第8話 誕生日おめでとう。
授業が終わり、真鈴に連れ出されて教室を出ていた俺。
探し物があるという彼女についていったが、特に何を探しているかは言われず、収支疑問符を浮かべていた。が、教室に戻った瞬間に納得ができた。
「誕生日おめでとう!」
「「「おめでとう!!」」」
教室に入るや否や、クラッカーが鳴らされる。
俺はびっくりした。事実俺の誕生日なのだ。そしてクラスメイト達の笑顔が俺に向けられている以上、俺を祝うためのクラッカーなのだろう。
そして教室の飾りつけ。この時間を稼ぐために、俺を連れまわしていたのだろう。
「お、おう。ありがとう」
「ふふふ。ついにお前さんのびっくりしている顔を見れたぜ」
「命の恩人に恩返しするなんて当たり前のことよ」
「普段も勉強を教えてもらってばっかりだしな」
「でもおかげでうちのクラス、他よりもテストの平均点がバカ高いんだとよ」
「いやー、『頭でっかちーズ』様様だね」
クラスメイト達はいい奴らだ。
助けるためとは言え、人殺しをした俺を優しく受け入れてくれる。天才であるがゆえに人から孤立していることが多い俺や真鈴としっかり、仲良くしてくれている。
ちょっと泣く。
「マジでありがとう」
「え、泣いてる」
「いや、サプライズされたのは初めてなんだ。それが嬉しくて……」
「マジで、お前なら友達沢山いそうじゃん」
「いや、小中学校じゃあんまり馴染めなかったんだ。研究もあったし」
というか、学校に居場所がなかったから研究に没頭していたとも言える。その果てにタイムマシンを理論上実現可能してしまったのだから、自分でもちょっと自分がおかしいと思う。
まあ、結局理論上可能にしただけでパラドックスは解決できてないし、一グラムの物質をタイムスリップさせるだけで太陽の15パーセントのエネルギーを必要としてしまうのだけど。
今後数万年間は人類にとってタイムマシンは夢の機械であり続けるだろう。
俺は友人たちと一緒に、食事を楽しんだ。
もともとここの校風はかなり緩く、授業中でなければゲーム機を使用しても構わないし、お菓子を持ち込んでも構わないというふうになっている。
というわけで、パーティ開きをされたポテチをつまみながらコップに注がれた炭酸を飲む。
うまい。
幸せで太りそうだ。今日帰ったら運動しよう。
クラスメイト達も楽しんでいるようだ。主役である俺そっちのけでふざけて寸劇をやり出した。面白い。
「楽しんでいるかい?」
「ああ。とてもな」
「今日のこれ、私が企画したんだよ?」
「まじで?」
「大マジさ」
「なんで?」
「おいおい、親友だろう? 無粋なことを聞くなよ」
そう言うと少女はオレンジジュースを口に運ぶ。
そのまままっさらな喉をコクリと鳴らして、飲み込む。
「ほんとはね、キミに伝えたいことがあったんだ。こうして特別な場所を設けたくなるぐらいにね」
「例えば、どんな?」
「真夜星。ありがとう、私と出会ってくれて」
少女がその美しい顔に笑みを浮かべる。
輝くような笑顔だった。
「……いいってことよ」
「もう、そんな簡単に済ませて。けど私は君のそういうところが――」
「そういうところが?」
「――なんでもない」
少女の薄紅色の唇は固く結ばれた。
その言葉だけは決して漏れ出してはいけないように。
その先に続く言葉が何なのかは、俺には分からない。彼女は一体何が言いたいのだろうか?
気になる。どうしても気になる。
けど聞けない。
聞けば、『親友』というひどく心地いい関係が壊れてしまうような気がして。
案外、聞いても何も変わらないかもしれない。親友同士のままでいられるかもしれない。
この息ピッタリの、相棒とすら呼べそうな少女と。
けれど俺は怖かった。
ヒトとここまで親しくなったのは、生まれて初めてなのだ。
だから分からない。どこまで踏み込むことができるのか。どこまでその心に触れていいのか。
俺はずっと友達がいなかった。
両親を早くに亡くして、その莫大な遺産が懐に転がり込んでからは、親戚すら敵になった。
両親の知り合いの弁護士に助けられながら莫大な遺産を守り抜いた。その過程で俺は少し人間不信になった。
親戚を騙る敵たちが、あまりに醜く俺の財産を狙ってきたからだ。
そのせいで、俺は大小さまざまな嫌がらせを受けた。
学校でもあらぬうわさが広まっていじめられた。
多分彼らは俺の優れた頭脳による場違いさを、疎ましく思っていたのだろう。
そんな寂しさを埋めるように研究に没頭した。
元々読書は好きだったし、その延長線上によく論文を自力で翻訳して読んでいた。
そんな俺は両親にもう一度会いたかったから、研究の目的をタイムマシンに絞った。
二年間小学校には通わなかった。
その二年間で俺はタイムマシンの基礎理論を構築。
答え合わせ感覚で、世界各国の研究機関に論文を送りつけ、それら全てでその論文の正しさが証明された。
そこから俺の孤独は加速した。
何せノーベル賞が幾つあっても足りない論文を十五歳にも満たない少年が発表したのだ。その知的価値は俺がこれまで持っていた財産よりも遥かに過大な物になった。
そんな子供にまともな大人が寄ってくるわけがない。
ネットでもアンチが生まれ、とんでもない誹謗中傷が書き込まれたりもした(まあ全員訴えて、勝訴して賠償金をもぎ取ったが)。
ネットでこれなのだ。現実世界ではもっとひどかった。
ちょっと言いたくないレベルだ。
それでも語るとしたら、俺は上履きなどの本来学校に置いておく物も常に持ち帰らなくてはならなかったと言えば、その酷さが分かるだろう。
何せ置きっぱなしだとどんな風に汚されるか分からないからだ。
人と仲良くする方法、理論は分かるには、分かるのだ。
けれどそれを実行に移す勇気がない。
何度も人に傷つけられるうちに、すっかり人と関わるのが怖くなってしまっていた。
そんな俺は一人ひたすら自分の肉体と知識を磨き続けるといった生活を続けていた。
だから、俺は高校でもそういうふうに過ごしていくんだろうと思っていた。
けれど、真鈴と出会った。
あの校門での出会いが、絞り出すことができた勇気が俺を変えてくれた。
俺こそが。
あの時真鈴に出会えてよかったと思っているんだ。
あの時であえて、真鈴のためという大義名分を得たからこそ、俺は友達作りのために自分の頭脳を使うことができた。
真鈴はかけがえのない存在だ。
だから、怖い。
『親友』というカテゴリから外れてしまって、彼女と離れ離れになるのが俺は怖い。
きっとそんな薄情なことはないだろうと、俺の頭脳が言っている。
けれど心はそうじゃない。
どうしようもなく怯えている。
だから今は、このままでいよう。
彼女との親友という立場に甘んじていよう。
いつかきっと踏み出さなくてはならない時が来るだろう。
けれど今はこのままでいい。今は。
俺はそう思った。
この時の決断を一生後悔することになるとも知らずに。
□
某国間ホットラインにて。
「彼と彼女の特異的頭脳は、まさしくパンドラの箱です。西側諸国が保有しているどんな核兵器よりも強力で凶悪でしょう。故に我々は『対策』を講じなければなりません」
「なるほど。それは確かにそうだ。しかしどうするのだね。暗殺でもするのかね?」
「それはもったいないでしょう。パンドラの箱には希望だって入っている。彼らの頭脳は生かさず殺さず飼い殺しがいい。そのためにはまず、西側諸国の手から彼か彼女のどちらかを、『解放』しなくてはならない」
「妙案だな。次の国際会議では、そこを重点的に狙ってみよう」
――――
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