第19話「はるばる来たら、函館?」
空母そのものの姿となった
まだ、軍艦を見慣れた世代の多く残る時代でもあったが……事実、港には普段の活気も人の声もなかったのである。
静まり返った
まるで函館全体がゴーストタウンのようである。
「えっ? 補給が……予備パーツが届いてるって?」
先に倉庫に向かっていたミマルが、ひふみの言葉に無言で頷く。
実際、予備機の
改めてひふみは、
同時に、ミマルから一通の手紙を渡される。
「ひふみ君、これを。アドマイヤー大尉からだそうです」
「荷物と一緒に?」
「はい」
その影が弱い日差しを遮る中、ひふみは受け取った封筒を開封した。
まるで当然のように、隣にひっつくミマルが頬を寄せてくる。
「ちょ、ちょっと、ミマル?」
「大丈夫です、お気になさらずに」
「気になるってば。……まあ、僕宛のプライベートな手紙じゃなさそうだし、いいか」
「あ、それなら結構です。安心しました」
「……どゆ意味? ううむ、わかんないなあ」
「むむ? ひふみ君、この手紙は……本当でしょうか?」
文章は極めて短く、簡潔なものだった。
納品書の形をとっているが、本題は備考欄に綴られた箇所だろう。
そこには、衝撃の新事実が書き込まれていた。
「……は? 製造過程が不明な予備パーツ……? えっと、現物はっと」
すぐに近くのコンテナをミマルが指差す。
近寄れば、これまた当然のように彼女はついてきた。まるで従順な大型犬みたいである。
コンテナの中身はやはり、チキの脚部パーツ一式だった。
全く同じ物に見えるが、触れてみれば直感が教えてくれる。
これもまたミルスペック、ミクロン単位で製造された高品質な部品だった。
「いいパーツですね、ひふみ君。これはいわゆる、アタリというやつでは」
「製造過程で出るばらつき、いわゆる誤差みたいなもんじゃないよ。根本から違う……」
「チキはわたしの
「……つまり、別の製造ラインがあって、そっちは」
――そっちは本物の兵器としてチキを造っている。
そこから漏れ出てきた部品がこの脚部であり、前回補給で受け取った腕部だとしたら? そう考えると
そして、その理由が秘匿された陰謀だと手紙は教えてくれる。
「新しい予備パーツの製造元を辿って、
米国人にしては達筆な日本語が、淡々と真実を伝えてくる。
セリエナの実地調査の結果、恐るべきことが発覚した。
御巫重工に所沢工場なる施設は存在しない。
正確には、今は既に存在しない。
戦時中には公式記録こそないものの、無登録の工場が存在したという話は付近の住民から聞くことができた。そこでは昼夜を問わずなにかが製造されてて、ある日
セリエナの旅の終着点、そこは広大な空き地だったという訳だ。
「ミマル、なにか知っ――い、いや、いい」
一瞬、すぐそばのミマルに言葉を投げかけようとして、慌ててひふみはそれを飲み込む。
ミマルは戦時中からのスタッフで、おやっさんと共に初期からチキに関わっている。
同時に、その時期に彼女が受けた迫害を思えば、話題になんてできなかった。
だが、察したミマルは真顔で静かに目を閉じる。
「わたしがチキ零号機での訓練に明け暮れていたのは、大戦末期……昭和20年の初頭です」
「零号機というからには、やっぱりあれは
「そうです。またの名を、
それは、全高7m前後の人型重機を自由自在に操る。ひふみもそうだが、パイロットに要求される操作は複雑に見えてそこまででもない。大ざっぱなタイミングを決定してスロットルを踏み、向かう先へとレバーを動かすだけである。
細かな動きは全て、頭部の荒魂がやってくれる。
それがどういう機構なのかを、ひふみはなにも知らされてなかった。
「
「……じゃあ、僕たちの他のチキも」
「零号機をベースに制式量産化したもので、基本的には同じものです」
「ふむ。つまり……僕たちのチキとは別に、どこかで誰かが」
「そういう可能性もありますね」
チキはもともと、本土決戦用の兵器だった。
山岳部が多く、複雑な地形に満ちた日本列島では、
なにより、人型の戦車という特異なシルエットを、完全にコントロールする装置が必要とされた。それが荒魂である。
後に各国の兵器計画をも取り込み、こうして決号計画は始まったのだった。
「……まあ、とりあえずこの脚は参号機につけておこう。ちょうど駄目になったところだし」
「安全性は大丈夫でしょうか?」
「腕は問題なかったし、平気さ。……っていうか、これは本当に兵器、さ?」
「ですね。あっ、今のは平気と兵器をかけたダジャレですね? すみません、理解が
「ごめんミマル、余計に傷つくからやめて」
真顔で笑われても、その、なんだ、困る。
でも、常に無表情な彼女にも、時々蕾がほころぶような
そんな時、突然サイレンの音が響き渡った。
信じられないことに、それは幼少期の記憶をかき乱す。
戦時中に使われていた空襲警報だった。
「函館に空襲警報だって? ミマル、避難を――」
「零号機を出します。ひふみ君は班長の指示に従ってください」
「ちょ、ちょっと、ミマル!」
「この音、近い……爆撃機、多数。決号計画特有の霊子力も感じられます!」
ミマルは、ちょうどクレーンで降ろされてきた零号機へと走った。
その背に手をのべ、真っ白な髪にほんの少し触れる。
長髪を翻したまま、ミマルは行ってしまった。
ひふみはひふみで、とりあえず予備パーツのコンテナを倉庫へと運ぼうとする。周囲の作業員も手伝ってくれて、整備部のみんなでコンテナをトレーラーへと戻した。
空気が弾けて、熱が走る。
爆音と共に閃光が周囲を塗り潰した。
「……また空襲、か。嫌なことを思い出すね」
仲間たちの手で、トレーラーが走り出した。
そのすぐ近くに、落ちてきた爆弾が炸裂する。
身を伏せて爆風をやり過ごし、ひふみは一変してしまった風景に絶句する。
すぐに七年前の光景が脳裏に蘇った。
見渡す限りの焼け野原。
人が生きたまま
既に戦争は終わって、戦後さえ終わればと誰もが思っているのに……ここには戦争の全てが揃っていた。
無数の機影が頭上を切り裂き、その都度ワンテンポ遅れて爆発が地を揺らす。
「とにかく、僕も……あっ、そうか。参号機は脚が」
母艦の酒呑も今は火器を破棄し終えてるため、対空砲火が上がる気配がない。
そして、あっという間に函館港が火の海になってゆく。
それは、ひふみが一人ぼっちになった時と同じ光景。
父も母も、実の妹も炎の中で揺れる影になった。
そのまま踊り狂って燃え尽きて、骨さえ残らない。
そんな地獄の真っ只中を、ひふみはどこをどうやって逃げたのか……気づいたら朝になってて、眼の前は焦土と化していた。
生き残った誰もが、死んだような目で立ち尽くすだけだった。
「あれをまたやりたいのか……? 戦争の亡霊たちめ」
その時、白い影が跳躍した。
抜き放った
その鈍重な見た目とは裏腹に、ミマルの零号機は軽やかに着地した。
同時に、空中で真っ二つになった敵機が爆散する。
すぐに機銃掃射が殺到したが、零号機の軽やかな足回りがしなって唸る。
まるで見切ったかのように、剣を収めて回避した零号機は、そのまま背の
今度は爆発することなく、翼から煙をあげて敵の爆撃機が墜落した。
「しめた、サンプルを……あれもまた決号計画なのか、確かめなきゃ」
ひふみは爆撃の中を走り出す。
目的は、あのまま破損して墜落した機体の回収である。
そして、後に知る……現在の函館は今、GHQによって
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