第8話 いつもと違う理由は?

 書哉ふみや玻璃はりの予想より早く事務所に現れた。

 いつもなら、早くて三十分。

 だが、今回は恭史郎きょうしろうが来てから十分弱。

 

(なにかが、いつもと違う……?)


 不審に思った玻璃はりが、二階から降りて来たばかりの書哉ふみやに尋ねる。


「お早いですね? あの……書哉ふみや様?」


 いつも物憂ものうげな表情をしている書哉ふみやだが、今の彼は違う。

 険しく、そしてより悲しげなのだ。


烏衣うい、いつも通り車と……そして、石神いしがみさんの事をお願いします」


「あぁ、任されたとも。じゃあ……よろしく頼むよ?」


 二人だけにしかわからない会話をされ、玻璃はりが不満を訴えようとした時だった。

 突然、バイブ音が響く。

 恭史郎きょうしろうの携帯端末からだった。


「……急いだ方が良さそうですね?」


 書哉ふみや恭史郎きょうしろうに向かって声をかければ、彼は頷き車のキーをふところから出して、事務所の扉を開けた。

 先を行く恭史郎きょうしろうの横を書哉ふみやが急ぎ足で歩く。

 いつもと違う二人の様子に戸惑いながら、玻璃はりも後を追った。


 ****


 時刻は二十二時。

 夜の静かな住宅街を抜けた河川敷に、一人の中年男が佇んでいた。

 名前を、追嶋次盗おいじまつぐとり

 オールバックに黒いスーツ。左手には金色の腕時計をしている強面こわもての彼は、裏社会の人間であり……今回の罪人だ。

 次盗つぐとりは今、拳銃をふところに隠しながら身を潜めていた。

 ……今まで

 だからこそ、今回の殺しは……自分の命を捨てたようなものだった。

 ――自分の組のボスを、殺したのだから。


(もう嫌なんだ! あの感覚を味わうのは!)


 彼の言う感覚とは、殺しではない。


のは、もう御免ごめんだ!)


 そう。彼は……殺しの仕事をして行く内に、皮肉にも霊感が強くなるという、ある意味覚醒をしてしまったのだ。

 仕事をする度に、自身の背後に増える怨みの気配。

 それが不快かつ恐怖であり……とうとう許容範囲を

 逃れるために。

 自分が壊れるのを畏れたために。

 彼は初めて私情で。

 自分の意志で。


 殺しをしたのだ。


 それは、裏であろうと社会に組み込まれて生きている以上、やってはいけない

 元々、人を殺す事自体が、罪とされている世の中。

 それでも、彼が生きる事をゆるされていたのは……一重ひとえに歯車として動いていたからだ。

 そこから外れれば、裁かれて当然。

 わかっていた。

 わかっていて、殺した。


 だが……。


(計算できねぇ人間は損だな……。まさか、ボスも含めて……とんでもねぇ怨みの気配に、さらされちまうなんてな……クソが!)


 そう。

 ボスを殺した事で、次盗つぐとりの感じている怨みの気配は、更に濃度を増していたのだ。


(どうすりゃいい! どうすりゃ俺は……生きたままで、こいつらから逃れられるんだ!!)


 必死に思考を巡らせていた時だった。


 ――今まで感じた事のない気配を察知したのは。

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