第11話 複雑な関係

 静かになった河川敷から離れた書哉ふみやの視界に、少し距離のある所で車を置き、外で待機していた恭史郎きょうしろう玻璃はりの姿が見えた。

 視線をやれば、恭史郎きょうしろうは相変わらずの態度だったが玻璃はりの様子がおかしかった。

 気丈に振舞おうとしてこそいるが、身体は小刻みに震え顔は真っ青になっている。

 恭史郎きょうしろうと視線を交わらせると、書哉ふみやは少し考えた素振りをしてから、玻璃はりに声をかけた。


「……石神いしがみさん。呼吸を整えて下さい」


 うながされ書哉ふみやに言われた通り、呼吸を整えようとする玻璃はり

 だが、落ち着くにはまだまだ時間がかかりそうだった。


(どうしましょうか……)


 書哉ふみやが考え込んでいると、恭史郎きょうしろうがゆっくりと口を開いた。


「彼女が落ち着ける場所まで移動しないか? もっとも、車から降りると言ったのもこの子だけどさ」


 少し呆れたような口ぶりで言うと、恭史郎きょうしろうが車の運転席に乗り込みキーを差し込んだ。


石神いしがみさん。乗りましょう?」


「……はい」


 静かに答えると玻璃はりが後部座席に乗り込んで行く。それを確認すると、書哉ふみやも彼女の横に並んで座った。


「二人ともシートベルトはいいね? それじゃ、ここからおさらばするとしようか」


 恭史郎きょうしろうが車を発進させた。

 ……速度をゆっくりと上げながら。


 ****


 書哉ふみやの事務所に着き、車を降りた途端玻璃はりが地面に崩れ落ちた。


「す、すみません……すぐ……立ちますので……」


 書哉ふみやが知っている限り、今まで聞いたことのない弱々しい声を出す玻璃はり

 その姿を見て、珍しく少しだけ困った表情をすると書哉ふみや恭史郎きょうしろうの方へ視線をやった。


「……言っとくけど、俺は手を貸してはやれないよ?」


 恭史郎きょうしろうが無慈悲に告げると、書哉ふみやが深く息を吐く。何故なぜなら、恭史郎きょうしろうにとっても、書哉ふみやにとっても、玻璃はりとの関係性は複雑だからだ。

 ……簡単に手を差し出す訳にはいかない。


 いい大人の成人男性二人が、困っている時だった。突然、書哉ふみやの背後から水色の炎が現れて、人の姿となった。

 書哉ふみやの使役する死霊の一体、雪中花せっちゅうかだった。

 彼女は静かに微笑むと、ゆっくりと玻璃はりに近づいて行く。


「……大丈夫? わたしも、怖い……?」


 雪中花せっちゅうかに声をかけられて、ようやく玻璃はりが口を開いた。


「……いいえ。怖くは……ないわ。ありがとう」


 ぎこちなく微笑むと玻璃はりが地面に両手を置いて、ゆっくりと立ち上がる。

 服に付いた汚れを払う彼女を見て、恭史郎きょうしろうは眼鏡を直し、書哉ふみやは小さく息を吐いた。


「お見苦しい所をお見せしました、書哉ふみや様……と烏衣恭史郎ういきょうしろう


 呼び捨てにされた恭史郎きょうしろうは苦笑すると、書哉ふみやに向かって声をかけた。


「じゃあ俺は行くよ。後の事は任せたから」


 薄情にも見えるが、これが彼なりの一種の優しさでもあると理解した書哉は、頷くと玻璃を誘導し、恭史郎が車を走らせるのを見送る。


「……石神いしがみさん入りましょう。雪中花せっちゅうか、助かりました」


 雪中花せっちゅうかは微笑むと、静かに消えて行った。

 そうして、書哉ふみや玻璃はりは事務所の中へと入って行く。

 それぞれの想いを抱えながら――。

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