第5話「廻りて回る憎しみの霊子」

 マズルフラッシュが切り取る、コマ送りのような敵意。

 それは、かつてパンジャンドラムと呼ばれた。

 ――、それは失敗兵器の代名詞。

 かつての大戦において、地雷原や塹壕ざんごうを突破するための無人兵器として開発された巨大な殺人大車輪マーダーホイールである。ロケット推進で高速回転しながら、目標に体当りして爆発する。

 そういう期待を物理的に裏切ったがゆえに、闇に葬られた名だった。

 だが、それは今はひふみの目の前にある。

 オリジナルの何倍も巨大な、決号計画けつごうけいかく……旧帝国陸海軍の亡霊たる決一号けついちごう


『なにこれ、全然効いてないっ!』

『おじょう、お前さんのは弾が当たってないだけだ! しかし、こいつぁ……』


 スピーカーを通して叫ばれる声に、あせりがにじんでいた。

 ひふみも目視で確認しているが、海上より迫る決一号には、全くダメージを受けた様子がない。炎をまとって回転しながら、いよいよ砂浜へと上陸してくる。

 三機のチキによる全力射撃でも、その動きは全く鈍らなかった。

 そして、すぐ隣で志郎しろうが溜息混じりの言葉を漏らす。


「……弐号機にごうき、いろはの射撃は酷過ぎるな。弾の無駄遣いだ」

「あれでも今日は当たってる方ですけど」

「射撃などハナから当てにしてはいない。――真中まなかいろは! 近接格闘戦で仕留めろ! 他の機体は援護だ!」


 実は、いろはは弐号機の担当になってからずっと、射撃が苦手だった。

 何故なぜかはわからない。

 訓練だって人一倍こなしているし、動かない的ならば当たることもある。だが、ペイント弾による模擬戦などを弾児だんじとやると、命中率は酷いものだった。

 撃ち尽くしてから格闘戦に移るのが弾児なら、撃っても当たらないから格闘戦を挑むしかないのがいろはである。

 勿論もちろん、決号計画を殲滅せんめつできれば志郎には問題はないようだが。

 その志郎はちらりと、背後のトレーラーを振り返る。


「ん? 参号機さんごうきも持ってきているのか」

「ええ。破損パーツをそっくり付け替えるレベルの被害も考えられましたし」

「……すぐに起こせるんだな?」

「予備機ですよ? まあ、やれますけど」


 志郎は目を細めて、ニヤリと笑う。

 それが、砲撃にも等しい射撃の光に冷たさを浮かべていた。

 だが、指揮官は余裕でも実戦班は大苦戦中である。

 そして、ついにいろはがキレた。


『あったまきた! 弾児、撃ち続けて! アタシが切り込む! ミマルもいい?』

『おい待てっ! 敵の戦力がまだ……待てって、いろは!』

『班長、弐号機が突出。援護を続けますか?』


 弾児とは対照的に、ミマルの声は落ち着いていた。

 彼女の零号機ゼロごうきもまた、特大サイズのM1カービンを撃ち続けている。

 しかし、とうとう上陸した決一号は金切り声を歌った。より高回転へとシフトしたその全身が、海水と砂とを巻き上げる。

 その真正面に、いろはの弐号機が突っ込んでゆく。

 手には雌雄一対しゆういっつい、二刀流の巨大なおのが握られていた。


『タイヤなんか、ぶった斬ってやるんだからあ!』


 ちなみに、チキは二〇式特殊工作車フタマルしきとくしゅこうさくしゃ、ようするに重機である。

 いろはの使う狂刃は、本来は森林伐採等の作業に使う斧だった。

 手斧ておのというには刃が大きく重く、むしろ戦斧せんぷといった感じである。


『うああああああっ! しいいいいいいいねえええええええええっ!』


 金属音が鳴り響いて、走り始めた決一号に刃が食い込む。

 一瞬、その死の前進が止まった。

 だが、うなりを上げるロケットモーターからは既に、炎とは別種の熱量が放出されている。

 その正体を知る志郎だけが、僅かに表情を険しくした。


「むっ、霊子力反応れいしりょくはんのうが上がったか? 気をつけろ、まだまだ来るぞ」


 黄色とオレンジ色の弐号機を、煌々と照らす暗い業火ごうか

 それは、霊子力と呼ばれる未知のエネルギーが燃焼された残滓ざんしだ。

 憎悪ぞうおをくべて怨念おんねんを燃やす、それが未完の決戦兵器たちである。

 だが、押されつつあるいろはの弐号機はすぐに片方の斧を手放した。次の瞬間には、キュイン! と右手がひるがえる。なめらかに、可動領域を全開にして動く。

 ふところに入ってしまえば、あとはいろはの独壇場だった。

 その手は、外して軽くした装甲と引き換えに満載する、無数の銃剣じゅうけんを抜き取ってゆく。


『さっさと、おっちね! 止まれってんだよ、こなクソッ!』


 次々とロケットモーターを、銃剣の刺突で潰してゆく。

 二本三本と束ねて突き刺し、徐々にその回転する全体の力をこそぎ落とす。

 その時にはもう、援護を止めた弾児の壱号機いちごうきも駆け寄っていた。

 こっちはこっちで、装備していたピッケルを敵へと突き立てる。


『でかした、お嬢! このまま袋叩きだ! 零号機、ミマルだったか? お前も手伝え!』

『了解。……ん、目標の反応が低下中。同時に無数の小反応、発生、増大』


 ミマルの零号機は、腰の太刀たちに手をかけて止まった。

 つばのない、居合抜きのための白木鞘作りみたいな日本刀だ。こればっかりは、流石さすがに工作車の作業用工具とは言えないだろう。

 やはり零号機は、その使い込まれようから見ても特殊だとひふみには思えた。

 そして、ミマルの警戒心が現実となる。

 二機のチキに挟まれる形で、徐々に決一号の回転が弱ってゆく。

 ここぞとばかりに弐号機の蹴りが入って、とうとう車輪状の巨躯きょくは横倒しになった。


『っしゃあああ、弾児! トドメいくわよ! っ、はぁ、だらあああああああっ!』

『おいおい、お嬢! あんま興奮し過ぎるとまた……ん? な、なんだ?』


 すぐに班長の弾児が、自分の壱号機に拳銃を抜かせる。

 レミントンの違法品、ただデカくしただけのデッドコピーだ。

 だが、リボルバーのシリンダーが回転して、銃爪トリガーが弾丸を押し出す。

 その一撃は、突如決一号から飛び出した小さな飛翔体を撃ち落とした。

 身動きが取れなくなった決一号は、震えながら次々と小物体を撒き散らす。

 それは、小さくした無数のパンジャンドラムだった。


「ひふみっ!」

「参号機、出します! 志郎さん、下がってください!」


 どうやら決一号は、元祖パンジャンドラムが持っていない機能を有しているらしい。

 しかも、それは極端に始末の悪い無差別攻撃能力だった。

 無数の小型決一号が、そこかしこで回転を始める。

 急いでひふみはトレーラーに走って、荷台のシートを引っ剥がす。

 そこには、修理のパーツ取りに使う予備機、チキ参号機が横たわっていた。


「エンジン始動、起動手順の100番台以降を省略、その他諸々もろもろも省略」


 正規の操縦士ではないが、ひふみにも動かせる。

 非武装だが、他の機体の武器を借りればすぐにも戦える筈だ。

 だが、整備班の大人たちが悲鳴を連鎖させ、砂浜の戦場は混乱に叩き落されていた。

 決号計画の兵器群は皆、人を襲う。

 人間をこそ、真っ先に攻撃する習性があるという。

 それも、体格のいい人間を優先する。

 ガタイがいい、つまり英米兵えいべいへい狙いという訳で、チキが人型をしているのもその習性を逆手に取っての設計である。


「立ち上げます、周囲の人は下がって!」


 ガクン! とシートが大きく揺れる。

 無数の計器がバラバラに針で数字を貫いてゆく。振動とともにオイルの匂いが焼け焦げて、ゆっくりと鋼鉄の巨人が立ち上がろうとしてた。

 だが、ガラスのキャノピーの向こうにはもう、決一号の落し子たちが舞っていた。

 空中から降ってくるように、回転ノコギリのような車輪が落ちてくる。

 刹那せつな、闇夜を白刃の光が突き抜けた。

 立ち上がる参号機の周囲に、両断された小型決一号が一つ、また一つと落ちてくる。


『参号機、大丈夫ですか? 銃を渡します、使ってください』

「助かったよ、ミマル! ……こっちを頼む。銃は、ちょっとまずい」


 既に一部の小型決一号が、群れをなして市街地に走り始めていた。

 そのわだちのあとを追って、ひふみは参号機を走らせる。

 小型艦艇用の試作ガスタービンが、排気ガスを吐き出しフルパワーを歌った。

 同時に、背に装備された道具を手に引き寄せる。


「装備は……これだけか! でも、町中では銃器は使えない」


 参号機が両手で握る、それはスコップだ。

 だが、古来より歩兵にとってスコップは第二の武器、生活の必需品だ。塹壕も掘れるし、火にかければフライパンやなべの代わりにもなる。そして、白兵戦ではナイフを抜くよりスコップで撲殺ぼくさつした方が早いとも言われていた。

 ともあれ、言い訳がましく装備されたスコップでひふみは走る。

 戦後復興まもない街は暗く、既に日付も変わって深夜に静まり返っていた。


「ご近所迷惑だよ、その音っ! ――よし、まず一つっ!」


 バウンドしながら唸りをあげる小型の車輪を、力任せにスコップで叩き割る。

 これはこれで、意外と手に馴染なじんでしっくりきた。

 スコップは土木工事の道具であると同時に、手槍てやりなたのようにも使える。

 そして、背後をミマルの白い零号機が追ってきた。


『住民が気付き始めました。撤収準備をしつつ、残敵を排除します』

「ちょっとそれ難しくない!? って、そっちに三機行った!」

『お任せを。ひふみ君は逃げる一機をお願いします』


 まだ舗装ほそうもされていない道を、地響きと共に走る。

 周囲の家々に明かりが灯り始めれば、視認性のいい塗装のチキは酷く目立った。

 それでも、ひふみは機体を動かし続けて最後の目標へとスコップを投擲とうてき

 鈍い金属音がして、最後の殺意が夜空に炎を咲かせた。

 だが、気付けば足元に人がいる。


「……しまった。見られた、かな? ど、どうもー、こんばんはー」


 赤ら顔でこちらを見上げるのは、酔っ払った中年男性だ。中肉中背で、手に持った一升瓶いっしょうびんを驚きのあまりに落としてしまっている。

 ひふみは参号機に手を振らせながら、スコップを回収してすぐに海岸線へと戻ることにするのだった。

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