第6話 それぞれの帰路

 街灯に照らされた真っ赤なスポーツカー。

 その横で、恭史郎きょうしろうが佇んでいた。

 彼は、こんな薄暗さだというのにまたしても、本を読んでいた。

 二人に気づくと、本から顔をあげる。


久道くどう。戻ったみたいだね?」


 彼が玻璃はりの名を呼ばないのは簡単だ。彼女が嫌がるから……それに尽きる。

 どうにも、恭史郎きょうしろうという人間は多少のからかいこそすれど、執拗にやるほどの男ではないらしい。


「えぇ、終わりました。帰るので、運転を頼みます」


「あぁ、そのためにここで待っていたのだからね。さぁ、乗っておくれ」


 そんな二人のやり取りを見つめながら、玻璃はりは思う。


(なぜ、人は罪を犯すのかしら……)


 ****


 事務所に戻ると、恭史郎きょうしろうが二人を降ろす。


「じゃあ、今夜もお疲れ様。まぁどうせ、近いうちに会うんだけどね? ……


 彼の言葉に玻璃はりが肩を少しだけ震わせる。だが、口にはしなかった。

 それに気づきながらも、あえて触れずに恭史郎きょうしろうは車を走らせ、書哉ふみやは静かに見送った。

 しばらくして、書哉ふみや玻璃はりに声をかける。


「入りましょうか」


「……はい」


 深夜の中、出る時に電気を消したため真っ暗な事務所へと入って行く。

 そして、二階の住居スペースへあがると書哉ふみやは自室、玻璃はりは貸し出されている個室へ向かう。

 ある意味、同居人とも言えるが……プライベートを詮索しないルールになっているし、二人とも

 故に、軽く挨拶だけかわすと二人は分かれていった。


 可能であれば、次の仕事が来ないようにと願いながら――。


 ****


 夜の街を真っ赤なスポーツカーが走る。

 一見すると、不審にも思えるし、実際何度も警察に職務質問されている恭史郎きょうしろうだが、それを気にするほど繊細な心を持ち合わせてはいない。

 

(今日は無事に戻れたね。幸運だ)


 特に何事もなく、自身が所属する日本裁定協会にほんさいていきょうかいの駐車場へ着き車を停めて、自分のプライベート車へ乗り換える。

 発車しようとして、着信音が鳴ったため視線をそちらに移せば、そこには直属の上司からだった。

 だが、彼はそれを切ると、静かに車を走らせた。


「悪いんだけど、この車に乗ったらもうプライベートなんでね?」


 彼は自分の愛車に乗り込んだらもうプライベートと認識しているし、それを上司にも伝えている。

 故に、彼が仕事の電話に出ることはない。

 夜の街を再度走る。


 そこに仕事をしている時の烏衣恭史郎ういきょうしろうとしての姿はない。


 過ごす休暇を楽しみに、彼は自宅へ向かうのだった。

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