第8話「蒼穹の侵略者」

 結論から言うと、深夜の移動は突然延期になった。

 強力な霊子力反応れいしりょくはんのうが発生したのだ。

 それでひふみたちは、夕食をとりながらの緊急の作戦会議に放り込まれる。全体の指揮を取る志郎しろうは、軽い飲酒程度ならなにもいわない人間だった。


御苦労ごくろう、諸君。結論から先に述べるが、二時間後に出撃だ」


 皆、はしが止まった。

 ひふみも、コンビーフの入った卵焼きのようなものを食べつつ、なるほどとうなずいてだけは見せる。特装班とくそうはんは非公開にして非公式の部隊、保安隊内部でも認知されていない愚連隊ぐれんたいだ。臨機応変の即応体制といえば聞こえはいいが、ようはいきあたりばったりなことが多いと理解したのだ。


「先程、三沢の基地でスクランブル警報が発令された、が……迎撃に上がったP-38ライトニングが6機、一瞬で消滅した」


 ここまでは、誰も驚かない。

 旧大戦の負の遺産、決号計画けつごうけいかくの超兵器を狩るべく集められた始末人たちだからだ。

 しかし、次の瞬間にどよめきが起きる。


15、横田基地でP-51マスタングが4機あがったが……以後、通信途絶。決号計画に撃墜されたものと思われる」


 食堂を驚きの空気が塗り潰した。

 ひふみは素早く脳裏に計算式を弾き出す。青森の三沢基地から、東京の横田飛行場までは、直線距離で約580km……15分で移動できる距離ではない。

 通常ならば、だ。

 だが、決号計画ならば話は別だ。

 霊子力と呼ばれる謎のエネルギーで駆動する、本土決戦用の虐殺兵器……それが決号計画。音速を超えて飛ぶなど、造作もないことだろう。

 そして、その驚異的なスピードに思わず椅子を蹴る者がいた。


「マジかよ! 一瞬であのライトニングやマスタングを? しかも、マッハの速度で移動!?」

「そうだ、早乙女弾児特務保安士さおとめだんじとくむほあんし

「と、特務保安士?」

「貴様の階級だ。今日から我々は、警察予備隊改め、保安隊。保安隊第零管区隊特務装脚班ほあんたいだいゼロかんくたいとくむそうきゃくはん特装班とくそうはんだ」

「あ、ああ……それより、その敵は」

「間違いないだろうな。すでに決号計画第二号、決二号けつにごうとして認定した。諸君にはこれを高高度一万メートルで迎撃、殲滅せんめつしてもらう」


 すぐにいろはが「えーっ!?」と声をあげる。

 当然だ、ひふみも直感的に無理だと察したからだ。

 特装班の装備に、航空機はない。そもそも、特攻隊の生き残りである弾児以外、操縦経験のある人間がいなかった。

 特装班の武器は、二〇式特務装脚車フタマルしきとくむそうきゃくしゃチキ。

 人の姿をかたどる、工作機械に扮した陸戦兵器だ。

 

 空中での戦闘を想定した機体ではないのだ。

 すぐに整備の人間たちにも動揺が走る。


「おいおい、チキで戦闘機を相手にしろってか? しかも、空で」

「高度一万メートル……落ちれば洒落しゃれにならないぞ」

「それより、どうやってその高度までチキで上がるんだ? 戦中は零戦ゼロせんでも15分以上かかる高さだ。マッハで動く相手を、どうやって追い詰める」


 まともな作戦では勝てない。

 そもそも、勝負にならない。

 歩兵に戦闘機と戦えと言われても、それは無理な話なのだ。

 だが、既にひふみは一つの考えをまとめつつあった。

 無理を通せば道理は引っ込む。

 そのための無茶なら、やってみる価値があった。


「問題はでも、やっぱり……どうやって空に上がるか、だな」


 独り言を呟きつつ、ふと視線を感じてひふみは顔をあげる。

 離れた席、テーブルの端っこでパンを食べていたミマルが、じっとひふみを見ていた。そして、まるで思考を読み解くように小さく頷いてくる。

 どうやら、ミマルも同じことを考えているようだった。

 そして、現場で皆の命を預かる班長も一緒だ。


「……意見具申、いいか? 志郎さんよぉ」

「構わんよ、弾児。聞こうか」


 弾児は神妙な面持ちで腕組み、しばし黙考もっこうの後に喋り出す。


「決号計画の兵器は、人を優先的に襲う……人の姿、人型を狙ってくるんだよな?」

「ああ」

「空まで上げてくれんなら、手がある」

「聞こうか」


 誰もがゴクリとのどを鳴らす。

 マッハで飛び回る飛翔体を相手に、どうやってチキで戦うのか。

 よしんば、一万メートル上空に辿り着けたとして、チキでは高機動戦闘は難しい。ただただ自由落下する中で、パラシュートを背負わせてやるのがせいぜいだった。

 だが、弾児はこの短時間で恐るべき作戦を立案してみせた。

 それは、ひふみが考えていたことと全く同じだった。


おとりのチキを一機用意して、決二号を引き寄せる。そこを他の二機のチキで狙撃、撃破するんだ」

「ほう?」

「囮のチキはそのまま、射撃担当のチキは。……人型と認識させないようにな。これで敵の攻撃目標を固定できるはずだ」

「フ、フ、フハハハッ! いいじゃないかあ! 貴様にできるか? 弾児」

「できるかできないかじゃねえよ。俺が……俺たちがやるんだ。できらぁ!」


 しかも、そのまま男児は決死の意思表明で周囲を黙らせる。


「囮には俺の乗る壱号機いちごうきを使う。狙撃はミマルといろは、いいな?」

「え、えーっ! ちょ、ちょっと待ってよ弾児! アタシ、射撃は」

「じゃ、ミマル一人に任せるか?」

「……それだけは絶対、嫌っ!」


 ジロリといろはがミマルをめつける。

 いつもの澄ました無表情で、ミマルがドヤってる。フフンと鼻を鳴らしてドヤ顔である。それがまた、いろはをどこまでも無自覚に挑発していた。

 いろはは何故なぜか、実戦での射撃命中率が酷く悪い。

 それを帳消しにするほどの格闘戦能力を持っているが、今回はその出番はなさそうだ。

 少しでも妹たちの力になれればと、ひふみも手を上げ立ち上がる。


「僕からも一つ。弐号機にごうき零号機ゼロごうきの脚部を形状変更、いっそ両足を除去して……試作用のブースターをつけてみます。おやっさん、あれは一応使えますよね?」

「お、おう、そりゃ……戦時中に桜花おうかに搭載されてたロケットモーターだがよ。けど」

「脚部の制御機構を、そっくりそのままロケットモーターに直結させます。細かい計算は頭部の電魂演算球でんこんえんざんきゅう"アラタマ"が補佐してくれると思いますので」


 この特装班には、ありとあらゆる資材が集められている。

 全て、志郎が手配したものだ。

 中には、始末に困って持て余していた旧大戦の遺産もあるし、試作のままで終戦を迎えたいわくつきの物もある。

 リストで見て確認していたから、ひふみにはチキの短距離ジャンプ用ブースターが存在することを知っていた。もともとは特攻兵器桜花に搭載されていたエンジンで、ほんの僅かな時間ながら、チキの跳躍力を伸ばすことができる。

 それで宙を落下しながら姿勢を制御し、決二号を狙撃しようというのだ。


「M1カービンでは狙撃には向かないので、三八式歩兵銃サンハチしきほへいじゅうを用意してます。精密射撃用のスコープやバレルの調整等、あと一時間もあれば」


 満足したように志郎が頷く。

 だが、肝心の問題がまだ解決されていない。

 敵は……決二号は、高度一万メートルの上空を徘徊しているのである。

 その高さにチキを持っていく手段がなかった。

 勿論もちろん、存在しない訳ではない。

 ただ、手配できてるかどうかはひふみにも全く予想がつかなかった。

 そして、予想外の言葉で今度は志郎が周囲を驚かせる。


「なに、移動手段に関しては気にするな。安心して死ぬ気で戦え。……窓の外を見ろ」


 誰もが振り返り、闇夜の中へと目を凝らす。

 その中の何人かが、言葉にならない声をあげた。そのまま立ち上がって窓辺に駆け寄り、ガラスに額をこすりつける。

 厚木基地の滑走路に今、巨大な威容が影を落としていた。


「B-29スーパーフォートレス。先程セリエナに用意させた。諸君らは知っているな?」


 ――B-29スーパーフォートレス。

 文字通り『超空ちょうそら要塞ようさい』の異名を持つ超巨大戦略爆撃機だ。この機体こそが、戦略爆撃という新機軸の航空作戦を可能にしたバケモノである。イギリスの地政学者ハルフォード・マッキンダーは「明らかな意図いとを持って高高度より侵入してくる戦略爆撃機を完全に撃墜することは、地政学的にほぼ不可能である」とさえ言っている。

 そして、ひふみたち日本人にとっては忘れられない悪夢の象徴だ。

 総数4,000機程が建造され、日本のあらゆる都市に焼夷弾しょういだんをばらまいた。まさに、高空の悪魔……数万もの命を焼き尽くした、日本敗戦の象徴たる死の翼。

 だが、今は違う。

 勝ち目のない戦いへとひふみたちをいざなう、片道切符かたみちきっぷの希望の翼だ。


「では、万事そのように……特装班、二時間後に出撃! 決二号を排撃はいげき撃滅げきめつせよ!」


 志郎の声に、誰もが立ち上がって敬礼する。

 こうして、決死の空中作戦が動き出した。

 同時に、ひふみは弾児の作戦が失敗する時のことも考え始めている。この世に完璧な戦術など存在しない。まして、ひふみたちは相手の姿すらまだ見たことがないのだ。

 唯一完全な人型の壱号機に、弾児が乗って囮となる。

 そこに突っ込んでくる決二号を、いろはとミマルで狙撃、撃墜する。

 ――それで上手く倒せるなら、それにこしたことはない。

 だが、準備には万全を期すのがひふみという少年の生来の生き方なのだった。

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