第16話 迷う彼は彼女の元へ

 暗闇の中、彼女は泣いていた。

 孤独感。

 疎外感。

 そして……誰からも認めてもらえないという事実に、泣いていた。

 ひたすら泣き続けて、気づけば彼女は暗くて広い空間の中にいるのだった。


 ****

 

『はぁ!? 巫女の子が誘拐された!?』


 電話口から恭史郎きょうしろうの珍しく焦った声が響く。書哉ふみやは、小さく息を整えながら答えた。


「はい、そのようです。……僕は……どうすべきなのでしょうか……?」


『どうすべきって……お前な? 俺に連絡している場合じゃないだろう? はぁ、押し問答している場合じゃないか。探すんだろう? 手伝うよ』


 だが、書哉ふみやの返答は煮え切らない。


烏衣うい。僕に、彼女を探す権利が……果たしてあるのでしょうか?」


『権利?』


「そうです。穢れた僕に……清らかな彼女の無事を祈り、そしてあまつさえ救いたいと思うのは、傲慢なのではないでしょうか? 僕は……」


 話を遮ったのは恭史郎きょうしろうの怒鳴り声だった。


『うるせぇよ、ごちゃごちゃと!! お前は、単に畏れているだけだ! 彼女を傷つけたくない? それこそ傲慢だろうが! 人は傷つけ合いながらも寄り添うもんだよ、久道くどう


烏衣うい……」


『わかったら、急ぐだろう? 実はまだ近くにいるんだ。このまま向かうから待っていてくれ』


 そうして通話は切られ、残された書哉ふみやは額に手を当てながら近くのソファーに座り込んだ。


(人は傷つけ合いながらも、寄り添うもの……ですか)


  街中を走った後、戻った静かな事務所内を見渡す。いつもならここに玻璃はりの姿がある。いつの間にか、それが当たり前になっていたのだとようやく自覚した。

 あの後……自分では探しきれないと判断した書哉ふみやは、だからこそ恭史郎きょうしろうに連絡を取った。それは……。


(背中を押してほしかったのかも、知れませんね……)


「待っていて、くれますか? 石神いしがみさん。僕が……助けに向かう事を」


 ****


 思ったより早く、恭史郎きょうしろうは事務所へやって来た。彼は立ち振る舞いこそいつもと変わらないが、それでも瞳には心配の色が宿っていた。


「感謝します、烏衣うい。早速ですが、向かってくれますか?」


「勿論そうするとも。さて、それでどこに向かえばいいんだい?」


 問われて、書哉ふみやは死霊達を呼び出した。四体の死霊達は、彼に視線を向けながら指示を待つ。


万年青おもと八仙花はっせんか紫苑しおん雪中花せっちゅうか石神いしがみさんの元へ案内して下さい」


 四体は頷くと、同じ方角目指して飛んでいく。それを見ながら、珍しく助手席に座っている書哉ふみや恭史郎きょうしろうに道を指示する。

 なぜなら、彼――恭史郎きょうしろうにはからだ。

 

 おそらく自家用車なのだろう、いつもの派手なスポーツカーとは違う白いステップワゴンで移動する。

 向かうは、攫われた玻璃はりの元。

 彼女を救うために――。

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