第16話「わだつみに吼える狂戦士」
嵐の海を切り裂き
暗雲垂れ込める荒波の向こうに、まるで巨城のように幽霊船がそびえていた。その名はソビエツキー・ソユーズ級……ソビエト連邦が建造を断念した、幻の
「なにか武器は……手はないのか? このままじゃ」
チキ零号機のコクピットで、ひふみは奥歯を噛みしめる。
立ち上がっていたミマルが再び屈んで、ますます狭さの中で震えが止まらなかった。
「ひふみ君、現状では攻撃手段がありません。このまま接近するのも危険ではありますが」
「直接乗り込んでって、殴るしかないかな? 多分、船長はそのつもりかも」
荒れ狂う
接近によって、決三号がひときわ巨大に見えてくる。
そして、その攻撃は一層
『船長ぉ! 魚雷です! 雷跡、8! 本艦直撃コースです!』
『左舷、目視で機銃を叩き込め!
『ヨーソロー!』
とりあえず、ひふみは零号機から飛び降りた。
すぐに艦が傾斜し、側面を敵へと晒す。
『見て見て、アタシの弾が当たった!』
『ようし、お
連続しての波状攻撃で、砲弾が飛び交う中での応戦だった。
決三号の火力は圧倒的で、まるでハリネズミのように全身が火砲で包まれている。実際のソビエツキー・ソユーズ級を上回る武装で、近付くほどに弾幕が
ひふみは格納庫に降りると、
なにか、接近と攻撃の手段、脚が必要だ。
このまま酒呑が接近するにしても、
「……ふむ。これが使えそうかな。あとは、
一見して廃材だらけのゴミの山だが、ひふみにとっては宝の山でもある。
その中から、微妙に使えそうなものを選ぶと、迷わずひふみは参号機に飛び乗った。始動時のチェック手順をほぼほぼ全て省略して、ガスタービンがうなりを上げる。
ゆっくりと立ち上がった参号機は、格納庫の隅から小さな
大きな艦は接舷できる港が限られるため、こうした人員や物資を行き来させるためのボートを載せている。その大きさは、チキがギリギリ一機立てるかどうかというものだ。
何より、内火艇のエンジンではチキが重くてスピードが出ないだろう。
それでもひふみは、僅かな勝機に全てを賭けて飛行甲板へと上がった。
「いろは! ちょっとこっちに来て。……こいつで直接乗り込む」
『
「や、浮かびはするよ。あとは……僕の参号機で後から押す」
『え、つまり……バタ足? 泳いで?』
「プラス、全身のスラスターの推力で……多分、短い距離ならいけると思う」
確か、西洋に似たような海の遊びがあった
板切れの上に立ってバランスを取り、波に乗って海を駆け抜けるスポーツである。
見様見真似でそれを再現、さらに参号機の全力で小舟を押す。
このまま飛行甲板の上に突っ立っているより、効果的だ。
すぐに弾児とミマルがフォローしてくれる。
『援護します、ひふみ君。いろはさんも』
『ひふみっ、お前とお嬢のコンビネーションがキモだぜ。
勢いよく海へと、内火艇を抱えたまま参号機が飛び降りる。
チキの防水処理は、水深20m程度までなら大丈夫である。一応は完全密閉のコクピットだが、こんな外洋でのテストはしたことがない。
すぐに内火艇の上へと、いろはの
揺れる小舟は今にもひっくり返りそうだったが、そこはいろはのセンスが光った。
器用にチキの両手を広げて、両足の踏み加減で重心を落ち着かせる。
そこからは、参号機が全力で押し出し加速した。
『兄貴、チョイ右! んで、心持ち斜め気味に左だよっ!』
「もっと具体的に言ってほしいなあ、もう。こ、こうかな?」
既にもう、いろはの弐号機は両手に二振りの
そして、激しい攻撃の中をすいすい縫うようにして、ひふみはどうにか内火艇を操った。
申し訳程度のロケットモーターと、あとは物理的に脚で海水を蹴っての吶喊である。
もともと泳ぎは得意な方ではないが、ひふみは全力でチキの両足を動かし続ける。水圧で負荷がかかって、関節部が悲鳴をあげていた。
だが、思った通りでいろはが絶妙なバランスを取ってくれる。
『うわ、でっか……こんなでかい戦艦造って、ばっかじゃないの』
「……うちでも、日本でも似たようなの造ったんだよ。っと、機雷原!?」
『もう大丈夫、兄貴……この距離、取ったっ!』
ひときわ大きく内火艇が揺れた。
同時に弐号機がその場で身を屈めて、全身をバネにする。
既に数十メートル近くに肉薄していたが、いろはは一気に距離を殺す。
跳躍と同時に振り上げた斧が、真っ直ぐ決三号の主砲に振り下ろされた。
『しいいいいいいねええええええええっ! 死ぬまでオッ
第一砲塔が縦に真っ二つ。
そのまま振り向きざまに、いろはは第二砲塔も両断する。
これで事実上、主だった火力は半分になった筈だ。
そして、
その頃には、こっそり艦尾側からひふみの参号機もとりつきよじのぼる。
「いろは、やりすぎないでね。こいつと一緒に沈むのだけは勘弁だから」
『大丈夫だよ、兄貴っ! アハハ、コイツもう殆ど抵抗してこない!』
「……そういう時が一番危ないんだけど」
『平気だよ、全然大丈夫っ! これでえええええ、トドメだああああああっ!』
いかな巨大戦艦といえども、乗り込んでしまえば火力の多くが封じ込められた。それでも対空機銃などが旋回しているのを見て、ひふみはそれを一つ一つ丁寧にナイフで処理してゆく。
同時に、脚部が限界だとも敏感に察していた。
参号機の脚は、全力運転で動かし続けた関節部に火花を散らしている。
あとはいろはに任せるとして、この修理作業を思えば溜息が溢れた。
一方で、息を荒げていろはが躍動する。
彼女は両斧を重ねて一閃し、艦橋の中央に大きくXの字を刻む。そして、その中央へと、ありったけの銃剣を叩き込む。
串刺しになった艦橋がぐらりと倒れて、それがそのまま巨艦の最期になった。
『っし、取った! 殺した! アタシたちの、勝ちだっ!』
既にもう、決三号は浮いてるだけの幽霊船だった。
火器もことごとく沈黙し、ゆっくりと艦尾側に傾いていく。
沈むなと思ったが、まだいろはは高揚感の中で暴走していた。急いで離れなければと思ったが、生憎と参号機の脚は死んでいる。思うように歩けなかった。
「いろは、ごめん。ちょっと肩を貸して。母艦に戻るよ」
『あー、ん、んっ……終わった、の?』
「そ、終わった終わった。大活躍だったね、いろは」
『そっかあ……はあ』
またしてもいろはが虚脱状態になってしまった。
そして、決三号はゆっくりと沈んでゆく。
まずい、このままでは沈没に巻き込まれる。
だが、いろはの弐号機は既に棒立ちだ。いつものアレである。狂気に
ひふみは参号機を這うように動かして、弐号機に接触する。
「ほら、いろは! 帰るよ。酒呑は……近いな、いけるか?」
『また、殺したよ……兄貴』
「ん、お疲れ様だね。……いろは?」
『殺したんだ……アタシ。お父さんが……だから、撃たれる前に……』
まるで心ここにあらずといった様子で、いろはは要領を得ない言葉を続けていた。
本当の妹ではないので、彼女が戦中、そして戦後にどんな生き方をしていたのか、ひふみにはわからない。
ただ、初めて彼女は家族の存在を口にした。
なにかしらのトラウマか、それとも無意識の精神防衛か。
彼女の閉ざされた過去は、どうやら狂戦士状態と密接な関係があるようだった。
『ひふみ君、こちらへ飛び乗ってください。……ひふみ君』
「ごめん、ミマル。先にいろはをお願い。参号機はちょっと、脚がもう動かないんだ」
『了解です。今、弾児班長がクレーンを用意してくれてますので』
そうこうしている間も、ゆっくりと決三号は沈んでゆく。
生まれる前に死んだ亡霊が、初めての海へと還ってゆくのだ。
また一つ、戦後の戦争が閉じてゆく。
その中でひふみは、意を決してキャノピーを開くと弐号機に駆け寄った。よじ登って、外部からコクピットを解放し、乗り込む。
そこには、抜け殻のように脱力したいろはがぐったりしていた。
急いで弐号機の操縦を代わり、無人の参号機を肩に担ぐ。
「大丈夫? いろは……やっぱり今度、お医者さんに一度見てもらおうか」
「ん、いい……面倒」
「よくないよ、だって危ないからね。このままじゃいつか、本当に死んじゃうよ」
「その前に、殺すよ? お父さんみたいに、殺すの」
こうして、どうにかひふみといろはは母艦への帰還を果たした。
超弩級戦艦は艦首を天へと突き立て、そのまま真っ逆さまに沈んでゆく。
あとから知ったが、この決三号の撃破によって、日米の輸出入ルートが回復したとのことだった。たった一隻で、太平洋の全てを封鎖していた幽霊船艦は、史実通りなかったものとして処理されたのだった。
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