第二章 二人の夏休み
第9話 図書館での二人の勉強会
俺は夏休みの課題は七月中に終わらせるタイプの人間だ。
初日に終わらせるのはさすがにやりすぎだと思うのだ。そもそもの話。夏休みの課題とは授業の無い夏休みであったとしても、勉強の習慣が途絶えないように行われるものだ。
なので、俺はこう考える。
夏休みの課題は、一学期の授業の復習として七月中の二週間に。
八月の上旬は二学期の予習に。下旬は夏休み明けのテストに備えたテスト勉強に。
といったように適宜、勉強の習慣を途絶えさせず、そこから一歩進んで目的に応じた勉強をするべきなのだと。
といったことを友人たちに話したところ、少し引かれた。解せぬ。
何でも流石にそこまでやるのは真面目過ぎるとのことだった。
真鈴だけは、キミは単純な発想力だけじゃなくて、物事の取り組み方に至るまで賢いのだねと褒めてくれた。
そして今日はそんな真鈴とオンリーワンで勉強会を開いていた。場所は図書館だ。
静謐な空気と紙の香りが俺たちの気分を落ち着かせ、勉強に集中させてくれる。
といっても夏休みの課題を二人でやっているのではない。夏休み中も週一で開催する大規模勉強会――参加人数50人超え――のための問題作成を含めた指導内容を確認しているのであった。
基本的に俺と真鈴は頭がいいので、たとえ国内有数の進学校の授業であろうと難なくついていけている。
そこからさらに人に教えるという行為によって理解を深めている。
なので俺たちは一学期の中間、期末でも同率一位を取っている。
そんな感じで俺たちの勉強面での学校生活はひどく順調だった。
問題作成もひと段落し、息抜きに気になった論文をジャンルを問わずに読んでいると真鈴が話しかけてきた。
「本当に暑いよね。最近」
「そうだなぁ。年々暑くなるよな。俺たちがもっと小さかったころは35度だったら暑いね、っていうレベルだったのに」
「今じゃあ比較的涼しい扱いだよね」
「ここら辺は日本でも真ん中あたりだからな。気温も真ん中あたりなんだけどな」
「そもそもの平均的に高いからね。これが北海道とかだったらもっと涼しいのかな?」
「そこまで行かなくても軽井沢とかの避暑地とかだったらもっと涼しいんじゃないか? 軽井沢に別荘とかもってないのか? 真鈴って稼いでるじゃん」
そうなのだ。真鈴はめちゃくちゃ稼いでる。
ワープ装置の特許だけで、七代先まで遊んで暮らせるほどのお金を稼いでいるだろう。
長者番付でも上位十名に数えられている。
そんな彼女だからこそ別荘の一つや二つをもっていそうなものだと考えたのが、そうでもないらしい。
「私は基本的に無駄遣いはしない主義なんだ。使うかどうかも分からない別荘なんて買う気は起きないね」
「それもそうか。俺も親から受け継いだマンションはあるけど、それだけだしな」
避暑地に避難といった手段は使えないようだ。
「しかし夏休みが勉強だけなんて言うのも寂しいよな。家でパーっと遊ぶか? みんなを呼んでさ」
「それもいいけど、私としては旅行がしたいね」
「旅行かー。どこに行く? ていうか何人で行く?」
軽い問いだった。行くとしてももっと先になるだろうと思っていた。
「明後日にチケットを取ってあるんだ。行先は東京。行くのは君と私の二人だけ。どうかな」
「………………パードゥン?」
いきなり何を言っているんだこの子は。
「だからね、真夜星」
彼女は息を吸って、吐いて。意を決した様子で言い放った。
「私と二人きりで東京観光としゃれこまないかい?」
「マジで言っている? 男と二人きりで旅行だぞ? 花の女子高生と思春期真っ盛りの男子高校生が」
こう、なんというか。
ダメだろうソレは。一線を超えている。そんな感じのことを言うと少女はニヤリと笑った。
「なるほど。君にとって私は魅力的過ぎて、旅行という周囲の人間から隔絶された状況下では手を出しかねないということだね」
明らかな挑発だ。
けれど俺は淡々と返す。
「いや魅力的なのは本当にそうだけど、お前はもっと警戒心を抱いた方がいいぞ。俺も一応男なんだから」
ソレに彼女は不服そうに返す。
「私は君を心底信頼している。同意も得ずに私と性的な行為に及ぶことはないとね。君はそんな私の信頼を蔑ろにするのかい?」
「ぐっ、そう言われると弱いな……」
確かに彼女の信頼を裏切ることは俺にはできない。
というかしたくない。なので彼女の一言は効果てきめんだった。
「それじゃあ一緒に行くってことでいいね」
「いきなりだなぁ」
「い、いやなのかい?」
少女は不安げに尋ねてくる。きっと彼女が既にチケットを予約しているのは、俺に逃げ道を与えないためだろう。選択肢を先に奪うことで思考を狭める。こざかしいとも人によっては言えるだろう。
けれど俺はそんな彼女の小細工を可愛らしいと思えた。
「いいや。いやじゃない。行くと決めたら、楽しみになってきた」
「本当かい!?」
図書館ということも忘れて大声を出す彼女。俺は彼女と共に周囲に頭を下げた。
少し頬を赤らめながら、少女は言う。
「楽しもうね。旅行」
「ああ。楽しみだな」
東京観光。一体俺たちに何が待ち受けているのだろうか。
□
チャンスだと、私は思った。
彼との仲を進展させる絶好の機会であると。
彼は顔がいい。背も高い。何より優しい。頭は当然、最高に良い。だから非常にモテる。
どのくらいモテるかというと、ファンクラブは既に他校の参加者もいるぐらいだ。
本人は全く気付いていないし、私の存在が一つのけん制となっているがゆえに告白などの行動に出る人間はいないが、時間の問題だろう。
あくまで親友としてみるのならば、彼がモテるというのは誇らしいことだ。
例えば、実は彼が登校するのを遠巻きに見ている女子生徒たちがいるということも。
例えば、彼と私の勉強会に参加する女子生徒は、そのほとんどが彼目当てであるということも。
例えば、彼の顔写真がこっそり出回っているということも。
例えば、水泳の時間に披露された見事な彼のシックスパックに、黄色い歓声を上げた女子生徒が大量にいるということも。
例えば、彼に話しかけられただけでその女子生徒は、他の女子生徒から羨望の眼差しを受けるということも。
例えば、モテすぎて抜け駆けをしないように一つの協定が女子の間で作られていることも(私は参加していない)。
あくまで親友としてみるのならば、そのモテっぷりに一つ揶揄う程度だろう。
けれど私は親友で終わるつもりは毛頭ない。
彼ともっと近づきたい。もっと親密になりたい。もっと『 』されたい。
なぜなら一番大切な人だから。
私に学校の楽しさを教えてくれた。私の命を救ってくれた。私の生きる指針になってくれた。
そんな彼に、私はもっと寄り添いたいのだ。
今の生活も確かに心地よい。
帰りにほとんど毎日といっていいほど、カフェかラーメン屋による生活は、彼の豊富な知識と卓越したユーモアセンスと目を見張るような閃きを雑談で堪能できる、最も幸福な時間と言っていいだろう。
時折行う勉強会の打ち合わせでは、彼の高校生とは思えない問題作成能力とここの学生に寄り添うその心情は間近で見ている私だからこそその凄さを如実に感じられる。
休日なんか彼と一緒に彼の自宅であるマンションの一室で一緒に昼食を作ったりするが、ああして呼吸を合わせて共同作業をしていると、その、なんというか『新婚さん』みたいで、なんというか、すごく。
良い。
そんな関係がずっと続くのもとてもいいことかもしれない。
けれど、リスクを冒さずして、リターンはあり得ない。
私は挑戦する。この二人きりの旅行で。
そして何としてでも、関係を進展させて見せる。
――――
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