第19話 文化祭③ 校内散策 そして告白
ざわざわと、やたら俺に無遠慮な視線が浴びせられる。
乗り換えたのか、だとか。また新しい美少女をつれている、だとか。
まあ前者に関しては即座に「まだ付き合ってないだろー」と別の人間の突込みが入ったが。
つくづく思うが、この学校は良い雰囲気だ。
俺という人殺しを、優しく受け入れてくれる。
そんなことを感じながら折本さんと並んで歩いていく。
彼女はずっと頬が赤い。熱でもあるのだろうか。
「あ、あの、何処回りましょうか……」
「ちょうど三時ぐらいだからな。何か食べようか」
というわけではいったのは、俺のクラスがやってる執事&メイド喫茶である。
ここは真鈴が料理を作ったりしてくれているため、味に関していえば折り紙付きだ。
ということを折本さんに説明すると彼女の表情は微かに曇ってしまった。
何故だ。
しかしその表情も実際にパンケーキを食べるとパァッと晴れる。
「美味しい……!」
「だろう? うちのクラスの料理人たちは、性格だけじゃなくて腕もいいんだ」
そうやって褒めるとクラスメイト達は、頼んでないのにドリンクをもってきてくれた。
そんなサービスをして大丈夫なのだろうか。
「よし、腹も膨れたところで、次はどこに向かおうか」
「お、お化け屋敷に向かいませんか?」
「良いね。それじゃあ向かおうか」
そういうわけで俺たちは二人並んで歩いていく。
人混みの多い廊下を歩いていくうちに、たびたび俺と彼女の手が触れ合う。
けれどつなぐことはしなかった。
何となく、真鈴の顔が思い浮かんだからだ。
「お、着いたみたいだな」
「ここが2-Aのお化け屋敷か」
何でも怖すぎて失神した人が出たという話もあるぐらいの恐怖感らしい。
教室に入ると、教室の前方の一部がシアタールームとして区切られていた。なるほど、こうしてこのお化け屋敷の設定を語ることによって没入感を高めているのか。
そういうわけでわりと真剣にこのお化け屋敷の設定に耳を傾けていると、俺は折本さんに手を握られた。
「あの……、手を握ってくれませんか? 怖いんです」
「いいぜ。お安い御用だ」
そうして俺と折本さんは二人でお化け屋敷へと進入していく。
お化け屋敷は学生が作ったと思えないほど、盛況でそして恐ろしかった。
俺も流石に背筋が凍るような思いをこんなところでするとは思わなかった。
「すごく、怖かったですね」
「ああ。拍手をしたくなるようなクオリティだった」
「あ! すいません、手を握ったままでした……」
名残惜しそうに手を離す彼女の手を俺は追いかけるような真似をしなかった。
「あの……、宗片さん。次はどこに行きましょうか?」
「うーん。飯は食ったし、お化け屋敷も行ったとなると……、あとは……」
「あの、旧校舎のほうに行きませんか? そこでも出し物はしているみたいですし」
「お、良いね。行ってみようか」
買い食いもありだろう。俺の腹にはまだ余裕があるし。
そう考えて俺は呑気についていった。
□
そうして人気のない場所にたどり着くと、俺と折本さんは向かい合った。
「あの、宗片真夜星さん!」
「はい。なんでしょうか」
「私と付き合ってください!」
「え……」
「あの、本当はずっと憧れていて――」
何でも彼女の話を要約するとこうらしい。
もともと物理学者を目指していた彼女は俺の理論を見て、その精緻さと美しさに憧れを抱いたらしい。
この学校に入学したのも、俺がこの学校に入るという噂を聞いたからだそうだ。
そしてテロリストの事件が起こった。その時は恐ろしいと思ったが、時間がたつにつれて感謝の念が強くなっていたらしい。
そして決定打となったのは、迷子の弟を助けてくれたことらしい。
弟から聞いたそうだ。俺が迷子の彼にどう接していたかどうかを。
成るほど、今までの話を聞いて彼女が俺に惚れるのは理解できる話だった。
きっとこうなると理解できていた。
俺は真鈴への思いを自覚してから、そう言った部分が理解できるようになった気がする。
だから俺の答えは一つだけだ。
「ごめん。他に好きな人がいるんだ」
思い描くのは彼女の笑顔。その笑顔が脳裏にある限り、俺は他の人を『 』することはないだろう。
その答えに折本さんは、涙ながらに笑顔を浮かべた。
「分かっています。最初から、勝ち目がないってことぐらい」
「すまない」
「謝らないでください。今日、文化祭を一緒に回ってくれて、嬉しかったです」
ソレだけを言って、少女は去っていく。
俺はそこで立ち尽くす。
思えば人を振るのは初めての経験だった。
……嫌な気分だ。どちらも悪くないのに、胸にしこりのようなモノが残ってしまう。
「なんか食べるか」
即座に真鈴のもとに行こうとは思わなかった。何となくそれは不義理のような気がしたのだ。
そう考えた俺は胸のしこりを打ち消すために胃の中に何かを入れることにした。
□
断ってくれた。
私はそのことに無上の喜びを感じていた。そしてその文言は、『他に好きな人がいるから』
自分のことだと思うのはうぬぼれだろうか。
いやそうではないだろう。
真夜星の行動はすべて把握している。自分以上に深いかかわりの女性なんていない。
だから、真夜星の『 』きな相手は――。
告白を聞いていたのは完全なる偶然だった。
折本さんと真夜星が二人で行動しているのを見たくない自分は、人のほとんどいない、旧校舎の裏庭に居たのだ。
そこを折本さんが告白の場所の選んだのが裏目に出た。
そして私は彼女の告白を盗み聞くような真似をする羽目になったのだ。
はっきり言おう。
多分折本さんと同じぐらい私は緊張していたと思う。
手が白くなるぐらい握り拳には力が籠められ、額からは冷や汗が止まらなかった。動悸はひどく、二人にまで聞こえてしまうんじゃないだろうかとあり得ない心配をしてしまったぐらいだ。
もし彼が折本さんの告白に『はい』などと答えようものなら、私はその場で恥も外聞もなく泣き出していただろう。
そしてそのまま学校から逃げ出して、世界の果てに逃げ出して、そこで飲まず食わずで過ごして――もっと厳密に言えば、何も食べる気力を無くして――飢えて死んでいくことを選んでいただろう。
けれど彼は断ってくれた。
他に好きな人がいるから、と。
こんなに、嬉しいことはないだろう。
そうやって無上の喜びに包まれていると、スマフォが鳴った。
「? 一体なんだ?」
あるいは、ここで電話を取らなければ、何か未来が変わったのだろうか。
□
「旨いな」
俺はアメリカンドックとフランクフルトを頬張っていた。
旨い。ウチの高校の文化祭は全体的にクオリティが高い。そうしながら俺は考える。真鈴のどうやって告白するかを。
場所はどこがいいだろうか?
なるべく人目につかない場所がいい。もしかしたら、キスをするかもしれないから。
旧校舎の屋上なんてどうだろうか。一応立ち入り禁止にはなっていないが、アクセスが悪いせいか人がほとんどいないのだ。
決めた。旧校舎の屋上にしよう。
そこに彼女を呼び出そう。
正直俺と彼女が出会った校門前もありかな、と思ったがさすがにそこは人通りが多すぎる。
告白は誰にも聞かれたくないのだ。彼女以外の誰にも。
なので俺は、旧校舎の屋上に彼女を呼び出すことにした。
「もしもし、真鈴?」
「あぁ、真夜星かい? どうかしたのかい?」
「あー、ちょっと旧校舎の屋上に来てほしくてな。話したいことがあるんだ」
「奇遇だね。私も君に話したいことがあるんだ。とても重要な話なんだ」
「俺もだ」
もしかしたら彼女も、俺と同じ考えでこの文化祭の終わりに告白する予定だったのだろうか。
ならば早い者勝ちだ。何よりこういうのは男から告白するべきだろう。
そんなことを俺は呑気に考えていた。
本当に、少し考えれば分かるはずのことだったのに。それを見逃した。
だから俺は一生後悔し続けるだろう。
「それじゃあ旧校舎の屋上で待ってるよ」
「ああ。すぐに向かう」
――――
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