【其の十八】魔法の名は「その恋は、実らない」

 一拍の間を置いて、捕らえられていた淑女の一人が悲鳴を上げた。それはみるみる内に恐慌として全員に伝播して、彼女たちは出口へと殺到した。近衛兵たちが押し止めようとするが、なにせ人数は淑女たちの方が多い。彼らの怒声も、淑女たちの甲高い悲鳴の前に掻き消され、そして後ろから押し倒されて人波の中へと消えていった。あーあ、大丈夫かな? まあ鎧着てるから踏まれたぐらいじゃ死なないと思うけど。


 あたしは断頭台へと駆け寄る。義母様は……気絶していた。丁度良いわ。なんて言い訳しようか悩んでいたのよね。断頭台から義母様を外して、そっと横に寝かせてから白銀の剣を抜く。ガタンと、刃が下まで落ちる。剣を見るが特に傷はついていない。さすが魔法の剣。


 「その剣を手にしているということは、『彼』はもう記憶を取り戻したということだね」


 偽王子が歯ぎしりをしながらこちらを睨んでいる。ざしゅざしゅと、苛立ちを露わにする様に、手にした黄金の剣の切っ先で絨毯を斬り裂く。


 「そうよ。シンデレラと本当の王子様は結ばれてハッピーエンド。あとは魔女を退治するだけ。さあ、その黄金の剣を返して!」

「王子様と結ばれ……? くくくっ、そうだよサクラ。君は、ボクと結ばれる定めにあるんだよ。ここは、その為の『物語』なんだから」

「黙れ偽王子ッ! いい加減目を覚ませッ」


 すると偽王子は目を剥き出しにして、あたしに襲いかかってきた。黄金の剣が弧を描く。あたしは時代劇の見様見真似で白銀の剣を振るう。がきん、と空中で火花が散る。二つの剣が交わったのだ。


 ぬおおっ、手が痺れる! でも平然とした表情を崩さず、逆にこちらから斬りかかる。ぎいん、がきんと音が続けて響く。偽王子も剣術は素人だと思うけど、向こうには馬力がある。力で押さえ込まれたら終わりだ。


 「くふふ、まあ妻を躾けるのも夫の役目だからね」


 あたしのぶんぶん剣術の合間を縫って、偽王子は突きを入れてくる。鮮血が舞い、あたしは顔をしかめる。黄金の剣の切っ先が、二の腕の皮一枚を斬り裂いた。もしかしてこいつ、剣術の心得あり?!


 ぐっと白銀の剣を握り直す。血が指先まで滴ってくる。でも痛みはあれど、力はちゃんと入る。にゃろう、わざと浅手にしているな。Sか、Sなのか。


 でもそれなら好都合だ。


 「婚姻届にサインした覚えはないけれども?」

「この世界にそんなものがあるのかどうか知らないけど……まあ君の方から泣いて頼んでくる様になるよ。じきにね」


 また肌を斬り裂く。今度はドレスを斬り裂いて、右の太股。でもあたしは果敢に剣を振り回す。あとちょっと。あと少しだけ時間を稼ぐ——!






  —— ※ —— ※ ——






 ——お城に突入する数刻前。


 あたしが黒猫チャーミーの言う通りに念じると、宙空に白銀の剣が光と共に出現した。目を丸くするあたしとクリス。リオン……いやハヤトは知っている様子だった。


 『これが白銀の剣。物語の終末に出現して魔女の魔法を打ち破る二対の剣、その一振りだ』

「白銀の剣……」


 見たまんまのネーミングである。あたしが剣の柄を握ると光は消え、ずしりとあたしの腕にその重さがのし掛かってくる。あ、見た目より重い。でも不思議なことに、振るのは簡単に出来るんだな。なんだろこの奇妙な感覚。磁石に浮かされてるって感じが一番近いかも。


 クリスが首をちょっと傾げながら聞く。


 「二対ってことは、もう一本あるってことか?」

『そう。それが黄金の剣。本来ならハヤトが持っているはずの剣よ』


 答えたのは白猫の方だった。


 「じゃあ今は持っていないってことか」

『そうね。一年前、偽王子に奪われたのよ』


 ——王子は二人いた。双子だった故に一人はお城の最奥に閉じ込められた。偽王子である。もう一人は王子として育てられた。それがハヤト。


 「待って。双子なのに年齢違くない?」

『それは黄金の剣を盗られた影響だな。本物の王子は偽王子を哀れんで、都度会いに行っていたが、偽王子は魔女の魔法を使って王子から剣を盗んだ。そして記憶と共に年齢を改竄した。自分が本物の王子と入れ替わる為にね』

「なるほど」


 ハヤトの方を見ると、苦笑いしている。まあ一年前だと、ちょうど転生した直後だ。魔女のこととかも知らないだろうから不覚を取ったんだろうな。


 それはそれとして。あたしはじとっとチャーミーを見つめる。というか睨む。


 「なんか急に色々と教えてくれる様になったわね」

『「物語」は終わったからね。哀れなシンデレラは王子様と結ばれてめでたしめでたし。ここまでは魔法の誓いによって干渉出来なかった』


 ぶるるっと、チャーミーの毛が逆立つ。白猫も同様。


 『ここからは魔法の時間だ。よって我々も本来の力を発揮出来るというもの』


 あたしは目を丸くした。二匹の猫が急に巨大化したのだ。その背はあたしよりも大きく、虎、いや豹かライオンか。とにかくネコ科のデカイ生き物へと変貌した。その背には一対の翼がある。少なくとも現代の生物では無い。お伽噺、童話の世界の生き物だ。


 『黄金の剣を取り戻し、そして魔女の魔法を打破する。それで全てハッピーエンドだ』

「ま、魔女の魔法って?」






『その魔法の名は「その恋は、実らない」』







 実に嫉妬心溢れる魔法だと思った。

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