第5話 裁きの時(飛縄泣得の場合)

「うぅ~ん?」


 泣得なえが意識を取り戻した場所は、灰色の空間だった。

 上下左右もわからない、それでいて

 

 自分の声のはずなのに、それすら聴こえないことで、ようやく酔いから醒めた。

 そして恐怖に身体が震え始め、寒気すら感じ始めた泣得なえの耳に、ようやく聴こえて来た人の声。

 それは……。


『ねえ? なんで、これくらいのこともできないの? バカだから~?』


『あ~アンタさぁ、無能なのね~? こんな簡単な仕事に、こんだけ時間かけて~』

 

『あのさぁ、明日から来なくていいから~。いらないのよね、アンタ~』


 今まで、気に入らない新人達に向けて、泣得なえが放ってきた言葉の数々が、凄まじい勢いで響いて来る。


(わたしはただ~自分の気持ちに正直なだけよ~! なのに、なんでこんな目に~!)


 声を出しても聴こえないため、心の中で思った。だが、それに対し、返事が来た。


『自分の気持ちに正直なのではなく、自分に都合の良い世界で生きていたかっただけでしょう? 貴女はそういう人間です』


 断言する声のあるじに、怒りをぶつけようとした。だが……。


(ひいぃぃ……)


 思わずその場に座り込めば、そこには先程の男女、八仙花はっせんか雪中花せっちゅうかが目前におり、二体が同時に彼女を強制的に土下座させその位置で固定させた。


(な、なに~!? く、くるし……痛い! 痛い!)


 無理矢理体勢を維持させられているせいで、身体のいたるところが軋む。だが、その時、無情な声と共に音がした。


『裁きます』


 声を上げる暇すらなく、泣得なえの首と胴体が斬り離された。


 空間は元の公園に戻っており、彼女が座っていたベンチに死体が転がる。

 それを確認すると、書哉ふみやが二体に向かって声をかける。


「お願いします」


 再びお辞儀をする八仙花はっせんかと頷く雪中花せっちゅうか。彼らは、静かに口を開き、泣得なえの首と胴体を吸い込んで行く。

 そうして、飛縄泣得とびなわなえはこの世から消えた。


「終わりました。記録はどうですか? 石神いしがみさん」


 声をかけられ、姿隠しの術を解いた玻璃はりが姿を現す。

 

「……記録はしっかりと。それがですので」


「……そうですね。それでは、烏衣ういの元へ戻りましょう」


 くだん恭史郎きょうしろうは、公園の外で待機しているのだ。

 玻璃はりは頷くが、その顔色は優れない。


 だが、それに気をる……書哉ふみやにはできない事だった。それは――自分が裁きとは言え、


 処刑人として生きるごうを背負った書哉ふみやにとって、玻璃はりの清らかで優しい心は尊く……そして儚いものに思えて、触れられないものなのだ。

 

 だからこそ、彼は声をかけることなく、その場を去る。

 後に続く玻璃はりも、わかっているからこそ、なにも言わずについて行く。


 どこまでも、距離が遠い。それが、この二人の関係だ――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る