第一幕

第2話 相反する二人

 都心から少し離れた、閑散とした商店街を抜けた場所。

 そこに久道書哉くどうふみやの事務所がある。

 表札のない、寂れた鉄筋コンクリート造りの二階建てのビル。

 このビル全体が、事務所兼居住地なのだ。


 一階が事務所で、二階が居住スペースになっている。

 だが、事務所と言っても民間からの依頼は受け付けていない。

 受けるのは……『日本裁定協会にほんさいていきょうかい』からの仲介人を通してだ。

 日本裁定協会にほんさいていきょうかい――法から逃れた悪人を逃さず、裁く。そういう非営利目的の団体であり……


 そこから来る、仲介人。

 それが……。


「やぁ。相変わらず、可愛げがないね?」


 事務所の入り口に立つ、若そうな一人の男。

 赤髪のウェーブかかった髪と橙色の瞳に眼鏡をかけ、灰色の着流しを着たその人物は微笑む。


「……はぁ、来たのね……烏衣恭史郎ういきょうしろう

 

 迎えたのは玻璃はりだ。彼女は、大層複雑な表情をしながらソファーへ座る恭史郎きょうしろうに、お茶を出した。


 そのお茶を行儀もなく、一気に飲み干すと恭史郎きょうしろう玻璃はりに向かって尋ねる。


「アイツは?」


「……書哉ふみや様なら、今は花のお世話をなさっているわ。もう少しで終わるかと」


「そうかい。なら、待たせてもらおうかな」


 はたから見ても年上であろう恭史郎きょうしろうに対し、敬語をあえて使わない玻璃はり

 勿論、理由あってのことだ。

 ――全国霊能者連合ぜんこくれいのうしゃれんごう日本裁定協会にほんさいていきょうかいは、

 その中で育ってきた玻璃はりにとって、恭史郎きょうしろうは心を許してはいけない相手という認識なのだ。

 一方の恭史郎きょうしろうはというと、そんな玻璃はりを軽くからかう程度である。

 そんな相反する二人、恭史郎きょうしろうは本を読み始め、玻璃はりは事務処理の続きに取りかかった。

 各々の過ごし方で、この事務所のあるじを待つ。

 久道書哉くどうふみやを。


 ****


 時刻は午後十三時に差し掛かろうという頃。

 恭史郎きょうしろう書哉ふみやは花の手入れをしていた。


 ここは、事務所の屋上だ。

 もはや小さな庭園と化したその場所で、色とりどりの花達と向き合う。手入れをしている書哉ふみやの表情は穏やかだ。


(……もっと、この時間を過ごしていたい)


「……名残惜しいですが、今日はここまですね」


 心で思っていることと別の事を口にすることで、無理矢理思考を切り替える。

 手入れをやめると道具を片付けて、手洗い場で入念に自身の両手を洗い終えると、書哉ふみやは腕まくりしていたワイシャツをただして、壁にかけていたコートにそでを通す。

 先程までの穏やかさは鳴りを潜め、神妙な表情へと変わる。


「……罪ある者に、裁きという罰を……」


(僕のも、いつか裁きがくだるでしょうしね……)


 呼吸を整えながら、書哉ふみやは階段を一歩づつ降りて行く。

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