「帰れよ」「帰ってほしい」「ていうか消えて欲しい」
ワープマシンの実用化は、世界を一変させた。
特に影響が大きいのが物流だ。これまで大量の燃料と時間を消費して行っていた流通が、ワープマシンを動かす電力があれば一瞬で完了することができるのだ。
既にワープマシンの安全性と実用性は完全に確立されている。
莫大な恩恵を人類に与えたと言えるだろう。
しかし、幸福になった人ばかりではない。
物流を担っていた多くの人材が、その職を失い路頭に迷うことになったのだ。国も失業対策を色々と講じてるが、それでも全ての人を救えるわけではない。
そしてそうやって職を失った人間は、一人の少女へと憎悪を集中させるのだ。
その家族も例外ではないだろう。
要するに彼女は逆恨みされているのだ。自らが作り出した発明品によって。
考えが足りなかった。彼女を取り巻く環境は分かっていなければならないはずなのに。
しかし悩むのは後だ。友人が悪意に晒されている。ならば俺がどうにかしなければならないだろう。
というわけで俺は漫才をすることにした。
「どーも、頭でっかちーズでーす!」
「え?」
「(持ち前の頭脳で合わせてくれ)」
真鈴に耳打ちする。
そう言うと彼女は目をきらりと光らせた。彼女は自らの頭脳に誇りを持っている。こういう言い方をすれば、自然と合わせてくれるだろう。
「巷ではねぇ、私たち魔術師とか奇術師だかワーワー言われとりますけれど、本当は単に頭でっかちなだけなんですよー!」
「遠回しに自分たちは天才なんですって言ってないかい、それ」
いい感じに真鈴は乗ってくれた。
この感じで畳み掛ける!
「そんな私たちにもね、欠点という物がございますんでい。それは――」
「君はさっきから何弁で喋っているんだい? それで?」
「友達が全然いないんですよー!」
「わ、私は君以外にもちゃんといるもん!」
ここでクラスの人間から笑声が漏れる。半分以上は呆れ笑いだが、逆に言えば残り半分程度はそこそこウケている。
「というわけでね、私たちはこの学校に友達を作りに来ました。仲良くしてくれたら幸いでございます!」
「いや、持ち前の頭脳でなんとかしなさいよ!」
というわけで漫才は終わった。
予想よりウケたような気がする。苦笑が多めだが。が、重要なのは漫才がどれだけ面白かったでは、ない。
入学初日に、いきなり漫才を行うという突拍子もないことをするということによって、少女に貼られているレッテルを更新することだ。
『私たちの親の職業を奪った、空間の奇術師』から『初日に夫婦漫才を行う、だいぶ変な奴ら、の片割れ』に。
こうすることで少女に元々悪感情を抱いていない人たちが、彼女に話しかけやすくなるだろう。
もちろん今後の立ち回り次第でこの初日のレッテルは簡単に逆戻りしてしまうだろう。
ここから先は彼女自身の努力と頭脳でどうとでもできる領域だ。
問題は俺自身だな。この漫才をやったことで、新しい漫才を要求されるかもしれない。何かネタを考えておかなければらないだろう。
いやー楽しみだな、学校生活。
などと、正直漫才がウケたことかなり嬉しかった俺は、その日から漫才のネタを考えることを日課にするのだった。
ちなみに先に言っておくが、漫才を求められたことは一度もなかった。
悲しい。
――――
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