【其の二十】終演
義母様は倒れた偽王子を見ろして、ふーふーと荒い息を吐いている。相当に興奮している。そりゃ殺されそうになったんだもん。所謂ブチギレというやつだな。なので多分後のことは考えていなかったんだろう。息が落ち着いてくると妙に周囲をきょろきょろと見回し、でもとりあえず倒れた偽王子にえいっと蹴りを加える。やっていることがちぐはぐだが、気持ちは分かる。
その隙に、ハヤトがシャンデリアの上から降りてきた。地面で跳ね、二度三度と転がる。おいおい結構な高さだけど大丈夫?! ハヤトはちょっとだけ顔をしかめて、そのまま偽皇子の手を離れた黄金の剣へと手を伸ばす。
ハヤトの手が柄に触れると、突然光が放たれた。それはハヤトと黄金の剣からで、その光の中でふわさりと髪がたなびく。一回り小さかった身体があたしより大きくなり、そして白いタキシード姿へと変わる。魔女の呪いが完全に解けて、元の王子様の姿を取り戻したのだ。
「金城くん!」
「大丈夫か、白銀?」
この程度大丈夫と言いたいところだが、斬られた数が数なので結構痛い。するとハヤトは黄金の剣に念じる。再び光が生まれ、今度はそれがあたしを包み込む。あれ? 痛みが無くなっていく。血糊や斬られたドレスはそのままだけど、どうやら傷は治ったらしい。ごしごしと頬の血糊を擦る。ちょっとはマシになったか?
「うぐぐぐッ」
「ひっ!」
地の底から響く呻くような声。義母様が青い顔をして、回廊の方へと逃げていく。偽王子だ。ゆっくりと立ち上がり、血走った瞳でこっちを見る。あたしか、ハヤトか。両方か。それは分からない。
言葉に鳴らない怒声と共に、偽王子がこちらへ飛びかかってくる。武器は何も無い。ハヤトはあたしの前に身体を滑らせ、黄金の剣を構える。その剣先は真っ直ぐに偽王子に向けられている。
その瞬間を、あたしは見ることができなかった。ハヤトの剣捌きはとても速く、気がついた時には既に振り下ろされていた。ハヤトの眼前で、ゆっくりと偽王子が倒れる。
「まさか……斬ったの?」
「安心しろ。峰打ちじゃ」
「それどんな時代劇?!」
そういえばハヤトは剣道部だった。なんかただ手に持っているだけでも様になっている。どちらにしろ、これで一件落着かなー。いやー大変だったわ。
『まだ終わりじゃ無いぞ』
チャーミーの声がしたかと思うと、窓ガラスを突き破って二匹の翼を生やしたデカイ猫が入り込んできた。二匹の白と黒はあたしたちの目の前に降り立つと、ぺっと口に銜えていたものを吐き捨てた。
「ひっ!」
あたしは思わず悲鳴を上げる。でかい蜥蜴の頭だったのだ。いやいやいや、ネズミの死骸だって怖いのに。思わずハヤトの後ろに隠れる。
『露払いはしてやったぞ。後はお前たちの出番だ』
デカイ黒猫と白猫は、あたしとハヤトをその背に乗せるとあっという間に天空へと駆け上がっていった。
—— ※ —— ※ ——
たぶんその光景が見えるのは、異界の者たちだけであろう。月夜の美しい星空は幕の外へと退場し、それを覆い尽くさんばかりに巨大な構造物が天から降りてきた。無数の歯車が噛み合って作り上げられたそれは、古来よりこう呼ばれている。
——
魔女は、常に想いの交点に現れる。例えば。一人の女性を二人の男性が取り合えば、少なくとも一人は脱落する。一人の想いは遂げられ、もう一人の想いは儚く消える。
その男性の想いはゆがんでいた。ひずんでいた。そして案の定失敗した。だから願った。遂げられぬ想いを遂げる為の魔法を。魔女はそれに少し手を貸しただけ。
魔法は呪いに似ている。叶わなければ、自分に跳ね返ってくる。だからその魔法は常に成就する。ほら。その男の恋は、実らなかった。魔女はその物語を観て、くすくすと笑う。あー楽しかった。今回のは、まあまあだったわね。
相変わらず悪趣味だな、と黒猫が囁く。魔女は返す。これはね壮大な実験なの。実る恋に興味は無い。実らない恋にこそ可能性があるのよ。だからさよなら。もう貴方たちに用はないわ。実った果実を精々味わうといいわ。
天空へと駆け上がったサクラとハヤト。彼らが手にした二振りの剣。その剣が交差して、歯車の構造物を斬り裂く。それはまるで絹を切り裂くような音を立てて、ゆっくりと天の方向へと崩れていった。
——そして十二時の鐘が鳴り。灰かぶり姫の物語は終演する。
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