第18話 文化祭② アナタは何に誓いますか? そして何を悔いますか?
俺と真鈴は学園祭二日目の演劇を見ていた。
この学校の学園祭は二日間あり、場所ごとに異なった出し物が行われている。
そして今見ているのは、演劇部の『ロミオとジュリエット』だ。
そのあらすじを大雑把に解説すると一目惚れした男女が、なんやかんやすれ違って悲恋に終わってしまうという物語である。
割とハッピーエンド好きである俺には、正直受け付けない話だ。
「月なんかに誓わないで、か。君は何に誓う?」
「何を誓うんだよ」
「絶対に譲れないことを誓うときに、さ」
俺と真鈴は体育館の後ろのほうで見ているので、こうして雑談をする余地があった。
「うーん、何だろうな。何に誓うかか」
「私は夜の星々に誓うよ。あれはモノによって太陽よりも永いからね。そして現状の人間の手は決して届かない領域にあるから、他人にその誓いを汚される心配はない」
「なるほど。合理的だな。俺は……」
「難しい問いだったかな。逆にこれにだけは誓わないっていう物があるかな?」
「それは簡単な話だな。タイムマシンには誓わないと思うよ」
そう言うと少女は少し驚いた顔をしていた。
「どうしてだい?」
「あの理論はきっと生み出すべきではなかった物だ。人類に一つの選択肢を与えてしまった。時間を巻き戻せばなんだってやり直せてしまうっていう選択肢を」
「君にとってタイムマシンとは、あまり歓迎すべき代物ではないみたいだね」
「そうだな。実現もさせるべきモノではないと思うよ。まあこうして過去に来ている人がいない以上、誰も作らなかったと思うけれど」
というか作れないだろう。
高次元情報化のプロセスはひどく難解で複雑だ。タイムマシンのコア部分でありながらその構築には今後の技術発展を加味したとしても、軽く数千年以上の時間はかかるだろう。
そんな莫大な時間をタイムマシンに注ぎ込む集団は存在しえないだろう。普通の人間は時間を巻き戻らないことを受け入れて、粛々とそして丁寧に今を生きている。
逆にタイムマシンを作れるほどの権力を持てた集団ならば過去を変えられることを恐れてタイムマシンを厳しく規制するはずだ。
だからタイムマシンというのはやはり、机上の空論に過ぎないのだろう。
「だから俺は多分タイムマシンには誓わないと思うよ」
「そうか……。私は思いっ切りワープ装置にも誓うつもりだけれどね」
「そうなのか? ちなみに理由を聞いても?」
「もちろん」
彼女が言うにはワープ装置は人類に、自分を通して神が与えた福音だと考えているらしい。
まだ数年しか経っていない現状では、ワープ装置を受け入れられない人もいるだろう。しかし今後数十年で、人類はワープ装置に適応していくと考えている。
そうなれば人類は一気に発展する。
恒星間移動だって数百年の内に達成しうるだろう。
人類の限りない繁栄、その礎となる発明。つまりそれは永遠と言えるだろう。
「だから夜の星か、ワープ装置。そのどちらかに私は何か譲れない物を誓うと思うよ」
「そうか……」
「君もタイムマシンに誓えると良いね。せっかく作った大発明なんだから」
「そうかなぁ」
「自分の作り上げたものを自分で否定してしまうなんて、そんな悲しいことはないよ」
「それもそうだな。じゃあ俺もタイムマシンに誓うか」
「かるぅい……」
「良いじゃないか。きっと何かを誓うなんてことは、俺たちの人生にはほとんどないだろうからさ」
誓う前に行動して、実現する。それができる頭脳が俺たちには与えられている。
後は行動に移すだけだ。
今日の告白の時のように。
俺の心拍は否応なく高まっている。
今少女と握った手から体温と鼓動が伝わっていきはしないだろうかと、心配になってしまうほどだ。
□
演劇は終盤に差し掛かっている。
死体となったロミオにジュリエットがキスをして、死んでいると気づくシーンだ。
さすがは演劇部。絹を裂くような悲鳴を上げて見せる。
「悲しいね。何度もあの二人は、通じ合う瞬間があったのに、最後には死というモノが永遠に隔ててしまう」
「ああ。チャンスはいくつもあったのにな」
他人事のように俺たち二人はソレを見ている。
「君はさ、後悔したことってある?」
「後悔?」
「やっぱりタイムマシンの基礎理論を提唱してしまったこと?」
「それもあるな。でも一番後悔しているのは、父さんと母さんに行ってらっしゃいって言えなかったことだ」
「それは……」
「二人とも交通事故で死んだ。その時の俺は、呑気にゲームなんてしててさ。二人が仕事に行くときに適当に返事をしてしまったんだ」
「……だから、キミはタイムマシンの理論を……」
「初めはな」
俺は、真鈴の悲し気な瞳を見る。
「けれど、理論が完成して分かった。タイムマシンは少なくとも今を生きている人間には決して手が届かない存在であるべきなんだ。もう少し人間の理性が進化してから作り上げられるべきだ」
「そうだね。嫌なやついっぱいいるもんね」
「ああ。俺のアンチとか」
ふと、気になって真鈴に聞いてみる。
「真鈴は、後悔していることってあるのか?」
「私はね……。君にもっと早く会っておけばよかったと思っているよ」
「それって……」
「君に小中学生の時に出会っていれば、きっと私の人生は百八十度変わっていただろうね」
「? いや、知り合ったのが高校生の頃なんだから、それは後悔とは言えないんじゃないか?」
そう言うと真鈴は秘密を明かした。
「本当はね、私は君のことをずっと前から知っていたんだ。だって私に並ぶ天才だよ? 興味があるに決まっているじゃないか」
「なるほど、確かに」
「だから君のことは出会う前から大体なんでも知っていたんだ」
衝撃の事実。俺、すでに調査済みだった。
「最初に学校を自主退学しようとしたのは、キミの姿が見当たらなかったからさ」
「最初から俺目当てだったっていう、コト!?」
「ラーメンが私の好物になったのも、キミの好物だったからさ。試しに食べてみたらとてもおいしかったからね」
「好みを合わせてくれたって、コト!?」
「家の位置もとっくに把握済みだったよ。探偵をダース単位で雇っていたんだ。君の行動パターンはほぼすべて把握している」
「既に外堀は埋まっていたって、コト!?」
俺が驚いていると、少女は少しジト目になった。
「君は私に対して興味なかったみたいだけれど」
「う”」
「初対面の時なんか、露骨に警戒していたけれど」
「うう”」
「でも君が私をここまで導いてくれた。この楽しい学校生活には……」
演劇が終わる。人がはけていく。
そんな最中だ。
俺を呼ぶ声がした。
「宗片さん!」
「む?」
「あの、お久しぶりです」
「ああ、君は折本さん」
「はい。いま、よろしいですか?」
不安げな少女に、真鈴は笑みを返す。余裕たっぷりの笑顔だった。
「構わないよ」
「あの……、この後一緒に学園祭を回りませんか?」
「え」
「行っておいで。新しい友人と文化祭を回るのも一つの楽しみ方だろう」
「それも、そうかな……。なら真鈴も一緒に行くか?」
「え、それは……」
「私は遠慮しておくよ。流石にそれは悪い」
今はまだ君を独占する権利はないからね、と少女は呟く。
というわけで俺と折本さんは二人きりで文化祭を回ることになった。
「そうか。それなら行ってらっしゃい。また後でね」
「ああ。行ってきます」
折本さんがなぜ俺を誘ったのかは、分かっている。
俺のうぬぼれでなければ、あのためだろう。
ならば俺はソレに嘘偽りのない返答をしなければならない。
何よりここで逃げることは誠意のないことだろう。だから折本さんの誘いを受けた。
あるいは、ここで真鈴と二人気になることを選んでいたら何か違ったのだろうか?
答えは分からない。
――――
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