【其の八】舞踏会でまた会いましょう
「あははははっ、はははっ」
王子様は笑っていた。こぢんまりとした専用の中庭に、竪琴のような笑い声が反響する。リオンがお城の正門前で起こった出来事の経緯を語ってからずっとである。どの辺りが王子様のツボを押したのだろうか。
「はー、それはそれは叔父上も災難なことだ。ふっ、あははははッ」
一瞬立ち直りかけて、また笑いが止まらなくなる。リオンもあたしも唖然と口を開けたまま、王子様の笑いが収まるのを待つしかなかった。
「よかろう、叔父上には私の方から話しておくよ」
「あ、ありがとうございます殿下」
「なに、私とお前の仲だ。遠慮は無用だよ」
「……はい」
リオンが深々と頭を垂れるのを、王子様は手を上げて制止する。なんだ、随分仲いいじゃん。自分は最下級の使用人だって言っていたのに。それとも王子様の懐が深いのかな? まるで仲の良い兄弟みたいだ。
「時に、サクラ嬢」
「は、はい」
いかん、突然呼ばれたから声が上擦った。恥ずかしー。
「貴方は今度の舞踏会は出席されるのかな?」
「え? いやー殿下。あたし使用人なんで、舞踏会には……」
「隠さなくてもいい。ミレンダ前伯爵のご息女ということは知っているんだからね」
「え?!」
ミレンダ家の現当主は義母様。そして前当主はその夫であり、あたしの無くなった父。確かに父が存命中は伯爵家の令嬢としての扱いをされていたけど、王子様に会ったことあったっけ? シンデレラの記憶を手繰ってみるが、さすがに幼い頃の記憶は曖昧だ。しかし王子様の方は憶えていた。なんで? どうして?
「今のミレンダ家の内情は知っているつもりだ。各家のことには口を出さないのが通例だが……」
ふんわりと王子様が微笑む。
「貴方が舞踏会に出席すること、楽しみにしているよ」
「は、はいー」
なんとも気の抜けた返事をあたしは返すのだった。どこからともなく現れた灰色の猫が、王子様の足元でにゃーんと鳴く。は、思い出した。王子様は果たして「彼」なのだろうか? それを確認する絶好の機会では?
あたしは思いきって聞いて見る。
「あのー、もしかして金城ハヤトくんですか?」
直球だった。あたしの様に「彼」が現代の記憶を残しているのであれば、これが一番手っ取り早い。でも、たぶんこれは外れなんだよねー。
「きんじょう…なんだね? もう一度言って貰っていいかな?」
そうなんだよね。もし記憶を持っていれば、あたしに会った時点で向こうは気がついてくれるはずだもの。あたしの姿はなぜか現代のままなんだから。会った初手で無反応ってことは、そういうことだ。
あともう一つの確認する方法。それは決まっている。触ってみることだ。触って悪癖が出なければ「彼」である可能性は高くなる。悪癖の精度にかけるのだ。正直、姿形は違います、記憶も無いなんて話だったら、こんな方法ぐらいしか探す方法が無い。酷い話だ。
あたしは大きく息を吸って、吐いた。覚悟を決めた。今、この場で、王子様に襲いかかる! 大股で一歩、王子様の方へと踏み出す。
「?!」
踏み出したはずの身体が、ぐんと後ろに引っ張られた。リオンだった。リオンがあたしの右手を掴んで引っ張っている。何やら機嫌が悪い。
「ほら、もう用事が済んだから帰るぞ」
「え?! ちょっと、待っ」
ずりずりと引き摺られるあたし。遠のいていく王子様。ちょっと待って。触るだけ、ちょっとだけだから。それでハッキリするのに!
しかしあたしを引き摺る力は強い。年下とはいえ男の子。結局王子様に触れることは敵わず、元来た道を帰るハメになった。
—— ※ —— ※ ——
「サクラ! 無事だったか?!」
お城の正門へ戻ると、クリスが駆け寄ってきた。両肩を叩かれて、あたしの悪癖が発動しかける。うぐっと、顎に当たる寸前で止めた。ふー、よしよし。クリスに対しては結構慣れてきた。こりゃ悪癖克服も夢じゃないね。はっはは。クリスはちょっと冷や汗を掻き、リオンはなんじゃそらって顔で見てたけど。
「そういえば、さっき怒ってた?」
立ち去ろうとしたリオンに質問してみる。するとリオンは目をぱちくりして、少し考え込み、そして、首を傾げた。
「どうしてお前に怒らないといけないんだ?」
「それはこっちが聞きたいことなんだけど」
まあいいか。周囲を見回すと、例の宰相様もその馬車もいない。王子様が話しをつけてくれたとはいえ、顔を合わすのは気まずい。近衛兵たちの視線も何やら不満げである。日も傾いてきた。今日のトコロは大人しく帰ろう。
「それじゃあリオン、またね」
「またねって、また来るのかよ」
「うん。舞踏会には来るつもりだから、その時にでもまた会いましょ」
「……おう」
そうしてあたしは再びクリスの駆る馬の後ろに乗って(腕を回した時、一瞬クリスの身体を浮かせて)、お屋敷へと帰るのでした。
そういえば町には義母様たちも来ているはずだよね。遭遇しなくって良かった……。
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