第14話 何用?

 会計を済ませ、喫茶店を出た書哉ふみやは、事務所に戻るべく歩き出した。

 閑散とした商店街を通り抜けていると、気配を感じた。


「やぁ、俺だよ」


「気配でわかっていましたが……朝から何用ですか? 烏衣うい


 そこにいたのは、いつもの着流しではなくグレーのスーツを着た恭史郎きょうしろうだった。

 その姿を見て、書哉ふみやはすぐに判断する。


(いつもの仕事の依頼ではない……ということですね)


 書哉ふみやの考えを証明するかのように、いつも以上にフランクに恭史郎きょうしろうが口を開く。


「ここで立ち話もなんだし、たまには街の方へ出てみないか?」


「……いいでしょう」

 

「それじゃ、俺のお気に入りの店があるからそこに行こうか。安心しろよ、おごるからさ」


 元から断る気がなかった書哉ふみやは、前を行く恭史郎きょうしろうの後に続く。

 仕事以外で街に出る事がほぼないため、ある意味新鮮な気持ちだった。


 ****


「ここだよ。結構静かでいいだろ?」


 着いたのは、テラス付きの洋食屋だった。西洋風でシックな建物が印象的だ。

 中に入ると、平日の昼前だからか、そこまで人はおらず、眺めの良い席に座る事ができた。


 恭史郎きょうしろうは紅茶を、書哉ふみやは少し悩んだ末……オレンジジュースを頼んだ。


「お前、初めての店はオレンジジュースからっての、まだやっているのか」


 からかい交りの恭史郎きょうしろうの言葉に、書哉ふみやが無愛想に答える。


「そこは僕の自由でしょう? それで、何用ですか? いつもの仕事と関係はなさそうですが?」


 注文した品が届く前に、書哉ふみやが口を開けば恭史郎きょうしろうが少し悩んだ素振りを見せた後、尋ねた。


「巫女の子……石神玻璃いしがみはりの様子はどうなんだ?」


 彼なりに、彼女を気にかけていたのだろう。だが、生憎彼女とは昨日の夜以降まだ会っていないため、状況がわからない。

 その事を伝えると、恭史郎きょうしろうは深いため息を吐いた。心底呆れたと言っているかのようなため息を。


「お前なぁ……。俺が言えた口じゃないが、流石にどうかと思うぞ?」


万年青おもとにも言われましたよ……。理解はしていますが……」


 そこで言葉を区切ると、書哉は自身の両手を見つめる。


(僕の両手は……けがれている……)


久道くどう?」


 恭史郎きょうしろうの声で我に返れば、注文した飲み物がテーブルに置かれていた。

 書哉は頼んだオレンジジュースを口に含む。少し酸味のある程よい甘さが広がる。


「どうだ? ここのオレンジジュースの味は?」


「美味しいですね……僕には勿体ないくらいに」


 自分を卑下ひげする口ぶりに対して、恭史郎きょうしろうは何も言わない。

 だが……。


「まぁ、お前の在り方は否定しないけど……巫女の子にはそろそろ向き合ってやってもいいんじゃないか?」


 諭すように言われ、書哉ふみやは困った顔をする。オレンジジュースをゆっくり飲みながら、彼女について考えることにした。


(確かに……そうなのかも、しれませんね……)

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