第20話 思いは通じても……
俺は旧校舎の屋上で夕日を眺めていた。
美しい夕日だ。絶妙な角度から光が大気に入っているのだろう、世界が黄金色に輝いている。
風も優しい。頬を撫でるソレは、まるで俺の背中を押しているかのようだ。
絶好のロケーションだ。
後は彼女が来るのを待つだけでいい。
俺はその瞬間を今か、今かと待っていた。
「すまない。真夜星、遅れてしまったかな」
「いいや、今来たところだぜ」
待っていたが十五分ぐらいのことだ。彼女が来てくれたことでそんな時間なんて一瞬にも満たないぐらいの待ち時間に感じられる。
さあ、言おう。そして一歩踏み出そう。
親友と言う関係から、その一歩先へと。
「なあ、真鈴。君に話が――」
「その前に、私からいいかな。とても重要な話なんだ」
そういう彼女の顔は、見たことないぐらい悲しそうな顔をしていた。よく見れば、彼女の目が赤い。
泣きはらした後なのだろうか。
では一体何が彼女を泣かせたのだ?
「どうした。何かあったのか?」
彼女の身と心を案じる。もし何かが彼女を傷つけたのならば、俺はソレを一章許さず、ソレを破壊することに全ての力を投じるだろう。
「私さ、スイスのセルンに行くことになったんだ」
「え?」
スイスのセルンと言えば、世界最大の粒子加速器を保有している、素粒子物理学研究所だ。真鈴がワープ装置を開発してから空間物理学というモノも研究するようになった場所だ。
成るほど、彼女が研究する場所としてこれ以上相応しい場所はないだろう。
しかし俺は納得できない。
「いきなり、どうしてだ? 学校、通うんじゃなかったのか?」
前に話したことがある。
高校を卒業したらどうしたいか、を。だから自然に一緒に卒業するモノだと思っていた。それが覆された。何故だ。
「何か、いやなことがあったのか? 誰かに命令されたのか? 俺にも教えてくれ。俺ならそいつをどうとでも――」
「できないよ。君でもどうにもならない」
少女は、泣いていた。
「私たちの行動は監視されている。日本の公安に。けど日本だけじゃない、世界各国の諜報機関が監視しているんだ。それは何となくわかるよね」
「ああ。いつもつけてきている連中だろう? ソレがどうしたっていうんだ? いつものことじゃないか。俺たちが出会う前からそうだっただろう?」
そうだね、と少女は頷く。
「そんな彼らでも想像してなかったらしいよ。私たちがこんなに深い仲になるなんて」
「そりゃあ、そうなるのは俺たちの勝手だろう。想像できる出来ないじゃなくて。俺たちの自由だ」
少女は涙をぬぐうことすらしなかった。
「うん。私たちの自由だ。誰と仲良くなろうが、誰を嫌おうが。けれど自由でないことがある。何を作るか。それに関しては協定によって厳しく規制されている」
「兵器類だろう? いいじゃないか。そもそも作る気なんてないんだし」
「そうだね。各国の思惑から兵器類の作成は禁止されている。けれど彼らはソレに私たちが従うとは思えなかったみたいなんだ。私たちは彼らからしてみれば、一種の爆弾なんだよ。火炎と衝撃よりも、もっと多く人を殺せる
私たちは彼らに信頼されていないんだよ。
そう彼女は続けた。
「さっきから彼らって誰だよ。一体だれがお前をこの高校から引き放そうとするんだよ」
「君ならわかるだろう? 彼らというのは、『世界』だよ。『世界』というモノが私をスイスに閉じ込めようとするんだ」
「閉じ込めるって、日本にはもう二度と帰ってこれないってことか?」
そうだよ、少女は涙を流しながらか細い声でつぶやいた。
「どうして……」
「どうしても何もないよ。世界というモノは羨ましかったんだろうね。私たちの頭脳の恩恵を真っ先に受ける日本という国が」
「……技術提供は時間差はあれど全ての国に等しく行われた。それは確かに確認したはずだ」
俺は極秘裏の世界各国の軍用ネットワークにバックドアを設けている。ハッキング用の窓口のことだ。それを使用して、俺は世界各国が俺たちの技術を悪用していないかを調べているのだ。それの調査では、ほとんどの国が問題なかった。問題の合った国には、即座に技術提供を停止したはずだ。
二人でそのバックドアは作り上げた。真鈴も知っているはずだ。
「彼らはソレを信じない。いいや、違うね。事実なんてどうでもいいんだ。自らの国益を損なう可能性さえあれば、彼らはどこまでも非道で卑劣になれるんだ」
「疑わしいってだけで、君をスイスに封じ込めるのか?」
「そうだね。永世中立国であるスイスならば、信頼できるということなんだろう」
なら、と俺は続ける。
「俺もスイスに行けばいい。そうすれば――」
「駄目なんだ。それだけは、ダメなんだ」
真鈴は遂に嗚咽を漏らし始めた。発する言葉がとぎれとぎれになってしまう。
「君と私が共謀すれば、簡単に協定の裏をかくことが、できると思われているんだ。そしてそれ以上に君と私が結婚して、子供を産んで、その子供がどれほどの才能を持ち合わせているかを、世界各国は危惧しているんだ」
頭の良さというのは、遺伝と環境で作られる。
俺たちの頭脳が遺伝して、俺たちの手によって育てられた子供はどうなるだろうか。
「俺たちの子供が、世界の脅威になるなんて、あり得ない。俺たちの子供に望むことは二つだけだ。健やかに生きてくれることと、人を愛せる大人に育つこと。それ以外はどうでもいい。世界の脅威になんて、俺がさせない!」
俺は力強く断言した。彼女は涙を流しながら笑みを浮かべる。
「君ならそう言ってくれると思った。けどね。それを『世界』は信じてくれないんだ。もっと厳密に言えば、世界の脅威になる『可能性』があるのならば、そんな子供は生まれない方がいいとすら考えているんだ」
「そんなの、身勝手だ!」
「私も、そう思うよ」
でもね。
少女は続けた。
「その身勝手に、私たちは打ち勝つ力をもっていないんだ」
俺と真鈴の間に沈黙が広がる。
再び口を開いたのは真鈴だった。
「わた、私たちがどれだけ頭が良かったとしても、どれだけIQが髙かったとしても、私たちは一緒になることはできないんだ。なぜなら世界がソレを阻むから。私は君以外を愛するなんて考えられない。けれど君を愛すれば、それを世界が引き裂きにかかる。だからきっと、私たちは――」
――出会うべきではなかったんだ。
「そんな、そんな悲しいこと、言うなよ……」
俺は絞り出すようにソレだけを言った。
少女の嗚咽は止まらなかった。
ソレを止めるために、俺は告げる。
「俺は、君のことが「言わないで!!」
告げようとした。
ソレを今まで聞いたこともないような大きな声で、強い口調で遮られた。
「それを言われてしまっては、私はもう二度と君から離れられなくなってしまうから。だから、言わないで」
「そんな……」
「ごめん。ごめん……。私はもっと君と一緒にいたかった。もっと君と一緒に喋っていたかった。もっと君と学校生活を楽しみたかった。もっと君と一緒に食事をしたかった! もっと君と手料理をご馳走したかった!! 君に、ちゃんと言いたかった……」
何を言いたかったか。言われなくても分かった。言われなくても分かったのに、それを言えなかった。
「バイバイ。真夜星。君と出会えたことは一生、ううん。死んでも忘れないよ」
そう言って少女は去っていた。
俺は立ち尽くすことしかできなかった。
用務員さんが屋上を閉めにくるまでずっとそうしていた。
□
あれ以来彼女とは連絡を取れていない。
電話をかけても着信拒否をされているからだ。
こうして、俺と彼女の関係は終わった。
思いは通じても、世界がソレを阻んだから。
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