第18話 待っていた者との対峙

『来たか。待っていたぞ』


 いつもの玻璃はりの声とは違う、低く威圧する声色。周囲の空気は重く、淀んでいた。

 どう見ても異常な状況下の中、書哉ふみやが静かに口を開いた。


「お待たせしました。あなたを探すのに手間取ってしまったものですから。それで……石神いしがみさんに憑りつき、攫った理由を教えてくれますか?」


『ほう? 存外、この娘を狙ったのも悪くなかったというわけか。感じるぞ、貴様から怒りをな?』


「そう、ですか……」


 書哉ふみやは静かにそれだけ呟くと、怨霊が憑りついた状態の玻璃はりを注意深く観察する。

 彼女の瞳は澱み、深淵の如く暗い。そして何より、全身から溢れ出る瘴気が怨霊の念の強さを感じさせた。


(どうするべきでしょうか……僕は……?)


 この怨霊は間違いなく書哉ふみやに悪意を抱いている。だからこそ、玻璃はりに憑りつき攫い、そして今自分と対峙している。迷っていると、万年青おもとを宿した恭史郎きょうしろうが声をかけてきた。その声は二人分重なって響き渡る。


『何をしている? 早く彼女を助けろ。あのままだと、生命力が奪われて死ぬぞ!』


 その言葉でようやく書哉ふみやは動き出した。右手で数珠を握り、左手で刃が丸くなっている短刀を握る。それを見て、怨霊が不敵に笑う。


『物理的に排除しようとな? いいだろう! 来てみよ、処刑人!』


 書哉ふみやは答えることなく、怨霊に向かって行く。走る速度を徐々に上げていき、怨霊に向かって数珠を向けようとする。

 だが……。


『ぬるいわ! 我が怨みの念を受けよ!』


 瘴気が溢れ、そこから一つの黒い塊が生まれ書哉ふみやに向かってくる。避けようとするが、追いかけて来る。


(これに当たるのは、まずいですね……)


 おそらく触れれば、一発で書哉ふみやの魂が壊れるだろう。それくらい強い怨みの念が迫って来ている。

 流石の書哉ふみやにも額に冷や汗が伝う。


書哉ふみや! 伏せろ!!』

 

 声に従い書哉ふみやが身体を伏せると、背後から万年青おもとを宿した恭史郎きょうしろうが飛び上がり黒い塊に蹴りを入れた。

 一瞬で黒い塊……怨念は霧散した。その隙を突いて、書哉ふみやが走り出す。まっすぐ玻璃はりに憑りついている怨霊の目前に行くと、手にしている数珠を玻璃はりの身体に押し付けた。


『その程度で我らが怨み! 晴らせると思うな!!』


「晴らせるとは思っていません。ですが、彼女は無関係です。返して頂きます……!」


 刃が丸い短刀で斬りつける動作をする。だが、玻璃はりの身体に傷は一つも無くそのかわりに背後から黒い大きなモヤが現れた。

 いや、正確には玻璃はりの身体からはじき出された。

 ぐったりと倒れ込む彼女の身体を受け止めると、書哉ふみやは一旦後退する。

 怨霊は唸り声をあげ、モヤを広げていく。


「あなたの怨み……受け止め、そして……」


 ――浄化させて頂きます。


 書哉ふみやの決意を込めた声が辺りに響き渡るのだった。

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