サンドリヨン編

【其の二】サンドリヨン

 「サクラ! サクラはどこに居るのッ!」


 甲高い若い女性の声が屋敷の中に響き渡る。はいはいよっと、今行きますよー。あたしはジャガイモの皮剥きを放り出し、食堂から天井の高い通路へと駆け出す。昼下がりの午後。柔らかな日射しが注ぐ中を、全力疾走で駆ける。元々あまり運動は得意ではなかったけど、ここ一年で随分鍛えられた。膝下で切ったスカートの裾が翻る。


 大きなお屋敷である。サクラと呼ぶ声が天井や壁に反響し、四方八方から響いてくる。でもいつものことだから、どこで誰が呼んでいるかは大体察しがついている。二つ目の廊下の角を自転車のように身体を傾けながら曲がり、三つ目の扉の前で急停止する。


 先日は走った勢いのまま飛び込んだらえらい怒られたので、今日は一旦立ち止まり、足先を揃えて深呼吸をしてからノック。そしてお淑やかに「失礼します」と告げてから扉を開けた。


 「遅かったわね、サクラ」


 嫌味が眉間の皺という名の弦から響いてくる様だった。扉の向こうは綺麗に飾られた談話室で、そこには一人の美女と二人の美少女が佇んでいる。午後のティータイム。三人が囲むテーブルには紅茶と焼き菓子が並ぶ。ふわりと薫る紅茶の香り。あ、銘柄変えたのかな? そういえば遠戚の方が先日来訪していた。その時のお土産なのかも知れない。この世界にはテレビもネットもないので、自然と衣食住に興味が向くようになった。


 「あたくしが呼んだら、鐘の音が二つ鳴る前には来なさいと言ったはずよ」

 「申し訳ありません、義母様」


 美女、義母様に言葉で責められて、あたしは深々と頭を下げる。美女というものにもいろいろ方向性があるけど、義母様は一言でいえば「鋭い」。切れ長の目尻に長い睫、透けるような青白い肌にキラキラと輝く金髪。眉間の皺すらも彼女を飾るアクセントだ。たぶん駄々っ子泣きしても、周囲の人たちはちやほやしてくれるんだろうな。いやー、美人っていろいろおトクだな。羨ましい。


 「まったく。貴方ときたらいつもいつも、だらしないのだから。一体誰に似たのかしら」


 義母様の台詞に追従して、くすくすと笑い声がする。二人の美少女、上の義姉と下の義姉だ。こちらも義母様の血を引くだけあって、美しい。なんというか、美術品の様な美しさである。


 元の世界でもアイドルやモデルですっごく可愛い子とか綺麗な子はいたけど、それと比べてもちょっとレベルが違う。ギリシャ彫刻みたいって言ったらいいのかな? あっち寄りの美しさだ。


 「これだからジャガイモ娘はダメなのよ。生まれが違うから仕方が無いわね」


 上の義姉が追撃を駆けてくる。お、今日はパターンBか。最近じゃ珍しい。ちょっと機嫌がいいのかも。その分だと、CからE、そしてAに戻って終了って感じかな。私は頭を下げたまま、床に敷かれた高価そうな絨毯の目の数を数えている。素数を数えるみたいなものだ。


 「それよりもお母様、そろそろ行かないと」

「そうね。町に行って、ドレスを仕立ててもらわなくっちゃね」

「そうよ。王子様の舞踏会、新しい綺麗なドレスで行きたいわ」


 上の義姉の嫌味が一周した頃を見計らって、下の義姉が声を上げる。下の義姉がちらりとこちらを見て、にんまりと微笑を浮かべる。あーあー、そういう愉悦そうな笑顔は似合わないと思うんだけどなー。


「義母様、舞踏会って?」


 この台詞、あえて言ってます。ええ、相手の嗜虐心を満足させる為にね。これでもいろいろ気を遣って生きているのだ。


 私の台詞を聞いた義母様が、にんまりと笑う。たぶんこの為にあたしを呼び出したんだなー。


「来週、お城で王子様主催の舞踏会が開かれるのよ。まあジャガイモ娘、貴方には関係ないことだけども。——さ、行きますわよ」


 おほほほほほっ。そう笑いながら、義母様は席を立ち上がり、談話室を出て行った。二人の義姉様方も、おほほほほっと続いて退室する。そのサラウンド笑い声が廊下から響いてこなくなって、ようやくあたしは気を緩めてはーと息を吐いた。


 「お疲れさまー。今日は短かったね」


 談話室に控えていた同年代のメイド、サーティが苦笑いを浮かべながらあたしの肩をとんとんと叩く。基本的に、このお屋敷に雇われている人たちは、あたしに同情的である。特にサーティとは同年代ということもあって仲が良い。


 「舞踏会かー、あまり興味ないなー」

「どうやら王子様、妻を探しているみたいよ。そろそろお年頃だっていうから」

「正妻? それとも妾?」

「どうなんだろ? 妾でも結構良くない?」

「いやー、あたしはパスだわ。そんなん浮気してるのと一緒じゃん」

「サクラって、その辺り珍しい価値観してるよね」

「そっかな?」

「そうだよ」


 あたしとサーティは席に座り、残されたお菓子と紅茶に舌鼓を打つ。残り物を食べているんだけど、ちょっと意味合いが違う。食事にしてもおやつにしても、あえて残すという体裁で下人たちに下賜しているのである。主と同じ物が食べられる分、待遇としては好待遇な部類である。


 王子様談義は続く。でもあたしは焼き菓子をぼりぼり食べながら、他のことを考えていた。








 ——後妻と二人の義姉、それに虐められるあたし。そしてお城で開催される王子様主催の舞踏会。これであたしはほぼ確信した。灰かぶりじゃなくてジャガイモ娘だけど、ねえこれって「シンデレラ」だよね?!

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