【其の十四】ガラスの靴

 あれから一週間ほど経った。舞踏会での出来事は、国中に広まっていた。噂話ってのは伝わるのが早いなあと思う。それと、あの舞踏会の現場には国中から紳士淑女の方々が集まっていたもんね。そりゃあ全国に広まるわ。


 偽王子サイドは特に箝口令は敷かなかった。いやむしろ、自分たちで率先して宣伝した。どうやら舞踏会の最後に、あたしが置いてきたガラスの靴の前で、この当事者を探し出すと宣言したらしい。


 そして、一両の馬車が全国を巡り始めた。馬車の中には揃えられたガラスの靴。貴族の邸宅に立ち寄り、貴族の娘たちに履かせているそうだ。うーん、偽王子は「シンデレラ」の童話に沿う形であたしを探し出すつもりらしい。でもさ、あたしがミレンダ伯爵家の者だってことは分かっているのに、なんでそんなことしてるんだろ? さっぱり分からない。






  —— ※ —— ※ ——






 義母は自室で怯えていた。何にかといえば、そんなのは決まっている。舞踏会の夜の出来事である。正直にいえば、何が起こったのか全く理解出来ないでいた。あのじゃがいも娘が綺麗なドレスを着て舞踏会に現れたこと、そこまではまあ理解出来なくも無い。思えば、執事長辺りはじゃがいも娘に同情的だった。その辺りの仕業だろう。


 しかしだ。その舞踏会に現れたじゃがいも娘が王子様に見初められたかと思ったら、その王子様に事もあろうか蹴りを食らわせて逃げたのだ。


 蹴りを、食らわせる(復唱)。身分的にはミレンダ伯爵家の先代当主の娘が、王子様に蹴りを食らわせる(再復唱)。


 ああああああッ。伯爵家存続の危機だ。じゃがいも娘の正体を、王家側は把握しているのだろうか? あの娘はまだ社交界には出たことがないから、まだ知られていないかも知れない。


 あの日以降、じゃがいも娘はお屋敷へは戻っていない。使用人たちに命じて密かに探させている。少なくとも王家側より先にあの娘を見つけなければ……見つけてどうする? 殺す? いやそれはいくらなんでも、ちょっと可哀想。ただ、もう二度と人目につかない様にする必要はある。伯爵家の存続の為にも。


 「御当主様」


 突然の呼び声に、義母の身体がびくりと震える。執事長が部屋のドアを開けて、こちらを見ている。どうやらドアのノックに気がつかなかった様だ。


 「ななな、なにかしら?」

「王家の使いの方が、いらっしゃいました」


 執事長の声も固い。彼も知っているのだ。ガラスの靴を乗せた馬車のことを。噂は聞いている。貴族の娘の中で、ガラスの靴を履ける者を探しているということ。つまり犯人捜しだ。


 お屋敷の玄関まで出ると、既に準備が完了していた。王家の使いの者と近衛兵、そしてその中心に飾られた美しいガラスの靴。あの靴を履けた者は、王子様を蹴った犯人だと断定されるのだ。王家に対する侮辱の罪は大きい。恐らくは、死を賜るだろう。


 二人の実の娘たちは先に待っていた。不安げな顔で義母を見上げる。その表情を見て、義母は精一杯の勇気を奮い立たせて使者の前に立って、礼をする。


 先に上の姉が、ガラスの靴に足を通す。しかし足が大きくて入らない。ほっとする姉。続いて下の姉。これは入った。入ったが、靴の方が大きくてブカブカだった。一瞬ヒヤッとしたが、安堵の息を漏らす。これで二人の娘の嫌疑は晴れた。あとは早くじゃがいも娘を見つけて……


 「それでは次は、御当主様」

「えっ? 私も履くのですか?」

「はい。王子様からは、女性ならば老若問わずと申しつけられておりますので」


 使者は淡々と言葉を紡ぐ。義母は王子様を蹴ったのは若い女と分かっているのになぜ、とは抗言しなかった。仕方が無く、ガラスの靴に足を通す。


 「……え?」


 義母を含む、全員の視線がガラスの靴に集中した。義母の足は、ぴったりとガラスの靴に収まっている。思わず義母は脱ぎ払おうと足を振ったが、ガラスの靴はまるで義母の足と一体になったかの様に吸い付いて離れない。え? まさか私、じゃがいも娘と同じ足の大きさだったの?


 「御当主様をお連れしろ」

「ちょっと待って! これは何かの間違いよ!?」

「御母様ッ!」


 二人の姉が義母に縋り付くが、近衛兵によって取り払われてしまう。義母は両腕を近衛兵に掴まれ、馬車の中へと入れられてしまう。


 馬車の中には、俯いた女性たちが何人か居た。みな身なりの良い、恐らくは貴族の娘たち。いや義母より年上もいる。全員が女性。それで察した。この人たちは全員、ガラスの靴が履けた者たちなのだ。


 よくよく考えれば当たり前だ。じゃがいも娘の身体は中肉中背。標準的な女性の体格だ。その足の大きさも、同じ者は探せばごまんといるだろう。とりあえず全員捕まえて、その中から犯人を捜すつもりなのだろうか? 分からない。王子様は何をしようとしているの?


 無情にも馬車の扉が閉まる。ゆっくりと走り出すそれを、二人の義姉はただ黙って見送るほかなかった。

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