終幕

第20話 それからの三人

 あれから二週間後。

 いつものように事務として働く玻璃はりだが、その心境は大きく変化していた。

 事務所の扉が開き、恭史郎きょうしろうが入って来る。


「やぁ、石神いしがみ。アイツは?」


恭史郎きょうしろうさん、答えなくてもわかるでしょうに……いつものように屋上です」


 あの日。

 書哉ふみやにも救われたが、恭史郎きょうしろうにも救われた事を理解した玻璃はりは、彼にも心を開くようになった。やりとりこそ淡々としているが、以前のような棘はない。

 もっとも、書哉ふみやが処刑人である事実も、何もかも現状は変わっていない。

 それでも三人それぞれに思うところ、心境の変化はあった。

 まず書哉ふみや玻璃はりと交流するようになった。具体的に言うと、食事を一緒に摂るようになったのだ。

 そして玻璃はりも、自分の事を書哉ふみやに積極的に話すようになった。好きな食べ物や、動物などについて。

 そんな二人を恭史郎きょうしろうは茶化す事なく見守りつつ、自身も会話に参加するようになった。

 ――三人で過ごす時間が増えて来たのだ。


 本日恭史郎きょうしろうが訪れたのは、仕事外の……三人でリビングにて食事を摂る約束をしていたからだ。故に、仕事着ではなくフォーマルな普通の服装だ。

 

(普通の恰好の方が似合っているのに、なんで仕事着はあんななのかしら? 今日聞いてみようかしらね……ふふ)


 成人男性の中に混ざる事に、最初は戸惑っていたが今では慣れた。それに、誰に咎められるわけでもないし……書哉ふみやが使役している死霊達も最近なんだかんだ三人に交じって周囲にいたりする事が増えて来た。

 

 (死霊達……彼らの事もいずれは知りたいわ。いつか、成仏できるように……)


 いつになるかはわからない。

 だが、彼らにも世話になったからこそ、新たな生を生きて欲しいとも思えるようになった。


「お待たせしました。では、時間も時間ですし食事にしましょう」


 階段を降りて来た書哉ふみやが二人に声をかける。未だ処刑人としての複雑な思いは抱いているが、彼もまた少しだけ穏やかになった。


「はい、行きましょう。恭史郎きょうしろうさんも飲み物はいつものでいいですね?」


「お茶くみさせて悪いね」


 他愛もない会話もするようになった二人から一瞬視線を外すと、鍵付きの分厚い手帳……いや、日記が見えた。


「おや? 石神いしがみさん日記ですか?」


「え? あ、はい……。記録とは別に……残したくなって」


「へぇ、なかなかシャレたデザインじゃないか」


 少し照れ臭そうな彼女に感心し、日記を見つめる二人にリビングに行くよう促すと、玻璃はりは日記をデスクにしまう。


(まさか、言えるわけないじゃない……みんなと過ごした日々を忘れないようにするための、備忘録なんて……)


 ――この鍵付きの日記は備忘録だ。以前のような記録の側面とは違う、久道書哉くどうふみやと共に過ごし仕事をし……何を想ったかを忘れないための……。

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死霊使いの処刑人、久道書哉の備忘録 河内三比呂 @kawacimihiro

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