第五章 世界を変革し、開拓し、救済する。全ては一人の少女のために。

第26話 指向性レーザー兵器及びその防御兵器

「皆さんこんにちは。巷では『時間の魔術師』と呼ばれている、宗片真夜星です」


 そのメッセージは世界にリアルタイムで公開された。形式は記者会見という形だ。

 

「今回このような場所を設けたのは、皆さんに紹介したい発明品があるからです」

「それはいったいどのような物でしょうか」

「端的に言えば、兵器です」

「なっ! 協定に置いて兵器の開発は禁止されているはずでは!?」


 一人の記者が悲鳴のような声をあげる。

 会場がどよめいた。彼らはこう思った。彼は世界を混乱の渦に巻き込むつもりなのだと。彼女を奪った世界への復讐に、世界大戦を巻き起こすつもりなのだと。

 会見が紛糾する。


「一体どのような兵器なのですか!?」

「それで人がどれだけ死にますか!?」

「貴方に人の心はないのですか!?」

「皆さん、落ち着いてください。質問の時間は後に設けています。まずは私の話を最後まで聞いてください」

 

 その彼の落ち着いた表情に会見は少しずつ沈静化していく。自分たちが落ち着かない限り、会見は再開しないだろうと察したからだ。

 落ち着いたのを見て真夜星は再び話し出す。


「今回発表させていただく兵器は『指向性レーザー兵器』です。従来研究されていたどんな国のどんなモノよりも遥かに長射程です。厚さ一メートルの鉄板を百キロ先からでも貫通することができます」


 質問しようとした記者を手で制する。


「皆さんは疑問でしょう。このような超兵器をどのように使うのかと。射程は百キロを超えているといっても、地球は丸みを帯びている。海上及び陸上で使用するにしても、地平線が邪魔で精々数キロから十数キロ程度しか使えないと」


 故に、と彼は続ける。


「これらのレーザー兵器の主な用途は対空迎撃です。光速であるがゆえに決して避けることのできないソレは確実な防御となるでしょう。戦闘ヘリが相手でも、戦闘機が相手でも。そして」


 ミサイルが相手でも。

 その一言で、勘のいい記者はすぐに気付いた。


「従来弾道ミサイルの迎撃は非常に困難だと言われていました。理由はその距離と速度からです。しかし私の開発したレーザー兵器が設計図通りの機能を発揮し、私の開発した照準プログラムを利用すれば、確実に弾道ミサイルを迎撃することができます」


 もう少し端的に言いましょうか、と彼は言った。


「核戦争は始まる前に終わったのです。私の作った兵器によって」


 会場がどよめいた。

 その言葉が理解できないような愚鈍な記者はそもそもこの会場の中に入ることはできていない。


「質問を受け付けます。ではそちらの方から」

「これらの兵器が退陣兵器などに流用される危険性は考えていないのですか? これほどの兵器が戦争に持ち込まれたら一体どうなるか……」

「考える必要はございません」

「なぜですか!?」

「なぜなら同時に対レーザー防御兵器も開発したからです」


 スクリーンに別の物を表示する。

 ソレは小型の機械だった。何らかの気体を放出するための排気口を備えている。


「これはクリア・ミストと呼ばれるレーザー拡散防御兵器です。不可視の霧を放出してレーザーを拡散。威力と殺傷能力を引き下げます。これを配備すればレーザー兵器が人を狙う可能性は考慮しなくてもよいでしょう」

「その防御兵器が弾道ミサイルに搭載されて、迎撃が失敗するという可能性は?」

「あり得ませんね。霧なんですよ? 高速の飛翔体を覆い続けることはできません。故にこの防御兵器は人や固定物といった静止または低速移動している物体にのみ有効です」

 

 記者の質問は続いた。

 これらの兵器は日本に独占配備されるのか、という問いにはすでに全世界に設計図が公開されているという答えを。

 兵器によって得た利権をどうするのか、という問いには新たな人類に寄与する発明のための資金源にするという答えを。

 全ての問いに真夜星は完璧な答えを返していった。

 

 そして決定的な問いが放たれた。


「真夜星さん。アナタは世界を憎んでいないのですか? 戸崎真鈴さんを失った原因は間違いなくこの複雑怪奇な国際情勢とソレを生み出した世界に在ります。それなのにどうして、人類に寄与するような発明を発表できるのですか?」


 その問いに真夜星は沈黙した。

 そしてペンダントを触る。

 真鈴の遺骨が入ったペンダントだ。

 彼の答えは決まっている。


「はっきり言いましょう。私は世界を憎んでいます。けれど滅んで欲しいとは思っていません。それでは目的が果たせないからです」

「その目的とは?」

「タイムマシンを作り上げることです」

「なっ……」


 この記者会見に招かれた記者たちはみな、タイムマシンの制作難度を知っている。それが数百年かけても作り出せないような代物であるということを。

 ソレを正確に踏まえた上で真夜星はこう断言した。


「私は必ずタイムマシンを作り上げます。そしてもう一度、世界で最も大切な人に会いに行きます。これは決定事項です。何人にも邪魔はさせない」


 真夜星は訥々と語り出す。


「けれどタイムマシンは一朝一夕で作り出せるような代物ではありません。少なく見積もっても一万年はかかるでしょう。人類がそこまで生き永らえているかもわかりません」


「けれど人類の総力を結集させねばソレは作り出せないでしょう。あまりにも膨大な資源と資金と人手が必要になる。銀河の支配者にでもならない限りは、それを成し得ることはできない」


「だから私はなります。たった一人の大切な人のために、私は何十年、何百年、何千年かかったとしても銀河の王になり、タイムマシンを作り上げて見せます」


「そのためには困るんですよ。たかだか地球にへばりついている段階で、核戦争などというくだらない結末を人類が迎えてしまっては。人類にはもっと豊かに、賢く、そして私を信仰してもらわなくてはなりません」


 全ては。

 あの子の迎えた死という結末を覆すために。


「私は今ここに、確約しましょう。人類の一万年先までの繁栄を。飢えることのない暮らしを。奪われることのない平和を。広がり続ける新世界を。その見返りとして、私のタイムマシン製作に協力して欲しい。そしてタイムマシンの開発の暁には――」


 ――ただ一度、あの子のためにソレを動かすことを許して欲しい。

 ――ソレが俺の唯一の願いです。


「以上で会見を終わります」


 そして真夜星は会場を後にする。

 全ては一人の少女のために。

 そのために世界に変革し、救済し、変革する。

 さあ、始めよう。

 愛のための、王者への道を。

 その果てに彼女の笑顔が待っている。



 □



 当初、この会見は愛する人を失った男の妄言と切り捨てられ、あるいは嘲笑され、もしくは同情された。

 タイムマシンの制作難度はそれほどまでに高かったからだ。

 しかし百年後の人類は、この会見を人類の歴史の転換点として、学校の授業でも取り上げている。

 

 ソレが意味することは一つ。

 彼は成ったのだ。ひとまずは、地球の覇者に。

 武力ではなく、財力でもなく、愛と知力によって。

 

 後世の歴史に置いて真夜星は、ただ『時間の』という冠が取れて『魔術師』と呼ばれている。

 なぜなら、彼の脳髄から生み出される全ての技術はその当時の全人類が逆立ちしても実現できないようなモノなのだ。

 高度に発達した科学が魔術と変わりない。故に人類の理解の範疇の外にある彼は他者からしてみれば『魔術師』と変わりない。

 

 人は彼を超能力者ともいう。その常軌を逸した頭脳と讃えて、あるいは恐れて。



 しかし真夜星は理解している。

 たかだか百年人類の頂点に立った程度では足りない。

 その程度で手を抜いては、過去の偉人となっていく。そうなればタイムマシンを製作させ、妨害を撥ねのける権力を維持できない。

 

 今後一万年間は、人類にとって『魔術師』であり続けなければならない。

 全人類を相手にした彼の知恵比べは、未だ始まったばかりなのだった。




――――


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