【其の十九】偽王子との戦い

 星は空一面に輝いている。地上にはお城とその城下町にのみ光が点在している。少し離れたお城を一望出来る丘には普段、誰もいない。


 そこに一つ、二つと光が灯り始めていた。その数は少しずつ増えていき、今では数百という数になっている。お城に匹敵する光の数だ。だからクリスにとって探す手間は省けた。クリスは馬を駆り、その丘の光へと向かって疾走する。


 丘に集まっているのは貴族とその配下の者たちだった。皆、手に武器を持っている。低いざわめきが周囲を支配している。緊張しているが、しかしそれは静かな怒気を孕んでいる。その視線の先は自然とお城へと向いていた。


 特に貴族たちの視線は一層厳しい。一方的な理由で令嬢を捕らえられた。解放を願い出るも却下された。そうしたら、もう自力で奪い返すしかない。そう決起したのである。


 クリスが集団に近づくと呼び止められた。馬を降り、ミレンダ伯爵家の者であると伝えると一人、身なりの良い男性が出てきた。白髪壮年の人物。幸いクリスは面識があった。この辺りでは大貴族の一人に数えられる、キール侯爵家の御当主だった。


 「久しいな。貴殿がここへ来たということは、ミレンダ伯爵家も参加されるのかな? もうあまり時間は無いが……」

「侯爵閣下、少しだけ待っていただきたい。今、伯爵家のサクラ様が王子殿下と「交渉中」です。必ずや侯爵様のご令嬢も無事戻られることでありましょう」


 クリスの役目は内乱阻止の為に時間を稼ぐことだった。跪き、頭を深く垂れる。クリスの言葉を聞いて周囲はざわめき、侯爵は沈黙する。


 「ふむ、その交渉。成功する算段はあるのかね? 我らは皆、殿下に素気なくされたのだぞ」

「その決意をもって、サクラ様は向かわれました。秘策もございます。必ずや交渉は成功します」

「……分かった。ミレンダ伯爵家の言葉、無碍にも出来ん。そうだな、十二時まで待とう」

「ありがとうございます!」


 クリスは一層深く頭を垂れた。わずかだが、時間を稼ぐことに成功した。クリスは立ち上がり、お城の方を少し不安げな表情で見つめる。決着がつくのに、そう時間がかからないであろう。果たしてあの小僧、ハヤトは上手くやれるだろうか。天に祈る気持ちで、クリスは満月を見上げた。






  —— ※ —— ※ ——






 気がつけば、舞踏会場はしんと静まり返っていた。捕らえられていた淑女たちは全員逃げだし、近衛兵たちはそれを追い掛けていってしまった。今ココにはあたしと偽王子しかいない。あ、気絶している義母様がいるか。


 あたしのぜいぜいという荒い吐息が白い幕を作っている。少し冷え込んできた。そろそろ体力の限界だった。幾ら軽いとはいえ、剣を振り回すのは大変だ。もう剣先を偽王子に向けておくことも一苦労で、剣先が床の絨毯を這い回ることが多くなっている。


 偽王子はあたしの表情を見て、うっとりと笑っている。このSめ。あたしの身体のあちこちには斬り裂かれた赤い線が刻まれている。そして黄金の剣を濡らす血を、偽王子の舌が舐め取る。いやーちょっとキツイっす。寒気がする。きっと出血のせいじゃないと思うんだよね。


 あたしはちらりと天井を見る。舞踏会場の天井はドーム型になっていて、その中心に一際大きいシャンデリアが吊されている。今あたしと偽王子がいるのは、その中心よりちょい外れている。もうちょっとこちらがわに引き込まないと……あと五メートルほど後ろまで後退できれば、丁度真下にくる。


 「いや中々頑張る。中学高校とずっと文芸部だったのにね」

「ここ一年、ずっと下働きだったものでね。体力は随分ついたのよ」


 あたしは少しずつ後退する。間合いを詰める様に偽王子は前進する。つーか、なんであたしの部活動のこと知ってるのよ。ストーカー怖い。


 「ボクもここ一年、剣術の修行は欠かさなかったさ。王子としての作法の習練もね。どうだい? 君に相応しい王子様になっただろう?」

「えーと、女性を斬り刻む王子様がどこの世界に居るのかしらね?」

「言ったはずさ。これは躾けだってね!」


 だんっと大きく一歩踏み込んで、偽王子は黄金の剣で突きを入れてくる。あたしは大きく後ろにステップして躱す。それを追い掛けて更に偽王子が踏む混んでくる。視界の隅で確認する。よし、シャンデリアの下に入った!


 「……あれ?」

「ふむ」


 入ったと思った寸前。偽王子は静止した。剣先を振って絨毯を斬る。たぶん、ちょうどシャンデリアの縁だ。あたしの目と、そして上方のシャンデリアへ視線を走らせる偽王子。微かな音を立ててシャンデリアが揺れている。どこから入り込んだのか、シャンデリアの上にはハヤトの姿があった。シャンデリアを吊す縄に手を掛け、今まさにナイフで切ろうとしていた。


 「なるほど、小僧の姿が見えないと思ったら……随分乱暴なことするね?」


 しまった、見つかった! 真正面からだと分が悪い。お城の構造に詳しいハヤトが、舞踏会場のシャンデリアを落として偽王子に当てる算段だった。偽王子は一歩二歩と下がり、満面の笑顔を浮かべる。


 「これで手詰まりかな? くふふっ、まあどこかに隠れているとは思ったよ」

「……ふん、これで終わりだなんて思っているんじゃないでしょうね?」


 そう言いつつ、心臓がばくばく言うのが聞こえる。はい、終わりです。チャーミーたちは魔女を押さえに行っちゃったし、クリスは貴族たちの説得に出ている。手札はもうない。大体ね、あたし高校生よ。ただのJK。そんな諸葛孔明みたいにぽんぽん策を考えられるわけが……。


 「あ」


 あたしは思わず呟いた。偽王子の背後に誰かが立つと、その後頭部を思いっきり殴りつけたのだ。


「ぶはっ」


 突然の打撃に偽王子は転倒する。その手を離れた黄金の剣が、床の上を転がっていく。あたしは唖然として、その打撃を加えた人物を見上げた。


「よ、よくも私を殺そうとしましたわねッ! 女だからって舐めるんじゃありませんわッ!」






 義母様だった。

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