(四)褒美の家督
「御屋形さまは大層お喜びであったぞ」
長弘が庄五郎を
「それを伺って安堵いたしました。ところで、御屋形さまは今の境遇に満足しておられるのでしょうか」
庄五郎としては、自分の夢を叶えるためにも早く頼芸に領主に就いてもらいたい。
「まだ若年であれば、兄と争う気概など持ち併せてはおらぬようじゃ」
「ならば、殿は如何お考えか。このまま頼武様が家督を嗣いでしまわれれば、頼芸様を支持する勢力は弱まるばかりではございませぬか」
「儂も頭を痛めておる。政房様がご存命のうちに何とかせねばならんのだが・・・、近ごろお身体の具合も芳しくないようでな」
「急がねばなりませんな。実は、某に考えがあるのですが・・・」
ざっくり言えば頼武を支持する国衆は東美濃に、頼芸を支持する国衆は西美濃に多く集まっていた。
ここは東美濃の名門・明智光継の屋敷である。光継が城から戻ると、
「如何した」
「はい。妙な油屋が来ておりまして、一文銭の穴を通して器用に油を注ぎますので
皆で感心していたところでございます」
・・・・・ 油屋? 一文銭?
ピンときた光継は厨に顔を出した。
「其の方は?」
「お騒がせ致しております。山崎屋にございまする」
「何をしに参った」
「はい、油を売りに参りました」
・・・・・ そんなことは見れば分かる
そうか。
「良かろう、買うてやる。上がられよ」
「初めてお目通り致します。松波庄五郎にござりまする」
奥に通されると、改めて正式に名乗りを上げた。
「其の方の噂は耳にしておる。長井殿の家臣となり、頼芸様の信頼も厚いと聞いた。一度、顔を見てみたいと思っておったところじゃ」
「恐れ入りまする。これはお近づきのしるしでございます」
庄五郎が恭しく砂金の入った皮の袋を差し出した。無論、京の山崎屋から調達した
ものである。
「武士を金で釣ろうという魂胆か。無礼であろう」
光継が顔をしかめる。
「お気に召しませぬか。我ら
庄五郎には悪びれる様子もない。
見れば相当の砂金が詰まっているのか、袋が大きく膨らんでいる。突き返すのも
忍びない。
「儂に話とは、何じゃ」
光継がじろりと庄五郎を見据えた。
「明智様、美濃は一つにまとまらねばなりませぬ。国が割れておっては、越前や
尾張から削られるばかりではございませぬか」
庄五郎は居住まいを正し、改めて平伏する。
「其の方の申す通りじゃ。ようやく長井殿も頼武様に従う気になられたか」
庄五郎は低頭したまま首を横に振る。
「頼武様では難しゅうござる。それは明智様が一番ご存じのはず」
「むぅ、・・・」
明智光継の眉間に
「酒を持て」
ふっ切れたかのように光継が家人に命じた。
「これほどの土産を頂いては、手ぶらで帰すわけにもまいるまい」
この時、二人の心底は既に融合していた。
「頼芸様であれば、美濃が一つにまとまると申すか」
「重臣の皆様の支えがあれば・・・。頼芸様はまだ若年であられますが、新参である某の話にも耳を傾けて下さる器量をお持ちでございます」
ここが頼武と頼芸の最も大きな違いである。
「では、頼武様に味方した我らのことも受け容れて頂けましょうや」
「無論のこと、美濃が一つになる上で東美濃の皆様は欠かせませぬ。頼芸様も常々
そう申されておりまする」
美濃を統一して豊かな国を創る、庄五郎と光継はこの国の将来を熱く語り合った。
ちなみに、光継とは後に登場する明智光秀の祖父に当たる。
明智光継の尽力もあって、東美濃の国人もこぞって庄五郎の調略に応じた。
一五一八年、頼芸を掲げる西美濃勢が川手城を囲んだ。頼武は慌てて東美濃に動員
を掛けるが兵は集まらない。やむなく斎藤利良(妙全)の従兄に当たる朝倉孝景を
頼って越前へと亡命した。
「此度の勝利は庄五郎の働きによるものじゃ。褒美を取らそうと思うのだが、何が
良かろうか」
頼芸が長弘に相談している。
「御意。あの男を他に奪われてはなりませぬでな。しかし、物では釣れますまい。
固く繋ぎ止める鎖を用意致しましょう」
「何か良き思案でも有るのか」
「さて、我が同族の西村の家でございますが・・・」
長弘が意味ありげに笑みを浮かべた。
「病死した当主・三郎左衛門には子がなく家は断絶しておりますれば、そこを庄五郎に継がせては如何かと。さすれば庄五郎が我らから離れる心配はございませぬ」
「おぉ、それは妙案じゃ。早速にでも手配致せ」
この後、庄五郎は美濃の名家・西村氏の家督を継いで「西村勘九郎正利」を称する
こととなる。
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