第9話「激闘、雲海にUFOを見た!」

 空飛ぶ悪魔、B-29フライングフォートレス。その腹の中に四機のチキが収まった。

 そして今、轟音とともに巨大爆撃機が離陸する。

 なんとも言えぬ浮揚感の中で、ひふみは最後の機体チェックに余念がなかった。やるべきことは全てやった、ベストを尽くした。そして、その確認作業も絶対におこたらない。

 特に、囮役おとりやくをこなす弾児だんじ壱号機いちごうきに関しては、徹底して防弾処理を施した。


「こんな時まで精が出るな、ひふみ。……いつもすまねえ、今日は壊さねえからよ」


 壱号機のコクピットでは、弾児もパラシュートの点検に余念がない。

 壱号機は完全な人型のままで降下し、敵である決二号けつにごうの注意を引き付ける。その間、苛烈な攻撃を受け続けることになっているが、一応の対抗手段もひふみは用意していた。

 それは今、壱号機の左腕に取り付けられている。


「弾児さん。新装備の盾は、旧帝国海軍の伊号潜水艦いごうせんすいかんの外殻を利用したものです」

「水深100m以上に耐えられんだろ? こんだけデカい盾なら、安心ってもんだ」

「ただ、敵の攻撃力がわかりません。実験では、20mm機銃程度なら大丈夫なんですが」

「なに、数分持ちゃいい。それに、俺自身で仕留めてもいいんだしな」


 重量の関係上、壱号機は右手に拳銃を装備している。これも人間サイズのものを無理矢理大きく作ったデッドコピーだ。

 兵器ではない、武器である。

 だんだんこの言い訳も苦しくなってきたが、今の日本には事情もあった。

 平和憲法が生まれて、ようやく戦いのない国になったのだ。

 そのとうとさが身にしみるのは、今乗ってるB-29のおかげ……B-29のせいでもある。

 もう、日本のどこにも焼夷弾しょういだんは降ってこないのだ。


「ねえねえ、兄貴あにきっ! アタシの弐号機にごうき、照準狂ってない? アラタマ、おかしい感じ」

「ん、ちょっと待って。すぐにそっちに行くから」


 気付けば背後に、妹のいろはが立っていた。

 ちゃんと班員はんいんおそろいのツナギを着て、さらにパイロットはその上から防弾ベストとヘッドギアをつける決まりになっている。だが、いろはは上を脱いで腰に結び、防弾装備はなにもつけていない。

 いつもこうなのだ。

 注意しても聞く耳を持ってくれない。

 逆にミマルは、律儀にきっちり着こなしている。


「いろはさん、防具を」

「いい、いらない。……感覚が鈍るの」

「感覚? 鈍る、とは」

「敵意を肌で感じるのよ。わかんない? ……アタシには、感じ取れる。そのためには、余計なものは邪魔なの。それより」


 腕組みフフンと鼻を鳴らして、いろはは話題を切り替えた。

 どうやら出撃前から、ずっと気になっていたようだった。


「その、決二号って空を飛んでるんでしょ? ……放っておけばよくない? 日本はもう、飛行機持ってないんだし」


 日本は現在、航空機の製造が禁止されている。また、戦時中に製造されたものは、開発中の実験機も含めて全て進駐軍しんちゅうぐんに接収されてしまった。

 日本は今、無限に広がる大空の空白地帯だった。


「あのな、おじょう。一応、米軍の輸送機が行き来してんだ。それによ」

「それに? なにさ、弾児」

「今、朝鮮で戦争やってんだろ? ……北朝鮮の裏には、ソ連がいんだよ」

「え? そうなの!? あれって、朝鮮の北と南が喧嘩けんかしてるんじゃないんだ」

「表向きはそうさ。でも、北にはソ連が、南には国連が加担している。でよ……もし、万が一だ。万が一、うっかりソ連機を決二号が撃ち落としちまったら、どうなる?」


 ひふみの背筋を悪寒おかんが走る。

 決号計画けつごうけいかくの虐殺兵器たちにとって、国家や陣営という概念はない。

 日本以外は敵、あるいは……

 本土決戦のために生まれた殺意の権化ごんげは、あらゆる全てに牙を剥く。


「……どうなるの? ちょっと! アタシ、難しい話はわかんない!」

「いろはさん。もしソ連の軍用機が撃墜されれば……ソ連はそれを、米軍および国連軍の仕業しわざだと思うでしょう」

「つまり? ええと、あ! そっか!」

「はい。ソ連は『ちくしょー、アメこうめえー』って思って、日本を攻撃してくる訳です」


 演技力は微妙過ぎたが、ミマルの言う通りだ。

 実に政治的な話で、今この瞬間もその危機は続いている。

 決二号は無差別兵器、もしソ連機が撃墜されれば国際問題になる。さりとて、決号計画の超兵器群は極秘事項なので、ソ連に『実は決号計画という旧帝国軍の負の遺産が犯人です』とは言えないのだ。

 だから、ひふみたち特装班とくそうはんで処理する。

 内密に、闇の中で影にほふるのだ。


「そういうこった! お嬢、当てにしてるぜ? お嬢の射撃、筋は悪くねえからよ」

「でも弾児、アタシ……当たらないんだ。鉄砲撃つと、なんか、目の前がぶれて歪んで」


 そう、いろはは射撃が壊滅的に下手だった。

 訓練の成績は悪くない、むしろ標的への命中率は高かった。

 だが、実戦になると何故なぜか当たらない。

 そのことを気にしてるようだから、ひふみはそっといろはの頭を撫でる。


「目標をよく見て撃つ。……って言っても、当たらないならさ、いろは」

「うん」

「感じるままに撃っていいよ。感覚を、直感を信じてみて」

「兄貴……うんっ! そうしてみる!」

「どのみち当たらないなら、普段通りにやっても駄目だしね」

「もーっ、なにそれ! 兄貴のバカ! 絶対当ててやるんだから!」


 その時、小さくミマルが笑った。

 無表情の鉄面皮てつめんぴが、僅かに微笑ほほえんだように見えたのだ。

 ひふみは驚いたが、機内に声が走る。

 地上に残った志郎しろうからの無線が、戦いを告げていた。


『降下ポイントだ、搭乗員は全機搭乗! まずは壱号機を投下しろ』


 かくして、作戦が始まった。

 もう、後戻りはできない。

 地獄のふたが開くように、B-29の床部ていぶが左右に開いてゆく。

 そこから下は一面の闇、暗い雲が海と広がる高高度一万メートル空域である。一応、各機はケーブルでB-29から吊り下げられる形になるが、最後はそれを切ってパラシュートでの降下が必要だ。

 そして、生きて地面を踏めるかどうかは敵次第である。


「うっし、行くか! おやっさん、ひふみも! 壱号機、出すぞ!」

「あ、あのっ! 弾児さん」

「ん? 何だあ?」

「……特攻、じゃないですよね」

「当たり前だ! これでも俺は一番成功率と安全性の高い賭けに出てんだよ」

「賭け、ですか」

「ああ、半分はな。でも、仲間になら賭けられる、今はそう思ってる。だから……これは特攻じゃねえ」


 それだけ言うと、弾児はチキ壱号機の操縦席に消えた。硬化ガラスのキャノピーがそのシルエットを薄黒く塗り潰す。そして、頭部では電魂演算球でんこんえんざんきゅう"アラタマ"があかくぼんやりと光った。

 そして、壱号機が一歩を踏み出す。

 そのまま、ケーブルの尾を引いて飛び降りる。

 全く迷いを見せないダイブだった。


「……よし、次はいろはだよ。ミマルも準備して。おやっさん! ブースターは!」

「調整完了だ! 全力運転で5分は浮いてられるぜ!」

「あとは、もしもの時には」


 ちらりとひふみは、最後尾に屈んだ参号機さんごうきを見やる。予備機なので今回も投入予定はないが、保険として搭載してきた。さらには、先程急造した秘密兵器もある。

 暇さえあればひふみは、不用品や余ったパーツで工作を楽しんでいた。

 そう、楽しいのだ。

 それが兵器か武器かは、あまり関係がない。

 今回も、捨てられるはずの廃材が自信作になったし、使わないならそれにこしたことはない。また次の出番まで取っておけばいいのだ。


「弐号機、出るよっ! ……って、脚がないじゃん!」

「脚部を排除し、代わりにブースターをつけてますので」

「なに落ち着いてんの、ミマルさあ! これ、どうやってあそこの投下口まで」

って行けば問題ないのでは?」

「うえー、格好悪いよぉ……」

「では、全機出撃します」


 ガッシャガッシャと、四つん這いに零号機ゼロごうきと弐号機も出ていった。その両足は極端に短くて、既に人の姿には見えない。かつて特攻兵器、人間爆弾として作られた桜花おうかのロケットモーターを改良したものが搭載されているのだ。

 ひふみは祈るような思いで、妹を見送る。

 その時にはもう、ノイズ混じりの無線に弾児の叫びが響き渡っていた。


『こちら壱号機、おいでなすったぜ! ――ぇえ! あれが音速、マッハかよ!』


 壱号機をえさにした、これは釣りのような作戦だ。

 そして、獰猛な空のさめは襲い来る。その本能に刻まれた通り、人の姿を噛み殺すために。

 通信に金属音が入り乱れる。

 どうやら盾は機能しているようだった。

 だが、長くは持たないだろう。


『零号機、弐号機、撃て! なんなら俺ごと撃て! ……なんだありゃ? 円盤? あれって』

『兄貴、目標を肉眼で視認! UFOユーフォーだよ! あれ、漫画雑誌で見たやつ! 宇宙人のUFO!』

『……いえ、いろはさん。弾児班長も。あれは未確認飛行物体unidentified flying objectではありません』


 慌ててひふみも窓に張り付く。

 月夜の雲海に今、円形の不思議な飛翔体が泳いでいた。

 そしてそれは、慣性や物理法則を無視したデタラメな機動で壱号機を襲っている。放たれる光は、巨大な盾を赤熱化させる強力な光学兵器レーザーのようだった。

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