【其の六】お前が鳴け
内門をくぐると、雰囲気ががらりと変わる。道幅が広くなり街路樹が茂り、そして立派なお屋敷が連なっている。建物の密度はお城に近いほど間隔が開いていて、庭園のようなものが見える。たぶんお城に近い方が大貴族のエリアなんだわ。貴族の中でも格差は存在すると思えると、ちょっと息苦しさを感じる。
あたしは何となく通りの端を歩いている。あまり程度の宜しくないメイドの格好をしているので場違いな感じがして、ヘンに声を掛けられたら面倒だ。しかし通りは閑散としていて、あたしに注意を払う者はいない。どうやら貴族様は馬車で移動する様で、通りを歩いているのはあたしと同じ様な使用人っぽい人だけである。
そうこうしている内に、お城の正面までやってきた。
「はえー」
間の抜けた声を出しながらお城を見上げる。想像以上に大きい。お城の周りは綺麗な水をたたえた堀に囲まれ、お城との間には跳ね橋が下ろされている。その跳ね橋も只の板じゃない。青白に飾られた欄干、そして床には赤絨毯。え、跳ね橋にも絨毯敷くの? 驚きである。
そしてお城の主塔を見上げれば、首がもげるかってぐらい高い。いやー、王様って偉いんだねー。こんなお城を建てられるんだなんて。そりゃみんな王子様と結婚したがるわけよ。
「お嬢さん、危ないよ」
そんな観光客ムーブ丸出しのあたしに、跳ね橋を護衛している近衛兵のおっちゃんが声を掛ける。あたしも後ろからの音に気がついて、脇に避ける。
その空いたスペースに、一台の馬車が停止した。今まで見た中でも、より一層豪華な感じだ。金色の竜の様な像が屋根についている。あれって、まさか純金じゃないよね……。二頭の馬は訓練されているのか、静かにしている。
「ん?」
あたしの脇を誰かが擦り抜けていった。一瞬身構えるが、それはあたしには用事が無い様で、そのまま馬車の方へと走っていく。あたしより背の低い子供だ。
この場にはちょっと似つかわしくない服装。使用人なんだろうけど、ズボンの裾の高さが左右でバラバラな上にほつれている。普通、貴族の使用人であれば、贅沢は出来なくともそれ相応の身なりを整えて貰えるものだ。あまり貧相な格好していると、雇い主の沽券に関わるしね。あたしだって、最低限外出するのに恥ずかしくない程度の服は用意してもらっているのだ。
その子供は馬車の扉の前まで走り寄ると、その場で四つん這いになった。んん? と思って見ていると、馬車の扉が開いて「私は大貴族です」といわんばかりのおっさんが出てきた。特徴、ビール腹。いやこの世界だとエール腹になるのか?
「お疲れ様です、公爵殿下」
「うーむ」
近衛兵の敬礼を受けつつ、公爵閣下が馬車を降りる。しかし馬車の扉は結構高い位置についている。降りるには踏み台が必要だ。四つん這いになった子供の背を、公爵殿下は踏み台にして降りた。背に足を下ろすと、ぐるりと爪先をねじこむ。子供の顔が歪むのが見えたが、彼(彼女?)は声を上げなかった。
ああ、なるほど。あたしは納得した。使用人を踏み台代わりにしている訳ね。それも大人だと高さが微妙に合わないので子供を使ったと。なるほどなるほど。
「ふむ、今日の踏み台は泣かぬな」
「…ッく」
「お前が鳴けッ!」
「ぎゃぴい!?」
公爵殿下は頬にフックを食らって、二度三度と赤絨毯の上を転げて回って行った。それをぽかんとした顔で見つめる近衛兵と子供。そして鼻息荒く拳を握り締めているあたし。
慌ててクリスが走り寄ってくる。
「ちょ、お前、何やってんだよ?」
「だって、このおっさん、こんな子供を虐めてるんだよ!」
「虐めてるって、踏み台のことか? 普通だろこんなの」
「普通?!」
ギッとクリスを睨む。あたしの様子に驚いたのか、クリスが一歩下がる。そこでハッと気がつく。子供の方を見ると、まだ何が起こったのか分かっていない表情をしている。……ああ、なるほど。この世界ではコレが普通なのか。あー、やってしまったなー。でも後悔はしていない。
「こここ、この公爵たるわしに手を上げるとは何たること! 近衛! 引っ捕らえよッ!」
よろよろと立ち上がった公爵殿下が顔を真っ赤にしている。あー、まー、うん。ですよねー。こりゃちょっと、どんぐらいの罪状になるんですかね? この世界に刑務所ってあるのかしら。あ、牢屋があるか。まさかいきなり死刑とかは無いよね? ね?
「まあまあ公爵殿下、お久しぶりでございます。私はミレンダ伯爵様の厩務役、クリスです。どうか、お気を沈めてくださいませ」
「ミレンダ伯爵だと? まさかあの娘、伯爵の使用人だというのか?!」
「いえ使用人というか何と言いますか……その辺りは複雑でして」
「まさか伯爵は、わしに楯突こうという気であるのか!」
「いえいえまさか! 伯爵様他使用人一同、公爵様と王室に忠誠を誓っております。今のは……そう、余興でして」
「よきょう?!」
「舞踏会をより盛り上げるべく、その余興の一環としてですね……」
「わしを殴ることと余興と、一体どんな関係があるというのだ!」
「えっと、そのですねー……」
クリスの顔に脂汗が滲む。余興って、どんな言い訳だよ……まあどんな言い訳も通るわけもないと思うけど。その必死に庇ってくれる心意気だけは感謝してる。
「お姉ちゃん」
ぼそっと囁く声が聞こえた。少年の声。ふと横に振り向くと、さっきの子供が立っていた。男の子だったのね。
「逃げるよ」
「えっ?!」
ぐいっと、身体が引っ張られるままにあたしは走り出していた。さっきの少年があたしの手を引いて走っていく。後ろから怒声が上がったが、振り返ることはしなかった。ここまで来たら、もう逃げるしか無い。あたしは少年に連れられるまま、お城から遠くへと走り去って逃げた。
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