【其の十】使用人たちの「魔法」

 その日。お屋敷は朝から大忙しである。バタバタと執事やメイドが邸内を行き交っている。義母様や二人の義姉様はずっと自室に籠もり、鏡とにらめっこをしている。お化粧の真っ最中だ。一人に三人ぐらいメイドがついて、髪を梳いたり口紅を引いたり。もう何時間も格闘中だ。いつの時代も女の人は大変だ、と他人事の様に思ったりする。


 お屋敷の外では、二両の馬車が止まっている。こちらも朝から忙しい。馬車の装飾を綺麗に磨いたり荷物を積み込んだり。こちらは厩務役の男子たちが総出で作業している。荷物が多いのは、王室への献上品があるからだ。ウチは伯爵家。この国においてはそこそこ名家である。それ相応の品を献上する必要がある。二両の馬車のうち、一両は献上品専用である。これでも、もう一両増やすかどうかで結構揉めていた。


 そんなわけで、今日が舞踏会当日。王子様とお近づきになるチャンス。しかも噂によれば、王子様は今回の舞踏会で花嫁を見定めるらしい。二人の義姉様は断然張り切っているし、向上心逞しい義母様も猛烈にプッシュしている。三人にとっては一世一代の大勝負だ。


 そんな中、あたしは周囲の喧噪に取り残される形で、台所でじゃがいもを剥いていた。そりゃね、こんな状況下でも食事の用意は必要だからね。舞踏会の用意からは外されている。じゃがいも娘には任せられないと思っているのだろう。まあそれはそれで楽だけど。お化粧の手伝いなんて、八割方おべっか使って褒めて本人をその気にさせることなんだから。


 でも、こんなあたしでも重要なお仕事が一つ与えられている。あたしにしか出来ない大仕事だ。


 お昼になり。その役目を果たす時が来た。


 全ての準備が終わり、いざお城へと向かわん。綺麗に着飾った義母様と二人の義姉様が、しづしづとお屋敷から出てくる。その両脇にはメイドと執事たちが並んでいる。あたしもその列の中に居て「いってらっしゃいませ」と声を出す。


 ぴたりと、あたしの前で義母様の足が止まる。ついに、あたしにしか出来ない大仕事の出番である。


 「あらサクラ。貴方も舞踏会に行ければ、きっと嬉しいのだろうね?」

「いいえ、おからかいになって。あたしの行くところではありません」

「そうよね。貴方のようなじゃがいも娘が行ったら、みんな大笑いするわよね」


 おほほほっと義母様が笑い、それに二人の義姉様も追従する。おほほほ、おほほほ。サラウンドな笑い声が馬車の中へと消え、そしてゆっくりと走り出す。あたしはその馬車が視界の外に消えてから、ゆっくりと頭を上げて一息ついた。ふー、はい一仕事完了っと。


 「サクラ、大丈夫?」

「え? あ、大丈夫大丈夫。さ、お昼にしましょう。お腹空いちゃった」


 サーティが表情を曇らせて駆け寄ってくれた。良い子だねー。でも大丈夫。いやね、もうこの展開は読めてたし。あの三人の嗜虐心をちょっと満たしてあげた方が、こちらも何かと楽なのよね。


 それよりも。あたしはこれからのことに関心が移っていた。昼食用に作ったポテトグラタンを食べながら、舞踏会のことを考える。義母様にはああ言ったが、実際は出る気満々である。王子様が「彼」なのかどうか、それを確認する必要がある。やはり触ってもらうのが一番なのかな。


 でもそれで仮に王子様が「彼」だと分かったとして、次はどうしたらいいんだろ? 結ばれれば良いって言うけど、あのその、「彼」とはそもそもまだ恋人にすらなっていない関係である。結ばれるとは、どういう状態のこと?


 いや、その、好きだけどさ。片思いだけどさ。昔は告白する勇気も無かったけど、今はたぶん違う。この一年の経験があたしを逞しくした。人間、どんな事態に巻き込まれるか分からない。だったら、やりたいことはとっととやるに越したことはないのだ。


 そういう意味においては、義母様たちをキライではないんだよね。性格は悪いと思うけど、自分の力でやりたいことやってるんだもん。自分に正直なところはむしろ好感度が高いといえなくもない。







 「サクラ、ちょっといいかな?」


 丁度グラタンを食べ終わったぐらいのタイミングで、サーティが部屋のドアから顔を出して手招きをしてくる。基本笑顔な彼女だが、今の彼女はにっこにこだ。何かとても良いことでもあったのかな。クリスとついに結婚するとか? いや彼女の性格からして、自分のことで良いことがあったわけじゃなさそうだ。


 大人しくついていく。お屋敷を出て、裏手の物置小屋へと連れていかれる。小屋の中ではお屋敷の使用人たちが集まっていた。クリスの姿もある。


 「ど、どうしたの、みんな……?」


 みんなに取り囲まれて挙動がおかしくなる。全員笑顔なのが逆に怖い。え、なにこれ。もしかしてこれから『前からお前のこと気に入らなかったんだ』って、イジメられる展開? ここからがお前のシンデレラ?!


 「お前も、舞踏会に行きたいのじゃろ?」


 右左に顔を振って挙動不審になっているあたしに、聞き覚えのある声がかかる。人垣の後ろから前に出てきた老齢の紳士。あ、執事長だ。あれ? 義母様たちに付き添って舞踏会に行ったんじゃ無かったけ?


 「それは、そうだけど……でもドレスが無いし。それに馬車も」

「ドレスなら、あるよ」


 そう執事長が告げると、人垣の一角が崩れた。


 「ふわっ」


 あたしは思わず声を上げた。その先には、青い宝石で装飾された綺麗なドレスが佇んでいた。普段こういう綺麗な服装に縁の無いあたしにでも分かる。これは、すごい。名だたる姫様方が集う舞踏会でも、きっと遜色ない存在感を放つだろう。思わずその光景を夢想してしまうぐらいだ。


 「お前、いや、あなた様は本来このミレンダ伯爵家の御当主となられるはずのお方。今はあの継母に専横されておるが、いずれ正しい形になりましょう。これは我々からの、その気持ちを形にしたものですじゃ」


 目を丸くするあたし。確かに血筋的にはそうかも知れないけど、みんな今の状況に納得しているのかと思ってた。いやしかし、義母様人望無いな……ちょっと可哀想になってきた。


 執事長はあたしに、重箱を渡してきた。中にはそう、ケープが入っている。


 「これは今は亡きあなた様の本当の母上様が身につけていたものじゃ。これをつけて舞踏会へお行き成され。きっと母上様もお喜びになる」


 あたしより執事長の方が涙を流している。あたしがケープを被ると、周囲の使用人たちが歓声を上げる。そしてそのままあたしをお屋敷へと連れ帰り、綺麗にお化粧をして、ドレスに着替えさせた。お屋敷の入口には馬車が用意されている。あ、なるほど。だから一台馬車を出さなかったのか。


 あたしはその流れに流されるまま、綺麗に装飾されていった。あれ、ちょっと待って? 「シンデレラ」の物語だと、確かドレスとか馬車とか用意してくれるのは名付け親の役目じゃ無かったけ? ドレスとか馬車とか、それらが魔法ではなく物理的に用意されていく様を、あたしはただ呆然と見ているしか無かった。


 「いってらっしゃい! サクラ」


 サーティが見送ってくれる中、あたしを乗せた馬車は一路お城を目指して出発するのだった。

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