第10話 裁きの時(追嶋次盗の場合)

 怨霊を鎮めるという行為。

 今回の処刑は、それも含めての依頼だ。

 ……追嶋次盗おいじまつぐとりへの怨みの念は、尋常ではないほどに膨れ上がっているのだ。

 

「では、鎮めます」


 静かに告げると、書哉ふみやふところから刃が欠けた短刀を取り出し、空へ掲げると、代々伝わるを始めた。


 ――我、残りし想いを背負う者。


 ――汝らを解放せし者。


 ――我が声を聴きたまえ。


 ――心をゆだねよ。


 ――を、今ここに。


 書哉ふみやが手にしている短刀が、淡く光りはじめる。それと同時に、紫苑しおんが生成している空間の中から、黒いモヤが引き寄せられるように漏れ出て来た。


 次盗つぐとりに憑りついてる怨霊達だ。

 黒いモヤとなった怨霊達は、どんどん書哉ふみやの方へと向かってくる。

 それを確認すると書哉ふみやは、霊力を更に短刀へ注ぎ込んだ。

 光は更に強さを増し、怨霊達はその光と一体化した。


「では、天へ送りましょう」

 

 夜の空に、一筋の光のができる。そこを通るかのように、怨霊達は上へと昇って行く。


 ……これは死霊送りと呼ばれる、書哉ふみやの一族が確立させた独自のはらい方だ。


 怨霊達の想いを変わりに行う事を告げ、天へ送る。

 死霊使いであり、処刑人である一族だからこその方法なのだ。


 怨霊達が天へ渡った事を確認すると、書哉ふみやは短刀を降ろしてさやに仕舞う。

 そして、目を閉じ深呼吸をしてから、紫苑しおん次盗つぐとりを閉じ込めている空間へ足を踏み入れた。


 ****


 その頃。

 空間に閉じ込められている事も、怨霊達がすでにそばから離れている事にも気づかぬまま、次盗つぐとりは恐怖の最中さなかにいた。

 端的たんてきに表現すれば、今まで彼が無意識に想像していた恐怖のイメージを、そのまま幻覚として見せられているのだ。


「く、来るな! 俺に触れんじゃねぇぇぇ!! ひぃぃ!!」


 声を震わせながら叫ぶも、纏わりつく感覚がぬぐえず、その上で幻聴も響いている。

 次盗つぐとりの精神は限界を超えていた。


 その時……怨みの声とは異なる言葉が響いてきた。


「貴方に裁きを降しましょう」


 突然、身体が抑えられる感覚に襲われた次盗つぐとりは、いよいよ涙を流し始めた。

 そして、小さく呟いた。


「なんで……俺はただ、あの声に従っていただけなのに……」


 その言葉を最期に、彼の首と胴体は刃によって斬り離された。同時に、紫苑しおんが創り出していた空間が消え、元の河川敷に次盗つぐとりの首と胴体が転がる。


「喰らうよ? コイツを。いいさね?」

 

「えぇ、お願いします。紫苑しおん


 書哉ふみやの許可を得た紫苑しおんが、口を大きく開けて、次盗つぐとりの死体を吸い込んで行く。

 そうして、彼はこの世から跡形もなく……消え去った。

 気になる言葉を残しながら――。

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