第3話 次なる罪人

「お待たせしました」


 書哉ふみやが事務所の方へ姿を現すと、玻璃はりは安堵の表情を浮かべ、恭史郎きょうしろうは本を閉じた。


「あぁ、待たされてやったとも、久道くどう?」


「それはどうも。……早速仕事の話へ移りましょうか」


 恭史郎きょうしろうの嫌味も毎度の事なので、軽く流して本題に入ろうとする書哉ふみや。そんな二人のやり取りを、心の底から興味のない瞳で玻璃はりが見つめる。

 なんとも言えない空気が漂う。

 書哉ふみやが咳払いをし、強引に話を続けた。


「それで? 今回、僕が裁く者は何者であり、そして……何故なにゆえ処罰を免れたのですか?」

 

「いつもいてくるけどさぁ、そんなに罪人の素性を知ってどうするんだい? 大事だいじな事とは思えないよ?」

 

「貴方にとってはそうでしょう。ですが、僕にとっては大事だいじなのです。なので、さっさと話してください」


 ため息を吐くと、恭史郎きょうしろうは眼鏡の鼻緒に指をあてて位置を直してから、話を始めた。


「……今回裁く罪人は、飛縄泣得とびなわなえという。性別は女で年齢は三十四歳。罪名こそ横領だが、そのじつパワハラを幾度となく繰りかえし、何人もの若い部下を自殺へ追い込んだ……だよ」


「ひどい話ね。でも、罪状は横領なのね? ……法の裁きを逃れて……」


 暗い顔で言葉を漏らす玻璃はりに視線を向ける事なく、書哉ふみやは静かに恭史郎きょうしろうが渡した、今回の罪人について記載された情報を脳にインプットしていく。


 しばらく黙って読み込むと、書哉ふみやが一言呟いた。


「なるほど? 


 これは彼の口癖の一つだ。

 毎度仕事を受けては罪人の情報をインプットし、それが終わると、静かに呟きながらこの言葉を吐くのだ。

 もはや一種の儀式とも言える、この行為の意味を知るのは本人のみだろう。


「じゃあ行こうか? 用意はいいかい?」


 恭史郎きょうしろうが立ち上がったのと、玻璃はりが記録用の端末を持ち椅子から立ち上がったのは同時だった。

 その事が気に入らなかった玻璃はりは、恭史郎きょうしろうを睨みつける。だが、彼は気にすることなく車のキーを取り出し、指で回して遊び始めた。

 そんな二人に向かって、書哉が神妙な声色で声をかける。


烏衣うい、車をよろしくお願いします。石神いしがみさんも、記録を頼みます」


 恭史郎きょうしろうは遊ぶ手を止め、玻璃はりが頷く。

 そうして、三人は敷地内にある駐車場の方へ向かう。

 なお、恭史郎きょうしろうが乗って来る車は、の真っ赤なスポーツカーだ。

 この派手さでありながら、恭史郎きょうしろう曰く仕事用なのだとか。


(本当に……ふざけた男ね)


「言っておくけど、俺の趣味ではないよ? まぁ何台か候補があっての事ではあるけども」


 玻璃はりの心を読んだかのように告げると、恭史郎きょうしろうは車の施錠を解除して、運転席へ乗り込む。

 後に続いて、玻璃はり書哉ふみやが後部座席へ乗り込みシートベルトをしたのを確認すると、恭史郎きょうしろうが車を発進させた。

 向かうは……罪人のもとへ。

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