第10話「質量を高めて、物理で殴る」

 月夜の雲海を照らす、怪光線レーザー

 未知の脅威、決二号けつにごうから照射された光学兵器だ。それが弾児だんじのチキ壱号機いちごうきを襲う。闇夜に浮かぶ真っ赤な光は、鋼鉄のたてがレーザーを浴びて赤熱化に溶ける色だ。

 そして、ひふみははっきりと肉眼で目撃する。

 眼下の雲に丸い影を落として、異常な機動でジグザグに飛ぶ円盤を。


「まさか、あれは……いや、そんな馬鹿な」

『はい、馬鹿です』


 即座にミマルの返答があって、通信の向こうでトリガーの音を聞く。

 ボルトアクション式の三八式歩兵銃さんはちしきほへいじゅう……を、そのまま大きくしただけの武器が正確な狙撃で円盤を射抜いた。かに見えたが、それは飛行物体の影を縫い止めたに過ぎない。

 本体はいまだに、空中をもがくように落ちてゆく壱号機に向かっていた。


「ミマル、馬鹿は馬鹿なりに説明が欲しいけど……なにか知ってるの?」

『っていうか、兄貴あにきは馬鹿じゃないんだけど! 次に言ったらハッたおすわよ!』

『怒らないでください、いろはさん。それと、射撃は正確に』


 ぐぬぬと黙る雰囲気を残して、弐号機にごうきも発砲する。

 だが、当たらない。

 影どころか、引き裂かれた空気にさえ触れることなく弾丸が消えてゆく。

 一応、狙撃用にロングバレルとスコープを取り付けた三八式だ。スコープはチキの頭部に搭載されている電魂演算球でんこんえんざんきゅう"アラタマ"に連動して、コクピットの小さなブラウン管に目標を伝えているはずだ。

 しかし、二人の射撃は当たらない。

 反撃に拳銃を放つ弾児の攻撃も、かすりもしない。

 これが音速、マッハで飛び回る脅威なのだとひふみは思い知らされた。


『ああもぉ! 当たらない! ちゃんと当たりなさいよ!』

『弐号機パイロット、射撃は正確に。それと、訂正を……ひふみ君は馬鹿ではないです』

『当たり前でしょ! 誰が毎日アタシらのチキを整備士てると思ってんの!』

『……以前、海軍の工廠こうしょうで実験を受けていた時に見た記憶があります』


 ミマルは淡々と、いつものテンポで抑揚よくようのない声を紡ぐ。

 その間も、脚部のないチキ零号機ゼロごうきは正確な射撃で決二号を攻撃していた。徐々に至近弾が増えて、次は命中かという期待の一撃が続く。

 そして、ミマルはそのまま弾薬を詰め直しつつ喋り続けた。


『米国で試作された戦闘機、XF5Uに酷似こくじしています。一致率、97%』

「XF5U?」

『またの名を、。試作段階で実験が中止され、計画は頓挫した筈ですが』

決号計画けつごうけいかくに取り込まれたんだろうね。旧帝国軍部がどこからか情報を仕入れたって訳だ」


 その時にはもう、ひふみは予備機のチキ参号機さんごうきに搭乗していた。

 使用する予定がなかったので、B-29から吊り下げるためのワイヤーは装備されていない。だが、躊躇ちゅうちょなくひふみは機体を起動させる。

 ヘッドギアを装着すれば、インカムから弾児の決死の声が響いてきた。


『クソォ、盾が持たねえぞ! それに、なんて速さだ!』

『やっぱり壱号機を狙っていますね。人型の目標を優先する傾向を再確認です』

『のんきなこと言ってないで、弾児を援護! ミマル、アンタ真面目にやりなさいよ! あと!』


 慌ただしい声を聴きつつ、地上からの無線も錯綜していた。

 幸い、母機たるB-29よりも優先して、敵は弾児の壱号機を狙ってくれている。

 この段階で、零号機と弐号機は攻撃のみに集中できる筈だ。

 だが、もうすでに壱号機が持つ急造仕様の盾は溶け消えていた。


『あと、ミマル! なんなのよ、フライング・パンケーキって。パンなの? それともケーキ?』

『パンケーキはパンケーキです』

『嘘、パンはパンで、ケーキはケーキでしょ! アタシだってそれくらい知ってるわ!』

いなみにわたしはケーキというものは食べたことがありませんが、美味びみだと聞いています』

『はぁ? アンタ、ケーキ食べたことないの? え、ちょっと、マジ? じゃあ、シベリアは?』

『行ったことはあります。極寒の実験で、多くの犠牲が出ました』

『……もういい、めんどくさっ! パンだかケーキだか知らないけど、アタシがっ!』


 相変わらずチグハグなコンビで、ともすれば一触即発にも見える。

 だが、徐々にいろはの命中精度が高まってきた。ミマルの射撃にタイミングを合わせることで、その一歩先を抑えるような弾丸が虚空を引き裂く。

 いろはは、天性の才とでも言うべき操縦適性そうじゅうてきせいがあった。

 射撃こそ実戦では当たらないが、訓練ではなんの問題もない。

 そして、彼女には人型戦車ひとがたせんしゃとでも言うべきチキへの異様な適応能力てきおうのうりょくがあった。


『こなくそっ、もう面倒っ! こっちの方が手っ取り早いもん!』


 いろはの弐号機が三八式を捨てた。

 下は現在、東京湾だから大丈夫だとは思うが、いろはにそういう配慮や思考はない。彼女は軽量化した機体の各所に満載された、苦無くないのような投刃ピックを機体に握らせる。

 それをばらまけば、幾つかが決二号の機体に突き立った。

 異物がガン! と刺さって、僅かに敵のスピードが鈍る。姿勢を乱したその瞬間に、ミマルの狙撃が命中する。

 だが、煙を吹き上げながらも決二号は執拗に弾児の壱号機を狙い続けた。

 瞬間、命綱のない状態でひふみは参号機を降下させる。


「こちら参号機、ひふみだよ。ミマル、弾は?」

『まだありますが』

「一号機の左腕を狙える? 

『了解』


 何故なぜ? とは聞かれないことに少しひふみは驚いた。

 否定も疑問も持たない、持てないような違和感……それがミマルという少女だった。

 その時にはもう、参号機は重力に引かれて自由落下を始めている。

 そして、その手にはひふみが廃品や余剰部品であつらえた特殊な武器が握られていた。


『おいこらっ、ミマル! 俺を撃つんじゃねえ!』

『命令ですので』

『班長は俺だぞ! ……なにかちゃんと考えてるんだろうなあ、ひふみぃ!』


 二発、三発と精密射撃で壱号機の左腕が吹き飛んだ。

 途端に、決二号は翼をひるがえした。

 人のシルエットを失った壱号機から、五体満足な参号機へと目標の優先純度が繰り上がったのだ。それこそ、ひふみの思い通りである。


「よし、僕を狙ってきた……さあこい、決号計画。給料分の働きってのを、見せてやる」


 一日三食たらふく食べて、着るものも寝床ねどこも与えられて、その上に月給が出る。守ってやると誓った妹にもだ。そのことに対しての感謝を、ひふみは忘れたことがない。

 そして、彼は戦前生まれで戦争孤児だった。

 なにが自分の命に釣り合うものかを、考えることができない。

 比較対象を驚くほど少ししか知らないのだ。


『兄貴っ、そっちに行った!』

『ひふみ君、今すぐ援護を』

『俺はここまでだ、ワイヤーを解除! パラシュートで降下する。それと、ひふみの参号機に誰か俺のワイヤーを!』


 物凄い速度で接近する、円盤状の不思議な飛行物体。それはよく見れば、光のプロペラを左右に並べて飛ぶ戦闘機だった。そして、プロペラの先端から光条が走る。

 平行に二本、殺意の熱線が突き抜けた。

 その間へとひふみは、たくみな姿勢制御で参号機をねじ込む。

 かすった光線が僅かに両肩を焦がし、コクピットのキャノピーが逆行で真っ白になった。

 だが、そこはもうひふみの間合いだった。


「やつの動きを止める。あとはいろは、ミマル、頼むよ」


 参号機が右手に持っているのは、鉄塊てっかいだ。

 正確には、鋼鉄で鍛造された巨大なアンカーである。旧大戦の折に建造予定だったが、急遽キャンセルになった島風型駆逐艦二番艦しまかぜがたくちくかんにばんかんのものと聞いているが、真相は定かではない。

 ただ、デカくて重くて、そして頑強なくさりは左手に握られていた。


「そうだな、名前は……ま、なんでもいいか。いけっ、チキチキハンマーッ!」


 迷わず真っ直ぐ、目の前の飛行物体へとひふみは錨をブン投げた。

 決二号は恐るべき強敵だが、弱点もある。鉄をも溶かす高熱の光線を発するが……その性質上、自分の前方、直線の範囲内にしか攻撃できないのだ。空気や地軸等に僅かな影響を受けるものの、基本的に光は直進しかできないのである。

 だから、レーザーによる攻撃はひふみには見切れた。

 そして、当然のように真っ直ぐ攻撃すれば錨は見事に敵に命中する。

 鈍い音が響いて、ジェラルミンに鉄のかたまりがめり込んだ。

 瞬間、ひふみの参号機が音速に引っ張られる。


「――っ、く! こいつ……まだ動く!」


 チキ参号機という重りを振り回すように、決二号はでたらめな機動で暴れ始めた。

 急激なジーに、ひふみは呼吸を奪われ顔をゆがめる。

 チキのコクピットは減圧された密封型だが、耐G機能は考慮されていない。そもそも陸戦兵器なので、音速で飛ぶことを前提に設計されてはいないのだ。

 だが、もう勝負は決まっていた。

 二度三度と、ひふみが鎖を手繰たぐって器用にしならせる。

 二重三重に鎖を巻き付けられて、その都度つど決二号はスピードを落としてゆく。

 そこに、いろはの弐号機が突っ込んできた。


『これなら! 当たるっての!』


 腰から抜き放ったおのを、弐号機がブン投げる。

 それが当たった瞬間には、もう一振りの斧での斬撃が炸裂する。

 空中で真っ二つになった決二号から、即座にひふみは離れた。チキチキハンマーから両手を離して、脚部が中途半端ないろはの弐号機に掴まる。

 あっという間に頭上に爆発が遠ざかり、ケーブルの長さが限界を超えて切れた。

 その時には、静かに寄り添うようにミマルの零号機も隣に来ていた。


『弐号機、逆噴射』

『やってるっての! 兄貴、無事? 無事だよね? 死んだらブッ殺すんだから!』


 ブースターの貧弱な推力が僅かに浮力を生み出し、続いて開いたパラシュートが雲海を突き抜ける。夜空の海へ沈めば、眼下にはまばらな光が地上の星空をまたたかせていた。

 その一つ一つが人の営み、復興する日本人の灯火ともしびだ。

 それを守った戦いが今、また一つ人知れずに終わるのだった。

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