第11話「見えなくても、感じる」

 無事、特装班とくそうはん決号計画けつごうけいかくの兵器を秘密裏に処分した。

 それが夜を徹した作戦だったので、今日もひふみは昼夜逆転の生活を強いられる。厚木基地に帰還してすぐ、ほぼ全ての隊員は疲労困憊で寝入ってしまった。

 ひふみも仮眠を取ったが、目が覚めたのは正午前である。

 そして今、再び整備の人間たちの戦いが始まった。


「結局、壱号機いちごうきの左手は回収できなかったか。まあ、しょうがねえ。海の底に落っこちたと思っておこうぜ」


 おやっさんこと工助こうすけが、片腕だけになったチキ壱号機を見上げてぼやく。

 ひふみの咄嗟とっさの機転で、ミマルに狙撃させて無理矢理破損させた左腕だ。手早く修復するために、予備機である参号機さんごうきの左腕を移植する作業が行われている。

 いわゆる、だ。

 チキ自体が二〇式特殊工作車ふたまるしきとくしゅこうさくしゃと称しているものの、その実態は間違いなく人型戦車である。平和憲法の解釈を斜め上にめがけて曲解した末の産物だ。

 よって、補充パーツの補給は不定期である。


「おやっさん、壱号機はこれでいいとして」

「ああ、お前さんが参号機で勝手に動くのも、しばらくはお預けだな」

「それならそれで、整備の仕事に集中できるからいいんですが」

「しかし、なんだありゃ? チキチキハンマー? いつのまにあんなものを」

「まあ、趣味と実益を兼ねたなんとやらで。工作は好きなんです、僕」


 工助も他の整備員も、例のトンデモ武器には驚いたらしい。

 ひふみのあつらえた例のチキチキハンマーは、もはや武器とさえ言えないものだった。特装班ではチキは特殊工作車、兵器は持たず武器を使うという方針なのだが。

 だが、まさか駆逐艦くちくかんいかりを直接ぶつけるというのは驚きの荒業である。

 当のひふみでさえ、上手くいったことに少し驚いていた。


「どのみち参号機は少しオヤスミですよ、おやっさん。右腕も少しおかしくて」

「ん? そうなのか?」

「多分、例の錨を全力運転でブン投げた反動で、関節がいっちゃったんですね」

「つまり、両腕が使えないと」


 壱号機の作業は終了しつつあるし、もうすぐテスト運転に弾児だんじがやってくる筈だ。

 一方で、壱号機に左腕を提供し、右腕も破損した参号機は見る影もない。両腕が外され、ただただ格納庫の隅に突っ立っているだけである。

 だが、意外な声が響いて、誰もが振り返った。


「特装班の格納庫はここね? 補給物資が届いているのだけれども」


 米軍の軍服を着たセリエナがそこにはいた。

 また、彼女の背後には数台のトラックが並んでいる。

 基本的にチキは御巫重工みかなぎじゅうこうで建造されているが、追加の機体が回されてくる予定はない。そもそも、旧大戦で帝国陸海軍にバンバン兵器を提供し、今も財閥解体を何故なぜまぬがれ存続している軍産複合体ぐんさんふくごうたい、それが御巫重工である。

 勿論もちろん、本土決戦のための決号計画けつごうけいかくの中心にいたのもこの企業だ。

 その御巫重工が補充パーツを送ってくるとは、これは珍しいことである。


「よしきた、搬入するぞ! ひふみ、お前の参号機も直るかもしれねえな!」

「予備機なんで、無理に稼働状態にする必要もないんですが……準備は万全にしておきたいですしね」


 ひふみたちはすぐに作業に取り掛かった。

 その間、セリエナはそれを格納庫のすみで見守っている。ひまなのか、それとも少し興味があるのか……どちらかといえば後者の方のようだ。

 しかも、ひふみたち十代の少年少女に目配せが感じられた。

 やはり、アメリカ人から見ると不当な労働に見えるらしい。


「あの、セリエナさん」

「あ、あら、ごめんなさい。邪魔するつもりはなかったのよ。ただ、その」

「僕たちのことならご心配なく」

「でも、子供は学校に通って、よく遊んでよく寝るべきだわ」

「そういう時代のために今、これをやってるんですよ。……でも、まあ」


 手を止め顔をあげると、改めてひふみはまじまじとセリエナを見やる。

 この人は軍人には向かないなと思った。

 志郎しろうとは、志郎を演じているあの女とは、真逆の人間だ。道徳心があって、人道的な視点を決して忘れない。それはどこか、戦勝国の人間特有のものだと思えば、その卑屈ひくつさもひふみは嫌だった。

 だが、セリエナがいい人で、好ましい人物なのは理解できる。


「いろはに誰か、もう少し勉強を教えてくれるといいんですけど。読み書きそろばんくらいしかできなくて」

「そ、そろばん? ああ、東洋の計算機ね。……それだけでも凄いことなのだけど」

「そうですか?」

「日本人の識字率しきじりつの高さは異常なレベルだし、誰でも簡単な計算ができるって凄いことなのよ? ふふ、でもわかったわ。妹さんのことは私に任せて頂戴ちょうだい!」

「助かります」


 セリエナの罪悪感、子供を戦争に使っているという後ろめたさも、これで少しは緩和できるだろうか。そんなことを考えたら、少し小賢こざかしい自分に溜息ためいきが出た。

 だが、次の瞬間には、格納庫におやっさんの大声が鳴り響く。


「お、おいっ! こいつぁ……あるじゃねえか、補充パーツがよぉ!」


 先程トラックから降ろした積み荷の中身に、おやっさんは破顔一笑はがんいっしょうだ。

 ひふみも駆け寄り、コンテナの中身に驚く。

 そこには、真新しいチキの補充パーツが入っていた。

 剛腕、鉄腕、両手のパーツ一式である。

 それらはまだ塗装もされておらず、鈍色にびいろの素材そのものを剥き出しにしていた。間違いなく、新造されたばかりのものである。

 そして、

 おやっさんの反応はわかりやすく顔に出て、そして黙る。


「あら、補充品ね? よかったじゃない。それにしても、日本人の技術って凄いのね」

「はあ、まあ……」

「どうしたのかしら? 浮かない顔ね、ひふみ君」

「セリエナさん、このパーツの出処でどころを調べてほしいんです。御巫重工製ってのはわかるんですけど」

「わ、わかったわ。兵站へいたんは私が預かってるんだもの、すぐ確かめてみるわね」


 そう言うと、セリエナはカツカツとヒールを鳴らして走り去った。

 本当に正直な人で、やっぱり軍人には向いてないと思う。

 今のが、補充パーツの謎を解くのと同時の、だと気付いていないらしい。そして、唯一奇妙な謎を察したおやっさんが、そっとひふみに耳打みみうちしてくる。


「気付いたか、ボウズ」

「ええ。この両腕部」

「パッと見、素人しろうとじゃわからねえだろうが……俺の目は誤魔化ごまかせねえ」

「これってやっぱり、御巫重工で造ってるんですよね」


 見ただけでは、正規の部品に見えるし、未塗装なだけでチキの両腕部としては確かなものだ。ただ、そこに違和感を感じ取れる人間は少ないかもしれない。


「おやっさん、これ……部品の精度が違いますよね。じゃ」

「間違いねぇな、どうしてまたこんな代物が」


 ――ミルスペックMIL-SPEC

 要するに、軍事品レベルの精度で作られた精密部品のことである。

 チキは特殊工作車、いわゆる重機として建造されている。必定ひつじょう、民生品レベルの精度でしか造られていないのだ。だが、ミルスペックとなれば話が違う。コンマ0ミリレベルの精密さが求められるため、ひふみやおやっさんのような目利きの技術者にはわかるのだ。

 見てわかる訳ではない。

 感じるのだ。

 すぐにひふみは、巨大な一対の腕によじのぼる。


「おやっさん、これ……ロットナンバーが消されてます。その他諸々も」

「刻印されてるのは、御巫重工のマークだけか。こりゃ、明らかに消した痕跡こんせきがあるな。とりあえず、どうする?」

「まあ、参号機に取り付けますよ。本当は実戦の多い壱号機とかがいいかもですけど」


 だが、ひふみの肩に手を置き、ゆっくりおやっさんは首を横に振る。


「いや、同じ腕でも出処不明ときてる。精度のいい部品は性能向上をうながすが、中身が怪しい」

「さりとて、遊ばせて置く余裕もない、ですよね?」

「ああ。そういう訳でしばらく参号機にくっつけとけ。のどから手が出るほど欲しかった補充パーツだ、使わないというのも怪しまれるからな」

「おやっさんって、御巫重工から来たんですよね?」

「ああ。……おっと、詮索は無用だぜ? あと、頼みがある。ミマルには黙っててくれ」

「了解です」


 とりあえず、参号機に装備させて塗装を施す。

 例のオレンジとイエローの目立つカラーリングは、錆止さびどめなどを兼ねているのだ。

 おそらく、部品一つ一つの加工精度が小数点以下一桁は違うだろう。軍需品はそれだけ高レベルな工作技術が求められる。

 勿論、現在のチキに装備されたパーツも精度は高い。

 だが、格が違う……まるでそう、本当の人型戦車を作るような勢いを感じた。


「で、そのミマルは? 姿が見えないですけど」


 ひふみはふと、真っ白な零号機ゼロごうきを見やる。

 普段はいつも、ミマルは愛機の近くにいることが多かった。

 だが、その姿はどこにも見当たらない。


「ん、なんかお嬢がまた虚脱状態になったからって、風呂に持ってったぜ」

「あ、ああ……いつも妹がすみません」

「なに、ミマルもあれで喜んでるんだぜ? また妹ができたって」


 おやっさんは顔をクシャクシャにして笑う。恐らく、この班では彼だけがミマルの素性を知っているのだ。胸に000ミマルの刻印を持つ少女、ミマル=シセイ。

 いろはとはぶつかってばかりだが、妙に面倒見がよくて世話になっている。

 そのミマルも今は流石さすがに疲れて寝ているのだろう。


「さて、それじゃあ仕事を片付けちまうか! やるぞ、野郎どもっ!」


 女の子も数名いるが、おやっさんには皆が息子みたいな年齢である。整備部は老若男女を問わぬ混成部隊だが、士気は高い。

 ひふみも今は雑念を忘れて、仲間たちと再び手を動かし始めるのだった。

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