第11話 夜のクルーズ

 夕飯は船の上で食べることになっている。

 豪華客船に乗って、そこでバイキングとしゃれこむのだ。

 ちなみに一泊するのも、このホテルの客室だ。一級客室を二つ取ってある。

 

「わー! 広いねぇ!」

「確かにな。本来は世界一周するような豪華客船だからな」


 ソレをメンテナンスと試運転を兼ねて三日だけ東京湾を航行するのだ。

 なので俺たちは三日だけこの船に乗ることができている。


「本当にすごいね。まるで一つのショッピングモールが浮かんでいるみたいだ」

「飯までまだ時間あるな。お! カジノがある! 行ってみようぜ!」

「私たちは未成年だよ?」

「ふふふ、ここのカジノは何と、お金をかけるんじゃないんだ。配られたメダルを賭けるんだ。換金もできない。だから賭博には当たらないんだ」

「なるほど、メダルゲームみたいなものか」

「そのとーり。だからお子様でも遠慮なく楽しめるっていう寸法だ」


 というわけで俺たちはドレスコードをしっかり守って、メダルカジノへと潜入する。

 ちなみに俺はタキシードで、真鈴は青色のドレスだ。

 

 深海を思わせる藍色は、彼女の知的な雰囲気によく似合っていた。

 その事を口に出すと彼女はひどく嬉しそうにほほ笑む。


「君のタキシード姿もとても似合っているよ。普段よりも凄く大人っぽく見える」

「馬子にも衣装って感じだよな」

「(どっちかって言うと鬼に金棒、て感じだね)」


 彼女が何かを言ったような気がするがうまく聞き取れなかった。

 そして俺の興味はすぐに目の前のメダルカジノへと移っていく。


「おお、賭けているのはメダルだけど、やってることはマジのカジノだな」

「ドリンクも配られているんだ。本格的だね」


 俺たちはウェイトレスからドリンクをいただいて、まずはどんな種目があるのかを一通り見て回ることにした。

 まずはトランプを使ったモノだ。


「これはどうかな?」

「いやートランプ系統は手札とか簡単に把握できちゃうしな」


 俺たち脳みそならば、簡単に山札と手札の推測ができてしまう。金を荒稼ぎするのならばそれでもいいだろうが、今回は完全に遊びに来たのだ。

 というわけで却下。


「次はスロットマシンか。これはいいかもしれんぞ?」

「それじゃあやってみようか」


 というわけでやってみた。

 もちろん狙うのは777だ。

 数階ほどスロットマシンをやってみて、俺たちは失敗に気付く。

 これ、目押しができる奴だと。

 結果は。


「凄く、儲けちゃったね」

「いやぁ動体視力も凄い方だからな。俺ら」

 

 抱えきれないほどのメダルを手にしてしまった。正直対戦相手に慮る必要ないスロットマシーンは手加減の必要が無いのでとても楽しかったのだが、いくら何でもこれはやりすぎだろう。


 ソレを見たウェイトレスの方たちが、俺たちに近づいてきた。もしや荒稼ぎしたことを怒られるのだろうかと身構えていると、彼女達はにこやかな笑顔を浮かべてこういった。


「メダルをおまとめいたしましょうか?」

「あ、よろしくお願いします」


 というわけでメダルをまとめてもらった。

 俺たちが最後に目指したのは、ルーレットだ。


「そうだ。ここで勝った方が負けたほうの言うことを何でも聞くってことにしないかい?」

「ほう、いいだろう。ルーレットならば公平だろうしな」

「決まりだね。あ、願い事は法に触れない範囲で頼むよ」

「もちろんだ」


 というわけで俺は黒に、真鈴は赤に賭けた。

 弾が放り込まれ、転がっていく。

 ルーレットの速度が次第に落ちていき、止まる。

 ボールの動きは止まらない。まだまだ転がっていく。

 赤色か、黒色か。どちらに止まるのか。

 俺たちは手に汗を握る。

 

 ボールは転がっていく。数字は関係ない。重要なのは、色だ。

 コロコロと次第に速度を落としていくボール。


(赤よ来い! 赤よ来い! 赤よ来い!)

(黒! 黒! 黒!)


 止まったのは……


「やったぁ!」

「ぐぬぬぬぬ」


 赤だった。真鈴の勝ちだ。


「それで何を命令するんだ?」

「それはまだ内緒。それよりお腹が減ったよ。ご飯を食べに行こう」


 気になるぅ。一体何を命令するつもりなんだろうか。



 □



 もやもやするモノを抱えながらの夕飯である。

 しかし俺たちの目の前に広がる絶景に、そんなモヤモヤは吹き飛んだ。


「和洋中、揃い踏みか。腕がなるぜ」

「なっているのはお腹だろう? でも気持ちも分かるよ。ここまでたくさんの料理があるとなると、私の心も躍るね」


 この光景を見て心躍らない者など、拒食症の人間ぐらいのモノだろう。

 満腹の人間だって食欲が再び湧いてくる。そんな光景だった。


「それじゃあ各々好きな物を取ってくるまで解散ということにしようか」

「そうだな。いやぁ、楽しみだなぁ、何を食べようかなぁ?」


 俺は一番大きなプレートを手に取って料理を調達していく。

 唐揚げ、ベーコン、ウインナー、フライドポテト、フライドチキン。

 マグロ、サーモン、イカ、タコの握り。ウニ、イクラの軍艦。

 北京ダック、ピータン、シュウマイ、餃子。


 ひたすら好きなモノだけプレートに乗せていく。

 一枚では足りない。もっと、もっとだ!


 俺は俺の胃袋の叫びのままに料理をかき集めていくのだった。



 □



「はぁー、美味しかった」

「よくもまあ、あれだけの量を平らげることができたね」


 俺たちは甲板に出ていた。

 広い甲板だ。サッカーができるんじゃないかっていうぐらいには広い。

 夜風が涼しい。人はまばらだ。船の中の方がはるかに見どころが多いからだろうか。

 これ幸いに俺たちはその中を歩いていく。


「良い景色だね。東京の街並みに夜はないことがはっきりと分かるよ」

「ああ」


 言葉少なく、返事をする。見とれていたのだ。景色にではない。

 ソレを眺める彼女に。


「どうかしたのかい?」

「いいや、何でもない。綺麗だなって思っただけだよ」

「そうだね。多くの人間がこの夜を払拭するために働いていると考えると、尊敬の念が湧いてくるね」

「社畜の光か……」

「浪漫が薄れるようなこと言わないでくれるかい?」


 軽く睨まれた。俺は頭を下げる。

 

「社畜、社畜か。真鈴はさ、将来何になりたいんだ?」

「私かい? 私は多分高校を卒業した後は、研究と発明に専念すると思うよ。それが一番やっていて楽しいことだからね。人のためになるし」

「そうか。未来が決まっているんだな」

「そういう真夜星は決まっていないのかい?」


 俺かぁ。

 俺は考える。

 つまり今まではまともに考えてこなかったということだ。

 

「思いつかないな」

「確かに君は何でもできるだろうから、逆に迷ってしまうのかもしれないね」

「それは確かにそうなんだが、それ以上に引っかかることがあってな」


 俺は心中を吐露する。


「俺たちは現時点でも国際社会に置いて注目の的じゃないか? となってくると、下手な職業には就けない。いらんことをやったら、それがそのまま世界経済への致命的な打撃になりかねない。だからもう、何もせずにタイムマシンの基礎理論で手に入れた財産でひっそり暮らすのもありかなって思っているよ」

「それは……、もったいない」


 少女がこちらを真剣な眼差しで見ながら言う。


「もったいない?」

「君にはやりたいことが無いのかい? あるのならばソレをやるべきだし、ないのならば見つけるべきだ。君ほどの人間がただ人生を浪費するなんて、人類の損失だよ」

「そうかなぁ。買い被りだと思うけどな」

「私はそうは思わない」

 

 少し怒っているかのような口調で少女は言う。


「決めた。何を命令するのか」

「え。まだ決めてなかったのか? というか忘れていなかったのか……」

「真夜星。今晩は一緒の部屋で寝よう」

「……………………ひょっ!?」


 俺に拒否権はなかった。




――――


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